見出し画像

りなちゃんの勇気ある間違い

●はじめに

 とっても元気な小学校4年生で,仮説実験授業《自由電子が見えたなら》をやっていたときのお話です(3時間目の様子)。
 「仮説実験授業」だからといって,いつもイイ雰囲気の中でできているわけではなくて,「そりゃあ,イヤ~なムードの中で進むことだってありますよ~」っていう記録です。でもやっぱり,フツーの授業とは違って,心に残る出来事が起こることがあるのが不思議なところです。
 このときの授業の様子を学級通信で紹介したところ,保護者の方から,うれしい感想をたくさんいただくことができました。それらも合わせて紹介していきます。
 「たのしい授業」は知っているけれど,まだやったことがないという方の心配に,「教科書にないことなんかやって,保護者からのクレームはないの?」というものがあると思います。ぼくもはじめはそう思っていましたが,やってみると,その心配はなくなります。子どもが喜んで学んでくれることは,親としては,とても嬉しく,歓迎してくれるものなのです。そして,そんな授業をしてくれる担任を,信頼してくれるようになります。まぁ,そんなうまいことにはならないこともありますが,「プラスはあっても,マイナスはない」というのが,ぼくの経験則です。

●自由電子が見えたなら(小学校4年生) 

今日の問題
 以下の物を「豆ブザー」のついた回路につないだとき,「ピカッブー」となるかどうか,という問題です(電気を通すか,通さないかの実験です)。
① 木のはし
② 鉄くぎ
③ スチールウール
④ ちゃわん
⑤ エンピツのしん

●みんなで正解しようぜ!
 いつものように,そうなると思った選択肢に手をあげ,電気が通るか通らないかを予想していこうとしたときです。クラスの誰かがこんなことを言いました。

「先生!これ簡単だよ! もしも全員全問正解したら,今日,自由給食にしてよ!」

 自由給食というのは,週に1回行われる,班にこだわらずに机を移動して給食を食べてもよいという,クラスの企画です(たいした自由でもないのだけれど,子どもたちはこのわずかな自由を,ことのほか喜びます・笑)。
 けれど,そんなことでみんなの大切な授業の時間を邪魔されたくないので,この手のお願いには決して首を縦に振らないぼくです。いつものように「…やだよ。そんなことで自由給食にするなんて。そういうお願いは他でして」と言いました。
 実は,これをヨシとしたところで,全員が正解することなんて不可能だろうと思っていました。今回の問題は,科学者も実験していく中でようやく知ることができた事柄が含まれていたからです。だから「たとえ了承したところで自由給食にはならないよ」と思ったのですが,あえてOKしませんでした。OKすることで,イヤな思いをする子どもがたくさん出てくると予想できたからです。

 ところが,そんな態度のぼくに,子どもたち数人が食い下がります。「いいや!みんなで正解したら,自由給食だよ!みんな,がんばろうぜ!!」と盛り上がってます。
 いつもだったら「ダメだって言ってるだろ!」と一喝するところですが,つい昨日,小原茂巳さんの本『未来の先生たちへ』(仮説社.2007)を読んでいて,「授業書を信頼して,任せてみるというのも大事だよな」なんて思っている自分に気づきました。

 そこで,その後は「絶対に自由給食にはしません!」と強く否定するのはやめて,それについては何も言わずに,そのまま予想してもらうことにしました。

 実際に実物を見ながら予想していきます。「先生!触ってもいい?」と言って,たくさんの子が集まってきます。「どうぞ,どうぞ」と言って触らせます。そういう意欲にあふれる子どもたちに,いつもながら感心させられます。さて,その後,いよいよ予想を聞いてみました。

ぼく「では,〈木のはし〉の予想を聞いてみます。アだと思う人,どうぞ~!」

と言った瞬間,

誰か「おい!これはつかないぞ!みんな!手をあげるな!イに手をあげろよ!!」

みんな(シ~ン)

ぼく「え?いいの?ほんとに~?…じゃあ,アは0人ね。では,イの人,どうぞ~!」

みんな「は~い!!」
誰か「先生!数えなくても,全員ですよ!」

ぼく「なるほど。そうだね。みんな自信あるんだ。」
誰か「うん!」

ぼく「では次。〈鉄くぎ〉はどうかな? 予想を聞いてみます。アだと思う人,どうぞ~!」

みんな「は~い!!」

ぼく「・・・26,27,28,29っと。おお!これも全員ね」
みんな「イェーイ!!」

ぼく「じゃあ,次ね。これ〈スチールウール〉。これは,台所の〈金だわし〉として使われたりするやつね。これはどうかな。・・・じゃあ聞くよ? アのピカッブー(つく)だと思う人ー!」

