藤原ちからの欧州滞在記2024 Day 50
土曜日。朝10時から批評家Anette Therese Pettersenによるレクチャー「Young voices and the future of criticism」。アネッテさんは10代後半の子供たち向けの批評ワークショップも開催している批評家で、どういう人なのか気になっていた。気になっている、という話をこのStamsund Teaterfestival芸術監督のトービョルンさんにもしていたところ、ほら彼がこないだ話した日本の元批評家だよ、とアネッテさんに紹介してくださる。レクチャーは大変興味深いもので、質疑応答として質問してもよかったけど、ケーキとか食べながらでもいいですか、と提案して、いったん終わってからゆっくり、アネッテさん、実里さん、そこにエイミーとアレックスも加わってしばらく話す。何語で書くのかとか、ノルウェーの演劇批評事情とか、日本の状況についての情報交換も含めて、じっくりお話できてよかった。Davvi(北ノルウェーの舞台芸術センター)に勤めているアレックスは実里さんから強く勧められたこともあってYPAMへの興味を膨らませているようで、アネッテさんともども横浜に来ることもあるかもしれない。
13時から昨日観た『Pinocchio』の演出家Alice Laloyのトーク。昨日気になったことなど質問する。実は全然前情報を持っていなかったので、彼女がフランス語を話すことも今知ったのだった。ある観客から、子供たちをパペット化することについての倫理的な問題を問われた時のアリスの回答は(フランス語から英語に翻訳されたのを聞いてここに日本語で書くので、どこまで彼女自身の言葉のニュアンスを反映できているかはわからないけど)、もしも倫理的な問題を感じたとしたらそれはあなたの脳内にすでに倫理的な問題が存在しているということであり、社会的な現実が存在するということだ、私はただすべてを表現している……というような内容だったと記憶している。
14時からは同じ会場でやはり昨日観たJonathan IbsenとBjørk-Mynte Paulseのパフォーマンスについてのトーク。すべてのトークには芸術監督のトービョルンさんがいるのだけれど、彼は質問上手だなあ、というか、アーティストの意図をよく汲んだ上で、そこから話を転がしたり広げたりする質問をしている。面白いタイプの芸術監督だなあと思う。そしてこうやってポスト・パフォーマンス・トークとかではないトークの時間を作ることで、このフェスティバルはじっくり対話のできるものになっている気がする。このスタムスン在住でフェスを手伝っている人が、「実は僕は昨日パフォーマンスを観た時はただギリシャ彫刻みたいだなと思って観ていただけで、全然ジェンダーの問題とかにまったく気づいていなかったんだ。それでも楽しめていたけど、でも今あなたたちの話を聞いてまた違うことを感じたよ」と率直に感想を述べたりしていて、解釈や正しさを押し付けたりするのではない上演とその受容のされ方がここにあることに、ささやかな感動をおぼえた。
さてこのあとがちょっと大変なスケジュールで、照明の展示作品を10分だけ観てから次の公演会場へと自転車を飛ばすつもりだった。でも展示会場に入った時に作家Joachim Fleischerさんにウェルカムしていただいたので、実は10分しかいられないんですけどいいですか……と聞いたら、君たちは次は何を観に行くんだい? ん、そうか、それなら待ってるから終わってからここに来たらいいよ、そのほうがゆっくり楽しめるだろう、と申し出てくれる。マジですか! お言葉に甘えてしまうことに。
自転車でだいぶ北のほうの小学校まで行き、Katmaとノールランド人形劇場の共同製作による『Frida』。フリーダ・カーロの人生をモチーフにした作品で、観客はひとりひとりヘッドセットをつけ、3グループに分かれて観劇する。いわゆるイマーシブ・シアターと呼んでいいだろう。全編ノルウェー語(一部スペイン語)なので物語の内容はわからなかったけど、おおむねの指示は周囲の動きについていったり英語で他の観客が伝えてくれたりして、なんとかなる。黒板に自画像を描いて消すシーンとか、3グループがそれぞれ絡み合うシーンとかあって、よくできているなと思う。感動したのか、終演後にマックスウェルが泣いていて、それをミカエラが慰めている。こうやってフェスに参加しているアーティスト同士がお互いの作品を観ている、というのもこのStamsund Teaterfestivalの良いところだと思う。あくまでインターナショナルだし、コミュニティってわけじゃないけど、内輪にならないギリギリくらいの親密さが保たれている感じ。
自転車でまた眺めのよい景色を走って、Joachim Fleischerさんの展示会場まで戻る。さっき『Frida』を一緒に観たMari(Bodøで濱田陽平さんたちと一緒に即興の会をやっているダンサー)とその友人2人も誘うことにした。これで実里さんとわたしを入れて観客は5人。その5人のために、特別に20分の照明のインスタレーション/パフォーマンスをしてくれたのだった。俳優もダンサーもいない、照明だけの世界。
少し宿で休んで、いよいよフェスティバルの大トリ、Jonas Ørenの『Hybris: Choreographing Whiteness』。序盤はだいぶシリアスに、昨日のトークで話していたような身体に刻み込まれた社会的コード(ハビトゥス)が扱われる。ところがなんと途中休憩があって、ビール販売が運び込まれ、第二部に登場したヨナスは「もう全然コンテンポラリー・ダンスじゃないね!」と叫んでカラオケをしまくるのだった。なんかもうわけわかんないけど、とにかくここまでやりきるパワーと勇気が凄い。それで盛り上がったまま、フェスティバル・クラブまで歩いていく。
会場に着くと、『Pinocchio』に出演していた子供たちがDJに合わせて踊りまくっている。おつかれさま〜。彼らは早めに帰り、そこからは大人の時間。DJは22時から夜の2時半頃までひとりで続けてて凄いなと思ったけど、よく考えてみたらほとんどずっとそこで踊っていたわたしもどうかしていた。あれ、見た顔がいるぞ、と思ったらなんとうちらの宿で管理人をしているヨアキンで、君たちはこのフロアでいちばんイケてる踊り手だな!とお世辞を言ってくれる(皮肉じゃなきゃいいけど……汗)。そういえばこの夜はやたらと服を褒められて、それ自体はよくあることなのだけれども、一晩で10人以上からそう声をかけられたのはさすがに初めてかもしれない。北極圏ではモテるのだろうか……と錯覚しそうになる。深夜に謎のティーンズの集団がやってきたけど、どうやらこのロフォーテン諸島の地元の子たちらしい。ちょっとシャイだけどわたしたちに興味津々の彼らも何度か話しかけてくれた。不思議な島だな、ここは……。なんせ陽が沈まない。夜中の2時半でも全然明るいのだ。それでもフェスティバルに終わりはやってくる。さすがに疲れたから先に帰りますわ、と陽平さんに言ったら、あと一曲で終わるみたい、というので残り(結局数曲やった)、最後まで見届けることになってしまった。こうしてStamsund Teaterfestivalは幕を閉じた。