[新譜レビュー] R&Bから新たなPOPへ:Sala "EVERY HOUR"(1st Album)
Salaというプロジェクトの新章
2024年8月28日にSalaさんの1stアルバム「EVERY HOUR」がリリースされました。このアルバムは、2023年4月リリースの「UTOPIA」以降の楽曲をまとめた作品です。このアルバムには、今までのSalaさんのR&Bの印象とは異なり、ポップさがかなり加えられた、非常に素晴らしい作品となっています。
2021年1月にデビューしたSalaさんのこれまでのまとまった作品は、2021年11月に出された1st EP「Fragments」でした。このEPは、最初のEPでしたが、Salaさんの実兄で作詞・作曲のRyoma Takamuraさんが作る、大人な雰囲気のR&Bサウンドに、当時まだ10代ながら、大人びた、伸びのあるSalaさんの歌声が重なっており、すでにSalaさんというアーティストの完成形をみたようでした。そのEP以降に出された「Anyway」や「Sherbet」もEPと同じ流れをくんでいるようでした。少し間があいて客演として参加したlo-key designとの「When I Feel You」もこれまでのSalaさんらしさが感じら、素晴らしい作品となっています。
そういったR&Bのイメージが強い中で、久々の新曲として2023年4月にリリースされた「UTOPIA」は、これまでのSalaさんの楽曲とはガラッと異なり、ポップさ、キュートさという、これまでのSalaさんの楽曲では出ていなかった要素が前面に出ていました。同時に、ポップさ、キュートさに振り切れしまっていると、これまでのファンは困惑するかもしれませんが、「UTOPIA」はまったくそのようなことは感じさせず、これまでのSalaさんらしさもしっかり入っている、絶妙なバランスになっていました。そして、プロジェクトの新章がはじまったんだなと思いました。
そして、その後に出された曲は、一方では「UTOPIA」のようなポップな曲があり、もう一方では「ひとめもり」のようなEPのときのような楽曲がありました。それらをまとめた、今回のアルバム「EVERY HOUR」は、SalaさんとRyoma Takamuraさんのお二人の個性が光っており、二人にしか出来ない表現が存分に詰め込まれた、唯一無二のアルバムに仕上がっていると思います。
より具体的に言うと、そもそも、Salaさんには、シンガーとしてのSalaさんと、兄であるRyoma Takamuraさんとの「Sala」というプロジェクトの両方の側面があったと思います。2021年のデビューから、1st EP「Fragments」、その後のシングル「Anyway」や「Sherbet」まではやはり、Ryoma Takamuraさんの作詞・作曲した曲を、Salaさんが見事に歌い上げるという構図が強く、Salaさんの個性的な歌声は光ってはいましたが、Ryoma Takamuraさんのディレクション・プロデュースが前面に出ていた印象でした。
しかし、今回のアルバムは、まず「UTOPIA」において、Salaさんの個性の部分が歌詞の部分で反映されました。そして、「UTOPIA」でSalaさんの外向きの部分が描かれたとするなら、Salaさんがはじめて作詞・作曲を担当した「LAZY」では、Salaさんの内向きの部分が描かれています。そして、そのような様々な側面をもつSalaさんをまとめたのが、アルバム表題曲の「EVERY HOUR」であったと思います。つまり、アルバム「EVERY HOUR」の全体から、Salaさんという人物の個性がしっかりと示されています。1st EPの前後はむしろ、積極的に顔出しなどもしていなかった(もちろん、それはまったく悪いことではなく、Salaさんご自身を守るために正しい判断だったと思います)ため、匿名性・抽象性が高い作品でした。