 これには,何人かが「はーーーい!!」と元気よく手をあげましたが,半分ぐらいの子は,ちょっと納得いかないような顔をしていました。すかさず,

誰か「おい!みんな!手ーあげろ!オレは触ったけど,あきらかに鉄っぽかったよ。細かくなってるけど,くぎと同じだから!自信ある!!みんなで正解して,自由給食にするんだから!」

 すると,いぶかしげな顔をしていた子どもたちも,ぞくぞくと手をあげて,数えてみたら29人全員があげていました。

ぼく「じゃあ,これも全員だね。・・・ホントにいいの?」

 いぶかしそうにしていた子たちと目を合わせて,そう聞いてみたら,首をかしげています。でも,何人かは「いい!いい!自由給食だからねー!!」と騒いでいます。

・・・なんだか雲行きが怪しくなってきました。ここまでの予想はこうです。

●こっちに来いよ!
 しかし,④番め〈ちゃわん〉の予想で,事件が起こりました。同じように「アだと思う人ー」と聞いた時のことです。

 りなちゃんが一人,手をあげたのです。

すかさず,誰かがいいました。
「おい!これはつかないよ!茶碗だよ?ガラスっぽいよ。みんなあげるな!!」

・・・しーんとした中,りなちゃんは手をあげ続けていました。

「おーーいーーー!あげんなよ!」
「つかねーよ!」
「みんなで正解しなきゃ,自由給食にならねーんだよ!!」

ブーブー文句を言われて,りなちゃんは手を下ろしてしまいました。

ぼく「じゃあ,0人でいいのね。りなちゃんも,いいのね?」

と聞くと,りなちゃんは黙ったままでした。

ぼく「では,ちゃわんは,イの〈つかない〉だと思う人ー?」

 今度は一斉に「はーーーい!!」と元気に手をあげましたが,数えてみると28人。なんと,りなちゃんは手をあげていません。

誰かが
「おーいー!あげろよ!りな!」
「お前のせいで自由給食がナシになるかもなんだぞ!?」

・・・またもやみんなから文句を言われてしまっています。
けれど,りなちゃんは,最後まで決して手をあげませんでした。

「おーいー!こっちに来いよ!」
「あーあー!りなのせいで自由給食ナシじゃん!!」

と罵声をあびせられ,ついにりなちゃんは,泣き出してしまいました。

 ぼくも,このことについて言いたいことはたくさんありましたが,

「じゃあ,りなちゃんの意見は保留にしておくね」

といって,次に進むことにしました。

 険悪なムードの中,最後の問題を予想します。

ぼく「では,〈鉛筆のしん〉はどうだと思いますか。アのつくだと思う人ー?」

 これには,パラパラと手があがり,どうしても自由給食を推し進めようとしていたグループも困っています。

「んー,これは悩むなぁ・・・。」
「たしか,去年の理科の授業で,シャーペンのしんは電気が通ったような覚えがあるんだよな・・・」
「そうだっけ?」
「そんなことしたっけ?」
「でも,今回は鉛筆のしんだからな~」
「ふつうに考えたら,電気は通らないよな・・・」

