らあめんジジイ。
疲れた……。
まだ昼か……。
そうひとりごちた水曜日。
私はラーメン屋の戸を開いた。
「らっしゃあせぇー!」
店内はそこそこにぎわっている。
「ひとりなんですけど」
人差し指を立てて、店員に伝える。
「カウンターどぞ」
若い店員にぶっきらぼうに通された。
カウンターには年配の女性が座っている。
この店はいわゆる「二郎系」であり、ラーメンに高く盛られた野菜が有名である。とはいえ、私は午後の勤務に支障がないように、普通サイズより少し小さめを頼んだ。ニンニクもいらない。
「お待たせしましたー!」
隣に座っている年配の女性の前にこれでもかと言わんばかりの野菜が盛り付けられたラーメンが運ばれてきた。
ウソだろ!?確認しなかったのか!?年配の女性がこんな量食えるわけないだろ!?どうなってやがる!?
と、思っても小心者の私は何もいえないので、運ばれてきたラーメンに手をつける。
野菜は…端っこからちょっとずつ…うん、おいしい。
そのとき、隣からバキュームカーの音が聞こえた。
女性はラーメンを涼しい顔で吸い込んでいる。
カービィかよ!ルフィかよ!とこれも心の中でつぶやく。
私も若い頃はああいうのもできたんだが……
いや、待てよ?年齢なんか関係あるか?
私はつい年齢を言い訳に使うところだった。
スープをレンゲですくい、口に運ぼうとすると、女性はラーメンどんぶりを持ち上げ豪快にスープを飲み干していた。
す、すごい…。
勘定を済ませ、颯爽と出ていく女性に憧れた。
あのような豪快さがわたしには足りなかった。
無難に生きてきた私は己を恥じた。
「ごちそうさま、またくるよ」
そう店員に伝えた。いつもは「またきます」だったけど、その日は気持ちが大きくなっていた。
それからは毎日通った。
大盛りを頼んだ日も増え、体重は日々更新していった。
医者からは止められるようになったが「俺、バキュームカーになるんです」と伝えた。医者は目を丸くしていた。
「いらっしゃいませ!あっ!いつもありがとうございます!」
……あれから10年が経った。
あの女性とは会えていない。元気だろうか。
私の人生を変えてくれた人。
そうだな、さしずめ「ラーメンババア」だな。
まぁ、私もそろそろ定年退職だ。
今日も
「ヤサイマシマシで!」
そう伝えたとき、あの年配の女性が現れた。
腰はまっすぐに立ち、軽やかに店内に入ってくるやいなや、ニンニクヤサイマシマシと店員に告げた。
「少しはマシになったわね」
誰に告げた言葉かはわからなかったが、私は自分に向けられた言葉だと捉えた。
10年経ってもバキュームカーは相変わらずだった。
なぜか涙が出た。
負けじと私もバキュームカーになる。
私もカービィだ。私もルフィだ。
私が先に入ったのに、店を出るタイミングは同じだった。
婆さん、アンタには敵わねぇよ…。
「店長、今日のお昼はすごかったですね!ラーメンババア久しぶりにきましたね!」
「あぁ、あの人は近隣店舗を渡り歩いていると聞く。あの量をたいらげるのはすごいが、いつも来るオッサンもすっかり大食漢になっちまいやがった」
「ラーメンババアとラーメンジジイっすかね!」
以上が、らあめんジジイ誕生秘話である。