一方、兄・Ryoma Takamuraさんのトラックや歌詞の部分をみると、1st EPで示されたR&B色は基底におかれながらもやや抑えられ、かわりにポップな要素を多くちりばめています。ここでいうポップさは、Jラップに系譜を見出すことができます。インタビューで語られるように、Ryomaさんは「高校生ラップ選手権」世代であり、RIP SLYMEなどのメロラップだけでなく、Jinmenusagiさん、AKLOさんなどのスキルフルなラッパーも好んで聴いていたようです。そういった要素は、1st EPではそれほど感じさせませんでしたが、今回のアルバムでは、それが存分に出ています。それはおそらく、Salaさんという素晴らしいシンガーにトラックを当てはめるときには、やはり1st EPで示されたようなトラックがとてもしっくりくるからであったと思います。
しかし、今回のアルバムでは、1st EPからずれるようなことも果敢にチャレンジしています。歌詞の面でも、ラップにあわせた歌詞となっており、ここまで心地よいライミングができるのかと思わされました。また、その際に選ばれた言葉のセンスも個性が出ていて、とても際立っています。そして、そのチャレンジにしっかり応えてみせるSalaさんの歌唱スキルの高さも、アルバムの見所となっています。
このように、ポップさとJラップの要素をもつ作品が多い本作ですが、ラブソングとなっている「花一匁」「Ctrl Z」「ひとめもり」は、1st EPから引き継がれた要素も感じられます。とくに、SalaさんのR&Bな歌声に、ラップの要素が加わっていて見事です。その意味で、これまでのSalaさんファンも満足するような仕上がりになっています。
ということで、本当に素晴らしすぎて感動したSalaさんの1stアルバム「EVERY HOUR」ですが、以下では、1曲ずつ簡単に振り返りたいと思います。
EVERY HOUR
アルバム表題曲となった「EVERY HOUR」。プロデュースはみんな大好きShin Sakiura先生です。Salaさんとシンサキさんと言えば、「Together」のタッグがありましたね。
なので、この曲がシンサキさんプロデュースと発表されたときは本当にワクワクしましたし、いざリリースされると、予想とは異なる、かなり明るくポジティブなサウンドで、とても良い意味で驚かされました。それでいて、歌詞で示される姿勢が、本アルバム収録曲との全体的なコンセプトと重なっており、アルバム表題曲にふさわしい、本当に素晴らしい曲であると感じました。応援ソングとして素晴らしく、間違いなくSalaさんの代表作となり、ライブでは最後に歌ってほしいような曲です。
歌詞では、後ろ向きな感情に悩むことがありつつも、それでも時は一刻一刻と過ぎていき、その中で前向きに進もうとする姿が、爽やかな曲調とともに示されています。とくに、歌詞の以下の部分は、作詞を担当するRyoma Takamuraさんのユニークなセンスが発揮されていて、とても好きな箇所でした。
なお、Salaさんの親友でもあるSagiri Sólさんが、同じくシンサキさんのプロデュースで出された「alphabets」は、「EVERY HOUR」とも通じる部分が多いと感じるので、ぜひあわせて聴いてみてほしいです。
花一匁
今回のアルバム収録曲の中では、曲の雰囲気としては、前作のEPと今回のアルバムのテーマとの中間的な位置づけになっており、とても良いです。A.G.Oさんのアレンジは「Balloons」よりポップさは抑えめですが、その分爽やかさが多めで、1曲目の「EVERY HOUR」とのつながりもとてもスムーズに感じました。
「花一匁」では、日々複雑化する現代の恋愛において、二人が惹かれ合っていく様が、タイトルになっている子どもの遊びになぞらえながら歌われています。「はないちもんめ」という遊びは、自分の組に誰が欲しいかを言い合うという遊びで、ある意味で、人気・不人気が明確に可視化されてしまう遊びでもありました。人気・不人気の可視化という点では、現代のマッチングアプリはその典型で、恋活に疲れたという人の声も最近よく耳にしますね。そして、アプリでは多くの場合、非常に近い属性の男女がマッチングするようなプログラムになっています。そのため、「はないちもんめ」のように、たまたま隣になって手を取ったことで、恋愛に発展するといった偶然性が恋愛からなくなっていっているようでもあります。また、「できれば今日で決めたいや 気が合う君とリタイア」という歌詞などには、昨今人気の恋愛リアリティショー(そして、ショー化される恋愛)への比喩も感じられます。本楽曲には、そういった、恋愛をすることの複雑さや気疲れが描かれながらも、二人が徐々に近づいていく様子が、ユニークな表現を用いて描かれていると思います。