 いろいろ悩んだあげく,手をあげてもらいました。そして,数えてみたら以下のようになりました。  

ぼく「あれ?さっきはあんなにりなちゃんに文句を言ってたのに,ここに来て完全に意見が分かれちゃったけど,みんなで答えを合わせなくていいの?」

誰か「おい!!これは〈つかない〉だよ!!みんなで〈つかない〉に変更しよう!」

ぼく「・・・という意見もあるけど,じゃあ,変更がある人~?」

何人か「はーい!アからイに変更します!」

 数えてみると,アからイに7人変更がありました。

しかし,今回はそれでストップ。残り5人は動きません。

「おい!誰だよ~~!!何で移動しないんだよ~~!!ああ~!!完全に自由給食の計画がパーだよーーーー!!」

と叫ぶ子や,ため息まじりの声が教室に響きます。

 ぼくは始めから「自由給食なんてしないよ」って言ってるのに,この思い込みの激しさは何なのでしょう・・・。

しかし,みんなは実験をする前から,夢崩れたといった感じです。

それでも,あきらめられずに,
「じゃあ,先生!③番までが当たってたら,自由給食にしてよー!」
と,まだ言っています・・・。

 最終予想分布は以下の通りになりました。


●自分の頭で考えるということ

ぼく「じゃあ,実験するけど,変更はないのね?」

 うんうんと強くうなずいている人たちと,納得いかないけどどうしていいかわからないという顔をしている人たち,迷惑そうな顔,怒ってる顔,泣いている顔,様々みられます。

ぼく「・・・みんなはいろいろ言ってたけどさ。先生は,自由給食がしたいからといって自分の意見を曲げてまで人に合わせるより,自分の意見を大切にしてほしかったな・・・」

 一瞬,クラスに緊張が走りました。ちょっとまずかったかな・・・っていう顔に変化した子も見られました。

ぼく「でも,今回はこのまま実験をやってみるよ。初めに,意見が分かれてしまった〈えんぴつのしん〉からやってみるね・・・」

 と言って,両端を削った鉛筆の芯にプラグをつなぐと・・・

 ピカッブーーーー!!

 みんなは「えっ・・・」と言ったきり,シーーーーンとなってしまいました。

ぼく「正解は,アの豆ブザーがつくでした。・・・みんなが正解だと言っているものが正しいなんて保証はどこにもないし,いつも正解している人が,正しいとは限らないんだよね。結局,イの多数派は移動しなかった人にずーーっと文句を言っていたけど,移動しなかった人だけが正解だったということになります」

 みんなは,黙って聞いてくれました。

ぼく「じゃあ,〈ちゃわん〉はどうだったのかな? りなちゃんは自分の意見で,アを選んだのに,みんなに文句を言われちゃって辛い思いをしたよね。これで,もしアが正解だったら,みんなはどうするの? 文句を言ってた人たちは,相当自信があるんだよね。。。。・・・じゃあ,実験してみるよ?」

 シーンと静まりかえった中,プラグを茶碗につなごうとします。

 クラスのみんなはドキドキしている感じ。
 
 本当は,誰も「絶対これが正しい」なんて,自信をもってはいないんですよね。そのことに,みんな気がついたようです。

 3・2・1!で,つないでみると・・・

 ・・・・・・シーン。

ぼく「というわけで,正解はイの豆ブザーはつかないでした」

 いつもなら多数派の正解は大歓声があがるところですが,今回はさすがにシーンとしています。

ぼく「これは,多数派が正解だったんだね。りなちゃんは1人で間違っていたわけです。でもさ,それって恥ずかしいことなのかな? みんなが責めていたけど,いけないことだったのかな。りなちゃんはさ,自分の意見を大切にしたんだよね。周りの人たちの意見には納得できなかったから。納得できないのに,意見をみんなに合わせたりするのは,何だか,自分にウソをついているようでイヤな気持ちにならないかい?   もし相手の意見に心から納得できたのなら,予想を変更するのはスバラシイと思うけど,そうでないのなら,それは自分の頭で考えていないってことになるよね。間違えるっていうのはさ,自分の頭で考えた時だけなんだよね」

 そういう話した後,他の①~③の問題も,予想し直してもらったら,やっぱり,ぴったり意見がそろうということはありませんでした。

ぼく「何か新しいことをする時には,普通,間違えるんだよね。科学者っていうのは,予想して,実験して,たくさんの間違いながら,本当のことを確かめてきたんだよ。〈間違えない〉っていうのは,頭がいいからではなくて,新しいことに挑戦していないっていうことなんだ。だから,自分で考えたことを大切にしてほしいし,他の人の考えも大切にしてほしいって思うんだよ。たとえ間違った考え方だって,自分にない考え方は,自分をより賢くするってこと,仮説実験授業をやってきたみんなは,もうわかるでしょう? それに,みんなで同じ考えでもって進もうとすると,危ないことがあるかも知れないっていうことも,知っておいてほしいと思います」


