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松橋萌の欧州散歩伝2024其の48(Museum Insel Hombroich)

扉の開け方がわからない時は、人が助けてくれた。でもそのあたりから少しこの美術館へ物足りなさも感じ始めていた。キャプションも、タイトルもない。しかし、ただ良いものを良いように眺めるというフィクションに感じ始めていた。けれど、文脈が無ければ絵が見れないということがベルリン・デュッセルドルフのそれまでの美術館で続いていたから、たまには文字が一つもない事も良いのかもしれなかった。

人々に着いて行く。牛の群れ。カップルが向こうから歩いてくる。

ギャラリーにも、チケットが必要。日本から来た。そして戻って来た時、「あなたにはこれが良いと思う」という感じで、画集を二冊渡された。一冊はあまり好みではないもの、もう一冊は好みなもの。"何を学んでいるの?"と聞かれた。彫刻?絵?建築?きっと好きだと思うわ。マップは持ってる?Tadao Andoのなの。水がある。きっと見るべきだわ。見た?本当だ。マップを貰っても見ないで歩いて出会うのが面白かったから、建築家の名前がそこに記載されているとは思っていなかった。こっちに行くのよって言われたけれど、閉館時間が迫っていて、戻っても間に合わないと思ったから、別の方向へ歩いた。

そこにもまたギャラリー。財団のものだ。水がある。安藤忠雄の建築だった。チケットは高く感じたが、地下にも部屋はあった。タイトルだけあって、ボテロとかスラージュとか、イケムラレイコとか…クレーの「モンスター」ですら文脈を引っこ抜かれてそこにあった。でもきっとその意義はコレクターはわかっているはず。ロバートラウシェンバーグの透明感に感心してその美術館を去った。

Tanzhausで観劇のため、デュッセルドルフに戻る必要があった。バスで電車の停まる駅へ行こうと、どの辺りかな、と立っていたらバスが近くに停まった。iPhoneで確認などしていたら、行ってしまうから勢いで乗った。行き過ぎるのが怖いから、一つくらい手前で降りた。アジア人の女の子もそこで降りた。住宅街。きっとある程度所得の高い場所なのではないかと推測する。

駅に辿り着く。しかし紙の時刻表に18:06の便はキャンセルされたと書かれていた。次の便までは30分あった。後ろから、女性に声をかけられる。あの、チケットの買い方を教えて下さい、と。ベビーカーで子供を連れているお母さんには珍しく、紺色のジャケットを羽織っている。その中にはロゴ入りのカーキのTシャツで、靴は白いスニーカーだった。そのジャケットを見て、スリの可能性が低いように感じたため、手伝った。私もチケットの買い方はわからないのだけれど…翻訳機を使ったりして5分くらいかけて何とか仕様がわかってきた。女性は20€札でチケットを買おうとして、そのお札はリターンされた。5€札に変えて買うことができた。彼女はララ、という子供の名前を歌ってあやしている。あなたはヤバナ?と聞かれる。私の姉がバケーションに行ったの。良い所だったと褒めてくれた。あなたの顔と私の子供の顔はそっくり!と屈託のない笑顔で彼女は言った。ジェスチャー付きで。子供の年齢を聞いた。(チケットは5歳以上は必要だから)1歳1ヶ月と言われて意外だった。彼女はチュニジア人で、イタリア人のシェフの夫と一緒にこちらに数ヶ月(2ヶ月くらい?)住んでいる。美容師をしていた。翻訳機に向かって彼女はイタリア語で話した。

ララちゃんが泣き出すと、彼女は歌った。ララちゃんは音の鳴る玩具も持っていた。私も一緒に歌ったり踊ったりした。ララちゃんは、それをすればすぐに大人しくなった。ベビーカーから乗せたり下ろしたりする時、ベビーカーを控えめに私は押さえた。