Gacha Gacha
「Gacha Gacha」のプロデュースを担当したのはuinさんです。uinさんといえば、ラッパーのSkaaiさんのビートメイクでもよく知られていますね。とはいえ、uinさんは色々なジャンルをオールマイティーにこなすビートメーカーで、今回のSalaさんの楽曲にはジャージークラブを取り入れたビートを提供されています。「UTOPIA」「Balloons」とのポップさとはまた別のもので、これまでのSalaさんにはないタイプのトラックになったと思います。アルバム全体としてみても、少し毛色の異なる曲でもありますが、それがまた、回してみるまで何が出るかわからない、ガチャガチャっぽくて良いですね。
1番のヴァースを抑えめに入ったところから、フック部分に入り、繰り返される「Gacha Gacha」という言葉が非常に印象に残ります。個人的には、2番のヴァース部分のSalaさんのラップがとてもかっこよく、印象的でした。そのキャッチーさから、この曲も「Balloons」のようにタイアップ曲になりそうだとも感じました。
インタビューによれば、歌詞の由来は、いわゆるNEO J-POPを集めた、Spotifyの世界的なプレイリストの「Gacha POP」や、今年、色々と世を賑わせた「親ガチャ」といった言葉からインスパイアされたとのことです。
「Gacha Gacha」のMV(スタジオライブ)では、Salaさんのライブでおなじみのサックス奏者・MPCプレイヤーのamiさんも登場し、Senaさんのダンスもあり、3人ともとてもかっこいいです。
Balloons
「UTOPIA」ではプロジェクトが新章に突入したことが示されましたが、「Balloons」では、プロジェクトの新章の方向性が明確に示され曲になったと思います。プロデュースは、これまでにSalaさんの曲を多く手がけてきたA.G.Oさんで、この楽曲もポップなサウンドに仕上げつつも、印象に残るアレンジも入ってきてさすがでした。
「Balloons」はリリース後にApple Japanのタイアップ曲にも選ばれました。ポップな曲を作りはじめて、こんなにもすぐに、このような大きなタイアップが決まったことは、本当にすごいことだと思います。
Ctrl Z feat. Foi
シンガーソングライターのFoiさんを客演に迎えた「Ctrl Z」は、個人的に本当に大好きで、思い入れも強い曲です。Spotifyではアルバム収録曲中、一番再生数が多くなっているようです。
この曲が初めて披露されたのは、2023年5月22日に竹芝のBANK30でおこなわれたイベント「MOMENT」の場でした。僕は幸運にもそのイベントを観に行っていました。この曲がはじまる前に、この曲がフィーチャリング曲ということがアナウンスされました。それを聞いて、色々とフィーチャリング相手を想像しながら1番を聞きつつ、「安定にFLEURさんやsaltoさん(lo-key design)あたりかな〜。でもこの曲の感じだとSagiri Sólさんとかもありそうだな〜。」などとワクワクしながら聞いていました。
そして、2番がはじまる時に舞台に登場したのがFoiさんで、本当に驚きました。というのも、僕はFoiさんの大ファンで、FoiさんとSalaさんが出演していた、2022年4月28日のGRITでのイベント「INTERSECTION」も観に行っていました。そして、実はそれがSalaさんの初ライブでもありました。初ライブとのことでしたが、Salaさんの圧巻の歌声に感動した記憶が今もしっかりと残っています。SalaさんとFoiさんはそこが初共演で、お二人は界隈は近いけれど、その後、つながっていたとは知らなかったので、このコラボには本当に驚きました。
自分が大好きなアーティストの共演というだけで、大好きになることは確定なのですが、楽曲もお二人の魅力が存分に発揮されている素晴らしい楽曲でした。
恋愛における失敗・過ちを悔やむ感情を、パソコンの「戻る」のショートカットキーのように簡単に前のように戻せたらいいのにという比喩が用いられながら、切なく歌われています。歌詞の中には、パソコンに関係する言葉が色々な箇所に、自然にちりばめられているのも素晴らしいです。好きな歌詞がたくさんあり、たとえば「タブを閉じる 君と開いたページ また静かに瞼閉じる」の言葉選びと音のリズムがとても好きでした。あと、この曲は全体的にちりばめられたライミングが本当に見事です。歌としては、EPのときのように、Salaさんがもっとも得意としていたメロディーや歌い方も入っており、本当に完璧だと思います。