●今日の授業の感想文

鉛筆の芯の問題についての感想
・えんぴつのしんの時,「ア」にしておいて,そのままにしていたら,せいかいでした。自分で考えないと,やっぱりつまんないし,勉強にならないと思うので,今度からは,せいかいとか,まちがえとか,かんけいなく,ちゃんと自分の意見をもってやりたいです。それと,もし自分一人だけしかいなくても,ゆうきを出して,手をあげられるようにしたいです。(みゆりちゃん)
・自分のことに正直に手をあげた人はすごいと思いました。エンピツのしんは,少しの人が合っていて,ほとんどの人が外れていて,ざんねんでした。でも,まちがってもいいと,先生が言ってくれたので,よかったです。(ゆうとくん)
・今日は,自分で考えてできたけど,前は「こいよ!」と言われていったことがありました。でも,先生の話を聞いたら,自分で考えたら,考えたところに手をあげようと思いました。でも,まさか,えんぴつのしんがつくとは思わなかったです。(れなちゃん)
・りなはいっしょうけんめい自分の考えを出していたのに,それをわたしはとめてしまいました。りな,ごめんなさい。。。(あゆみちゃん)
・はじめは,みんなに流されていたけど,りなが1人で手をあげたときは「りなってゆうきあるなぁ」と思いました。だからわたしも,りなみたいに,みんなに流されないで,へんこうしたら,あっていました。「お前は,こっちだろ」って言われても,わたしはみんなに流されずに,自分の意見を正直に言おう,と思いました。(すずなちゃん)
・りなちゃんが一人でゆうきを出して手をあげたけど,ぼくはもんくを言ってしまいました。ごめんなさい。(しゅうとくん)
・人の予想をかえろとか言ってたけど,自分の思う通りに答えればいいと思う。(みなみちゃん)
・今日のエンピツのしんの問題で,自分の考えを持つことは,大切だと思いました。(みうちゃん)
・自由によそうしていいのに,「こっちにこいや!こっちだよ(怒)」と言ってしまいました。ごめんなさい(;_;)。(たくみくん)
・自分のことしか考えなくて,人をせめちゃった。その人にはごめんなさい。(みれいちゃん)
・1人でもちがう意見でできるのはすごいと思いました。おれも,これからはそうします。(りょういくん)
・わたしは,りなちゃんのことをせめてしまいました。わたしは反省しています。私もりなちゃんみたいに一人でもがんばってみたいです。(ひかりちゃん)
・ぼくは,りなをせめてしまい,とてつもなく反省しています。ごめんなさい。そして,えんぴつのしんの問題を,だれかが「ぜったいならない!」とか言ったから,「本当にそっちか」と信じこんでしまいました。答えはまちがっていました。ぼくはだまされてしまい,ちょっと悲しくなりました。(こうたくん)
・人の言いなりじゃなくて,自分の意見でいうことが大切だとわかった。(ともやくん)
・自分の意見でいいんだなぁと思いました。これからはきをつけます。りなちゃんは,正直に手をあげられたんだから,いいと思います。(ひなこちゃん)
・一人でいたりなちゃんの意見をバカにして悪かったな,と思っています。人には人の意見があるから,変えさせるようなことを言ってはいけないんだな,と思いました。(ひろのぶくん)
→人それぞれの考えを大切にすることは,人類の進歩につながると思っています。だから,人を納得させて変えさせるようなスバラシイ意見を言うことは大切だよ。相手を怖がらせる暴力や,多数決の力でもって,無理矢理変えさせるのはよくないと思っています。(峯岸)

・人には,人の考えがあることを知りました。えんぴつのしんのことで,みゆりちゃんに自分の意見をおしつけようとしてしまいました。みゆり,ごめんね。(さわちゃん)
→自分の意見で相手を納得させるのは,いいことだと思うよ。ただ,納得しないからと言って,相手を恨んだり,また,相手の意見に納得したのに,後でそれが間違いだったとわかって,その相手を恨んだりするのはよくないと思います。最終的には,色々な情報から「自分はこう考える」ということに,自分で責任をもてるようになるといいよね。それが,〈自分で考えた〉っていうことだと思います。(峯岸)