彼女は列車が来る1分前に煙草を吸った。一本どう?、本来は貰うべきではないと思ったが、それを貰って、火を付けて、殆ど吸う時間など無いから、火を消す時にそっと折って半分になった綺麗な煙草をポケットの中にそっと入れた。camel、その一本はどんな味か殆ど知らない。そのまま、一生その煙草をとっておきたい。彼女の殆ど吸えないままの煙草の火は消され、ゴミ箱へ入って行った。その頃には、周りの女性も皆ベビーカーを気にかけるようになっていた。

電車に乗る。暫くして、彼女は「あなたには旅のお金が必要だからこれをあげる」とさっきリターンされた紙幣を私に渡した。受け取れない!と断ったけれど、そうだ、と思ってさっき貰った画集の内一つを渡した。カラフルな方が、アートに親しまない人でも楽しめるだろうと思ってそちらを渡した。きっと少なくとも10€くらいの価値はあるはず・・・これは何ですか?「絵の本」と答えた。すると彼女は嬉しそうにして、それをベビーカーの収納スペースに入れてくれた。チケットは、実は一駅分買い間違えていたようだった。でも、大丈夫、と彼女は私に言った。チケットのチェックがあると罰金になってしまうのだ。しかし私は心の中でいざとなったら自分の持っている、あきこさんの4回チケットの余りで何とかしようと思った。

ララちゃんは私の髪をカーテンのようにして遊んだ。青緑の髪。彼女は「綺麗だね〜」とララちゃんに話しかけた。降りる時間が来て、ララちゃんを私は抱っこすることになっていた。ララちゃんを抱っこする時、画集と携帯を手に持っていたが、彼女は私の手を空けるために画集だけをベビーカーに乗せた。もう一つが携帯であるのを見て、彼女はそれは私の手の中のままにした。ララちゃんが離れたくない〜という感じでくっついて来たので驚いた。お母さんの笑顔を見ているからきっとそうするんだと思う。彼女は彼女の夫と時折連絡をとっていた。そして、テレビ電話で繋いで「ヤバナ」と恐らくこの日本人と今一緒です、みたいなことを言った。私は精一杯の笑顔で、夫の顔を見た。彼女はこれからショッピングをするらしい。あなたはデュッセルドルフなのよね?と私に聞いた。Instagramを交換しよう、と彼女は言ってくれた。ララちゃんは別れ際、少しごねたり、私のもう一冊の画集を離さないようにしたけれど、It is mine~と私が言ったら手を離してくれた。

デュッセルドルフ駅に着くと、ガザの旗をギターケースに乗せて歌う人がいて、足を止める白人女性の姿が見えた。Tanzhauseであきこさんのお気に入りの振付家の作品を鑑賞。一番後ろの席で、反射も見えた。でも言葉はやはりわからなかった。絵画の一枚一枚みたいに踊りが見えて、それはよかった。早く閉まるカフェで実里さんとあきこさんと私は一杯だけ飲んだ。追い出そうとするカフェなのだ。ヒッチハイクやスクーターのことで、この旅の活動の中ではしないでほしいという話だった。そこに私の母のことが付け加えられた。でも私は、あの時の母の言葉は違う意味だと思った。だから、"それは違う"と言った。実里さんは泣きそうになってしまった。話の中で"精神的に上手くいってない?"と聞かれた。私は、うん、と思った。それと、"家族"であると私が思う時は、私にとっては別のものだった。もう一軒行った。ビルバオと違って、酒場に行くことが無かったから、貴重な風景だった。あきこさんは実里さんを褒めて、私もヒトミさんが実里さんに憧れているという話をした。そして実里さんがその場で奢った。小さな額だけれど、そういうことが大事なんだな、と私は思っていた。アヤカさんは少し前に、私と話せたことを嬉しく思ってくれて、少しだけ多く払ってくれたし、私もシノンちゃんと遊ぶ時、仕事をしている年下の彼女に対してほんの少しだけど多く払った。彼女がいなかったらあの夜は、家に辿り着けなかったと思うし。

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