一方のFoiさんも、切ないラブソングを歌った時に最大の魅力を発揮するアーティストでしたので、この曲の曲調は本当にFoiさんにぴったりだと思いました。また、Foiさんは日中ハーフで中国語も母語ですが、実はご自身の歌では中国語の歌詞はあまりありません。しかし、本楽曲では、中国語のラップを見事に披露していて、Foiさんのファンとして、とても嬉しかったです。「Ctrl Z」は、FoiさんがVivaOlaさんを客演に迎えた「Nobody Else」とも重なる部分があるので、ぜひあわせて聞いてほしいです。
UTOPIA
アルバム収録曲の中では一番最初にリリースされた曲で、最初に聴いたときに本当に驚いた一曲でした。アレンジにFriday Night Plansのプロデュースなどで知られるTeppei Kakudaさんが参加されています。Teppei Kakudaさんはこのようなポップなアレンジもとても上手いのだなぁと感じました。
「UTOPIA」はまずトラックが一気にポップになりました。それ以上に印象的であったのが歌詞がよりポップでユーモラスになっており、ことごとくライミングが心地よいです。やはり、Jラップを長年聴いてきた、Ryomaさんのセンスが発揮されています。歌詞としてとくに好きだったのが、
という箇所。Salaさんがインタビューでも語っていたように、Salaさん自身、あるときはとてもフットワークが軽いのが特徴です。たとえば、韓国、ベトナム、ドイツ、最近ではインドに、弾丸旅行で行けるタイプの方です。それをYouTubeにVlogであげていて、それも本当に面白いのであわせてみてほしいです。そのようなSalaさんのフットワークの軽さ、コミカルに歌詞として表現されていて最高です。
LAZY
今回のアルバムのリード曲は、表題曲の「EVERY HOUR」ですが、僕としてはこの「LAZY」も今回のアルバムのもう1つのリード曲として位置づけられるべきものだと思います。というのも、この曲はSalaさんが作詞・作曲を担当した最初の作品(楽曲プロデュースは、ESME MORIさんが担当)だからです。
インタビューなどでもよく語られているように、Salaさんは思い立ったら、色々なことに積極的にチャレンジするタイプの方です。それは「UTOPIA」の歌詞に描かれたように、思った次の日に海外旅行に出かけてしまうようなフットワークの軽さにもあらわれています。
一方の「LAZY」は、Salaさんのややネガティブな部分が描かれています。インタビューやVlogでも語られているように、2023年夏頃のSalaさんは色々ともやもやした感情があったようです(そして、このときにRyomaさんの一押しもあって、弾丸ベトナム旅行を敢行し、伝説的なVlogを完成させています)。人は誰しも、何歳になっても、色々と思い悩むことはありますが、そういった感情と折り合いをつけながらも生きています。Vlogでも、就職していくSalaさんの同級生と自分を比べてしまったり、自分の将来についての漠然と不安に思ったりと、ネガティブな感情を共有してくれていましたが、そういった感情がこの楽曲にSalaさんの実感も込めて歌われていると思います。とくに、サビの
という箇所は本当に大事なことだと思います。Salaさんより年上である自分の経験からしても、周りの就活状況をみてあせったり、自分の将来を考えて漠然とした不安に襲われることもありました。ただ、人というのは、それぞれ歩幅が違うので、周りと比べることはあまり意味がなく、それぞれのペースでやっていくしかありません。その意味では、「LAZY」は表題曲「EVERY HOUR」ともつながりがあると思っていて、とくに「王子様とシンデレラ ガラスの靴履いて感動の展開 その数十年後には 喧嘩別れしてるかもしんない」のように、その時はキラキラして周りから憧れられたとしても、長い時間が経てば意外と状況は一変していることもありますよね。なので、人のペースに惑わされず、自分のペースで一歩一歩あゆみを進めていくこと、「あんばい」が大事なのだと感じることが多いです(もちろん、周りと比べたり、あせったりするのを完全になくすことは難しいですが)。