《自由電子が見えたなら》についての感想
・私はお茶わんがつくと思っていました。でも,やってみるとつかなかったです。エンピツのしんは,つかないと思ったのに,やってみるとつきました。私は,びっくりしました。アラザンはおかしだからつかないだろうと思っていました。やってみると,つきました。おかしなのに?と思いました。(りなちゃん)
・エンピツのしんはシーンだと思ったのに,ピカッブー!でした。ビックリしました。すごかったです。またやりたいです。(まなかちゃん)
・アラザンに電気が通るとは知らなかった。おもしろかったです。(こうきくん)
・自由電子がとびまわっていることが,わかるようになりました。アラザンもうまかった。えんぴつでつくとは思わなかった。(はやきくん)
・アラザンのまわりが自由電子だったとは,知りませんでした。エンピツのしんで電気がついたのでびっくりしました。(いくみちゃん)
・エンピツのしんが,なるなんて思いませんでしたが,なりました。そして,アラザンはちょっと小さいけど,おいしかった。(じゅんいちくん)
・スチールウールがつくとは知りませんでした。アラザンに自由電子がいるなんて,すごいと思いました。(こうたろうくん)
・「エンピツのしん」のところいがいは,つかないのに,エンピツのしんだけがついたのが,はじめて知りました。(かずさくん)
・ちゃわんはつきませんでした。木のはしはつきませんでした。鉄くぎはつきました。いろいろピカッブーだと思いましたが,えんぴつのしんがついたことが一番おどろきました。わかってよかったです。(みゆうちゃん)
・電子は,銀色のものは,食べ物でも電気をとおすことがわかりました。エンピツは黒いのに,電気を通すなんて知らなかったです。おもしろかった。(しゅうじくん)
・アラザンはすごいなと思いました。ぼくたちは,自由電子をぱくりと食べちゃいました。おもしろかったです。(しゅうとくん)

※子どもたちの名前は,全て仮名です。

保護者の方からの感想

→ありがとうございます。実はぼく,小学校時代,学校が大嫌いな子どもでした。だから,自分が子どもの頃に,こんな学校だったらよかったのに…って考えてきたことを少しでも生かしていけたらなぁと思って,やっています。なので保護者の方からそういっていただけると,ホントに救われるんですよね。それから,参観授業を見に来ることができない方のために,通信が役立っているというのを知って,なるほどーと思いました。時間の許す限り書いていこうと思います。

→うれしい感想を,ありがとうございます。大人になって分かってきたことですが,人生の上で悩むような問題は,正確に答えが出ないことばっかりですよね。そんな時,ぼくらは多数派の意見に従うことが多いのではないでしょうか。でも,それがみんな正しいことだとは言えないんですよね。従っているのは,楽なようで,結構苦しいことも多いんですよ。何で苦しいのかもわからず苦しむことになる(ぼくは,教師成り立ての頃がそうでした)。
 そしてそのうち,なぜ苦しいのかを考えることをしなくなるんです。みんながやってるから,そうせざるを得ないんだな,とか,それが常識だから…とか。
 けれど,みんなが正しいと思ってずっとやってきたことだって,間違えていることだってあるかもしれないっていうことを,ぼくは仮説実験授業から学びました。自分と考えが違うなぁ…,ホントにそうかなぁ…,腑に落ちない,などと思ったら,ホントにそうなのかどうか予想して,実験してみるという生き方ができるようになってから,苦しくなくなったんです。むしろ,たのしくなりました。それはきっと,自分の頭で考えることができるようになったからだと思っています。そういうことに,少しでも気づいてもらえたらいいなぁと思っているんです。

→いつもうれしいお便り,ありがとうございます。4-3が身近に感じられるようになったというのが,特にうれしいですね。また通信を出したいな~という気持ちにさせてもらいました。
 ハッキリ,この3ヶ月間のクラスの成長はめざましいものがあります。 今まで多く担任してきた高学年の子どもたちの成長がゆっくりなのに対して,4年生は素直なのか,伝えることに正直に反応するので,春に比べてぼくが叱る回数が激減しました。これはスゴイことです。頭のいい子たちなんだと思います。
 ぼくは普段から,あまり面倒見のよい教師ではないかもしれません(どちらかというと,子どもたちに面倒をみてもらっている感じです)が,みんなが失敗したときには,手厚く対応しているつもりです。クラス目標は「どっちに転んでも,シメタ!」です。自分の思うようにやったら,どうなろうが,シメタになるんです。成功しても,失敗しても,必ずシメタがあるんです。この言葉を,本当の意味で自分のものにすると,自信をもって生きていくことができるようになると思うんですよね。勉強より何より,〈自分の自信〉が最も大事だと思っているぼくは,これが「心のねっこ」・・・芯かなぁと,思っています。
 これからも,道徳では「感動的な話」や「失敗談」,そして生きていくための「知識」を紹介するプランで,ねっこを増やしていけたらいいなぁと思っています。

