カールおじさん。

「11…12…!!」

筋トレはこの最後の追い込みに命を吹き込む。
ここからが自分との勝負だ。

仕事帰りにジムに寄って自分を追い込むことを日課としている。

今日は腕のトレーニングだ。
男たるもの太い腕にはあこがれるし、女子に触っていいかと聞かれると、たいてい力こぶをさす。
だから、力こぶの高さを出すべく、二頭筋を鍛えている。
今日の種目はダンベルアームカールだ。反動を使わず、丁寧に…おっと、俺としたことがしゃべりすぎたぜ。

「ふぅ。」

レストをはさむ。ここでスマホをいじるヤツは成長しない。ふっ、兄ちゃん。そこのパワーラック使いたそうにしているおじいさんがいるぞ。
譲ってやんなよ。

と、かっこいい自分を妄想していたら、レストが終わる。行動にはうつらない。トラブルはごめんだ。

さぁ、いくかと思ったら、ふとポスターが目に飛び込んできた。

「アームレスリング大会!最強は誰だ!!」

ほう、なるほど…腕試しにはちょうどいいな。アームレスリングで腕試しとは我ながらうまいことを言った。うん。

早速申し込み用紙を手に取り、俺は来たるべき大会に向けてトレーニングを重ねる日々だった。

大会当日、俺はトレーニングの成果を発揮し、あっという間に決勝へコマを進めた。
相手はキングと名乗り、覆面を被った男で、大会を5連覇しているとのこと。

相手にとって不足はない。やるぜ!

レフェリーの合図とともに、俺は右手に力を込めた。

ん……ビクともしないぞ?
バカな…そんなハズは…!!

優勝する自信しかなかったのに、俺は呆気なく負けてしまった。

キングの6連覇が決まったあと、俺はキングに尋ねた。

「あんた…強いな。どうやったら、そんなに強くなれるんだ?」

キングは謙虚に

「いえいえ、たまたまですよ。アームレスリングのための筋トレをしていただけです。」

と答えた。

なるほど、筋トレの目的が違っていたのか…。
よし、次こそは勝ってやる。

そう決意した俺は腕のトレーニングをより真剣にやることにした。

「あ、また来てる…」
「腕のトレーニングよくやるよなぁ」

腕のトレーニングは敬遠する人が多い。
なんの、俺は次の大会でアイツに勝つんだ。

1年後の大会、俺は優勝を遂げた。
しかし、アイツの姿はなかった。

「優勝おめでとうございます!」
そう言われても勝った気がしない。

「なぁ、キングはどうしたんだ?」

そう大会関係者にたずねると、うつむいて答えた。

「キングさんは…先月のバイク事故で…」

頭が真っ白になった。ウソだろ…!

トロフィーを片手に持ち、とぼとぼと帰宅した。
虚無が心を支配した。

この1年間、アンタを倒すためだけに……。

失意の中、俺は仕事をやめた。実家に帰り、農業を継ぐことを決めた。

アパートをあとにし、実家に帰った。
「よう帰ってきたなぁ」
母が優しく言葉をかけてくれる。
父は田んぼに出ているらしい。

父の様子を見にいくと、

「お前…ずいぶんガッシリしたなぁ…どうだ、久しぶりに腕相撲でもやらんか?」

父は強かったが、そう簡単には負けない。
俺を誰だと思っている。

親子対決、開始後俺の右手は

右に折れた。

「はっはっはっ!まだまだだな!」

バカな…そんなハズは…!

「確かに去年よりは強くなってるが、鍛え方が足りないな!」

「親父、なんで去年のことを?」

「大会の決勝を覚えていないか?」

まさか…アンタがキング…?でも死んだんじゃ…!

「いやいや、バイク事故で倒れていた男を担ぎあげたときに肩を痛めてしまってな!今はこの通りピンピンしとるよ!田植え仕事で鍛えたこの腕はまだまだ若いモンには負けんよ!」

まさか…生きてたなんて!
俺は親父を超えることを決意した。

農業にも力を入れた。
トレーニングも地元のジムで頑張った。

腕トレーニングの人として、「カールおじさん」と呼ばれるようになった。

俺がキングを打ち倒したときにはひげをたくわえ、麦わら帽子がよく似合う男になっていた。

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