ダウナーな感情が含まれる「LAZY」ですが、Salaさんがはじめてすべて自分で作詞・作曲を担当したこの曲というのは、まさにSalaさんが色々な感情を持ちながらも、しっかりと自分のペースで歩んだからこそ、完成できたものだと思います。世の中には、途中まで作られたけれど、日の目をあびることはなかった作品というのは無数にあると思います。にもかかわらず、しっかりとこのような形、そして、とても素晴らしい作品を作り上げていることは本当にすごいことだと思います。
さらに言えば、シンガーとしてのSalaさんに対しては、今年だけでも、台湾のLIU KOIさん、ポルトガルのkikomoriさんからの客演のオファーを受け、見事な作品を作り上げています。つまり、シンガーのSalaさんは国際的にもしっかりと高い評価を受けているのです。
もう一つ付け加えると、Foiさんの「Night Glow (feat. salto)」では、MVのディレクションをSalaさんはFoiさんと一緒にやっていて、色々なことに新たにチャレンジしていっていると思います。なので、Salaさんはしっかりと着々と成果を積み上げていると思います。
ひとめもり
ピアノの旋律が美しい「ひとめもり」は、プロデュースをイケガミキヨシさんが担当しています。イケガミさんはジャズをベースにしたプロデューサーで、これまでにテレビの楽曲など非常に幅広い音楽活動をされてきた方です。「ひとめもり」は、今回のアルバムの中で、1st EP で追求されていた曲の方向性にもっとも近い楽曲と言えると思います。Salaさんの大人な歌声はこのようなバラード曲にはぴったりです。なので、1st EPが大好きだったような方には、間違いなくこの曲も大好きになるかと思います。
歌詞の面でも、「Ctrl Z」で描かれたような、二人のすれ違いが描かれています。同時に、今回のアルバムでは、1st EP以上に、具体的な風景描写が増えており、この「ひとめもり」もそうでした。たとえば、モネ、ヴェネツィア、橙という言葉から、これはモネが晩年に妻とヴェネツィア旅行をした際に描いた『黄昏、ヴェネツィア』などの作品を指していると思われます。そしてこの歌の中では、その絵を所蔵するアーティゾン美術館(前・ブリヂストン美術館)に、二人でデートに行ったときの思い出が示されているのでしょう。あとでも書くように、Remixの方ではこの絵の「群青」の部分に視点が移っていますが、この時点では、まだ橙という明るい部分に焦点があっており、楽しかった思い出を懐かしんいる様子が示されています。このことからも、「ひとめもり」含むアルバム「EVERY HOUR」は、抽象性が高かった1st EPに比べて、具体性・個別性がより付け加えられています。
ひとめもり (maco marets & TOSHIKI HAYASHI(%C) Remix)
最後には、「ひとめもり」のリミックスが収録されています。もしこのリミックスが入ってなかったら、「ひとめもり」からそのまま1st EPや過去曲にスムーズに聴くことができたと思います。ただ、このリミックスを追加したことで、アルバム全体のコンセプトが再確認できるため、アルバムを全体として聴いたときにまとまりが、よりくっきりと出るように感じました。その意味で、このリミックスの収録はとても大事であったと思います。
リミックスは、ビートメーカー・DJのTOSHIKI HAYASHI(%C)さんとラッパーのmaco marretsさんが担当しています。Salaさん界隈と、%Cさんやマコマレさん界隈との交流があると知らなかったので、このリミックスが発表された時はとても驚き、リリースが本当に楽しみでした。
%Cさんとマコマレさんは、これまでに多くの楽曲を共同製作しており、もはや安定のコンビです。最近でもマコマレさんが%Cさんのビートを使った「Starfish」をリリースしていますし、少し前ですと、%Cさんがマコマレさんを客演に迎えた「Talk Tonight」などをリリースしており、どれも本当にかっこいいです。また、マコマレさんが2023年8月にリリースした7thアルバム「Unready」は、きわめて内省的であり、マコマレさんの素晴らしさが詰まった作品です。一方の%Cさんも「City to City, Coast to Coast」というアルバムを今月リリースされたばかりです。このアルバムはCityとCoastをテーマにした楽曲の二部に分けられ、収録曲「Coast to Coast」などは、まさにSalaさん、Ryomaさんの出身(横須賀・逗子)である湘南エリアのような雰囲気を想起させます。