→とてもうれしいです。ありがとうございます。やっぱり,書いてよかったなぁと思います。仮説実験授業は,いろいろなことを押しつけずにできる授業なんです。意見を言うのも,言わないのも自由だし,人の意見を聞いて,自分の意見を変更するのも自由,討論するのもしないのも,その場の意見やメンバーで決まります。今回のことは,ぼくが口を出しすぎたと思っていて,本当は「意見は聞く」「批判しない」などのルールをこちらから作らなくても,自然に「そんなことしたらつまんない」ってことに気がついていけると思うんですよね。自分で発言したいことをみんなに発言させてもらえなかったら,つまんないじゃないですか。言いたくないことを「言え」って押しつけられるのもイヤだろうし。いろんな人がいろんなことを言ったり聞いたりしていて,その中で自分はこんな考えを持っていて。考え方って人それぞれでバラバラだけど,自分で考えたことって,たとえ正解じゃなくたってスバラシイことだって気づいていけると思うんです。なぜなら,堂々と予想して,それにみんなが納得してついていったりして,結局,みんなで間違いだったと後からわかっても,その子への周りの見方は「勇気があってすごかった!」とか「理由がしっかりしていて僕もそうだと思った」というものばかりだからです。それは,そういう感想が後をたたないことが証明してくれます。そうやって初めて,「自分もイイじゃん」とか,「アイツもヤルじゃん」とか,思えるようになっていくのでしょうね。

 最後に,りなちゃんのお母さんからいただいたお手紙の一部を紹介して結びたいと思います。

峯岸先生へ
 先日はお世話になりました。プリントを読む前に,りなが,自分の名前が沢山のっているよと言って,渡してくれました。読んでみると,数日前に,「学校で泣いてしまった」と言っていた事を思い出しました。その時は,何なのかよくわからずにいましたが,プリントを読んで理解できました。
(中略)
 りなは,クラスで自分を曲げない所があるのに驚きました。家では,自分の思うようにならないと,荒れてしまうのに,泣いて耐えていたとは感心しました。大人になればなるほど,長いものには巻かれろ,のような事が出てくるので,私自身,考えさせられました。
 考えさせられたといえば,りなが保育所の年中さんの時に,運動会か発表会でしたか,私が「りなだけしっかり見に行くね!」と言ったら,「りなだけはダメ,みんながんばっているんだから,みんな見て!」と言われてしまい,はっとした事がありました。親は,本当に,子供にいろんなことをしてあげながら,本当は親にしてもらっているのかもしれないですね。
 先生の仮説実験授業は,頭や目で見て,わかっているのに,本当はどうだと,本物や,電流といった普段は見えないものまで見えるようにして,見てしまうなんて,「百聞は一見に…」だなと思いました。本を読んで知る以上に,本当にやってみると,おもしろいし,理科が好きになります。これからも,沢山してください。

 ぼくも一人の親として,ハッとさせられるものがありました。「親にしてもらっている」っていうのは,その通りだと思います。いつもは「してあげてる」っていう感覚で見てしまうけれど・・・。子どもの頃の感覚って,やっぱり忘れていってしまうものなんですよね。
 そう考えてみると,教師としても,普段から,子ども達に教えられることや考えさせられることが,たくさんあります。大人と接するより長く,子どもに相対する時間が長いぼくら教師は,大人になると忘れてしまうような事柄を,子どもたちは,ちょくちょく思い出させてくれるのです。

●おわりに

 そんなことをおうちの人と共有する中で,一緒に学び合っていることを理解してくださり,クラスで仮説実験授業をしていることに,感謝してくださるのです。
 ホントかなぁ,と思われた方は,ぜひ一度,ご自分のクラスでやってみてください。きっと,今までに見たことのない景色が,見えてくると思いますよ。

おしまい

ここから先は

1字

たのしい教師へのトビラ

¥100 / 月
初月無料 あと24人募集中
このメンバーシップの詳細

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?