「ひとめもり」のリミックスは、ザ・パーシービーツといった感じで、原曲とはがらっと変わり、よりダークで内省的な雰囲気が出ています。リミックスでは、マコマレさんが2番のヴァースの歌詞を新たに付け加えていますが、ここの部分がマコマレさんの解釈力と表現力があますところなく出されていて本当に最高です。マコマレさんは日本のラッパーの中で一番と言ってよいほど、ラップでの詩的な表現に長けており、この楽曲でもそれが発揮されています。元の曲での「ひとめもり」は、心の器につけられた目盛りのようなものを想起させましたが、マコマレさんはそれに加えて、「巻き戻せないフィルムの目盛り」とあるように、カメラのフィルムカウンターの「ひとめもり」の意味も込めています。そうすると、「めもり」と「メモリー(memory 記憶)」という言葉とのつながりもより感じられます。
さらには、元の曲の2番では、モネの橙だけが言及されていましたが、マコマレさんの歌詞では「染まる橙色から群青 溶け合って たどり着く 夢の居場所」と表現されています。
原曲は「橙」という明るい部分が強調される一方、リミックスは明確に「群青=夜」という「終わり」が提示されています。元の曲では、若いカップルが過去の楽しかった思い出を懐かしむ情景描写でしたが、リミックスではむしろ、「たどり着く 夢の居場所」などの表現が示唆するように、老年カップルの今生の別れを描いているようです。そして、これは『黄昏、ヴェネツィア』の時のモネと妻アリスに重なります。夫妻の1908年のヴェネツィア旅行は、モネにとって人生最後の大旅行となり、同時に、1911年に亡くなる妻・アリスとの最後の大旅行となりました。つまり、モネにとって、ヴェネツィアの風景は最愛の人物との最後の旅行で、そこに多くの思い出が刻まれています。つまり、マコマレさんは、Ryomaさんが『黄昏、ヴェネツィア』にインスパイアされて書いたであろう歌詞に、異なる時間軸を導入することで、この曲の解釈の幅を広げています。パートの最初に挿入された、早送りされるテープのようなSEが、時の経過をあらわしていると思われます。あるいは、それは巻き戻しであり、亡きアリスを懐かしむ、晩年のモネの感情を描いているのかもしれません。
12月13日開催の初ワンマンは必見!
以上、本当に名曲揃いの素晴らしい内容となったSalaさんの1stアルバム「EVERY HOUR」ですが、実は12月13日(金)に渋谷でワンマンイベントが開催されます!そしてこれが実はSalaさんの初のワンマンとなります。会場の渋谷GRITは、Salaさんの初舞台でもあった場所。その時は、Ryoma Takamuraさんの師匠でもある熊井吾郎さんのMPCとの2人セットでした。今回のワンマンでもオープニングアクトとして熊井吾郎さんが出演されます。
Salaさんのライブでの編成は、これまではamiさんとの2人セットが多かったです。amiさんはサックス奏者でもあり、MPCプレイヤーでもあるので、amiさんとの編成のときは1度で2通りの楽しめ方が出来て最高です。最近はギターの大井隆寛さん(Deep Sea Diving Club)との2人編成も多く、この編成もSalaさんの歌声が映えるので素晴らしいです。逆に言えば、これまではバンド編成はやっていなかったのですが、最近はバンド編成を徐々に増やしており、Salaさんの美しい歌声が見事に映えます。12月のワンマンはバンド編成で大井さんもいますので、本当に楽しみですね。
と書きながらも、僕は海外在住のため、残念ながらSalaさんの初ワンマンを見届けることができません・・・。今回は学生割引も設定されているので、Salaさんの曲を聞いたことはあったけれど、まだライブを観に行ったことがないような方は、ぜひ観に行ってほしいです!Salaさんのライブパフォーマンスは本当に圧巻で、今回のバンド編成で過去最高のライブになることは間違いないです!