![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/150597548/rectangle_large_type_2_d72bb4ca36fe13761bfd174a303fd6dc.jpg?width=1200)
藤原ちからの欧州滞在記2024 Day 85-86
Day 85
土曜日。ゆうべ、というか早朝の事件のことで悪夢にもうなされ、どうしても頭が一杯になってしまう。ビルバオに来てから初めてドアに鍵をかけて寝た。結局のところ悪魔のようなものは世界の至るところに存在していて、弱った心や身体に侵入してくるということなのだろうか。じっとりと額に汗をかいて目覚める。逆に緊張感のおかげで、疲労を感じているどころではない、という心持ちにもなっている。前向きに、実践的な解決策だけ考えることにして、Azkuna Zentroaへと向かう。今週は週4日もここに来ていて、我ながら勤勉だなと思う。
午前10時からその滞在アーティスト、Amaia Molinetによるツアー開始。メールでコンセプト文は受け取っていたものの、どこへ行くか、どこをめぐるかなど、具体的なことは何も知らない。何人かの参加者と共に、メトロに乗って海のほうへと向かう。電車の中でみなさんに「演劇クエスト」の説明など。他のアーティストのツアーの最中だから、邪魔にならない程度に、あくまでも電車の中での話題提供として。参加者のひとりペーターはドイツのライプツィヒの出身らしくて、ドイツ語のほか、流暢なスペイン語と英語を話す。アマイアと彼以外のみなさんはあまり英語が得意ではないらしいので、英語でコミュニケーションできる彼がいてくれるのは、我々としては心づよい。でも参加者がスペイン語で話すことに対して、わたしと実里さんは居心地の悪さを感じていない、ということも、なんとなく態度でみなさんに伝える。ツアー開設はアマイアが適宜英語でもしてくれるけど、全部訳さなくても大丈夫ですよ、ということもある程度取り決める。
Berangoという駅で降りる。ペーターがコーヒーをテイクアウトしたい、というので便乗して、ご馳走になってしまう。最初の目的地、「アイアン・ベルト」についての博物館では、さらに参加者が増える。総勢12人くらい。自己紹介タイムではカタコトのスペイン語を少し話してみる。小雨(バスク地方特有の言葉ではsirimiri)の降る中、墓場へと向かう。敬意は忘れないようにね、というアマイアの言葉。萌さんの「散歩会」の鷺沼編で、墓場に行ったことを思い出す。途中で雨が何度か強く降り、細い山道には至るところに水溜まりが出現。なんとかそれらをよけながら進んでいく。一体どこまで行くんだろう……。道中、地面が完全に泥と化したところがあって、その泥が粘土のようになって靴の裏にこびりつく。重い。プラハで聞いたゴーレムの逸話を思い出す。作品に繋げられるかもな。というか、この散歩のあいだ、つらいことは考えたくないから、努めて作品のことだけを考える。
歩き終わって人里に戻り、バルでみなさんと乾杯。温かい人たちでよかった。今度のトライアルウォークは英語版しか用意できないけど、本番の「演劇クエスト」ではスペイン語とバスク語も用意するから、ぜひ来てほしいな。
宿に戻って泥を落とし、引っ越し作業をする。これでわたしと実里さんが、広場に面した部屋に住むことになった。窓から広場の様子がいつでも伺える。遠くに教会の塔が見える。新しい生活。そしてサンフランシスコ地区のガンビアバルで、イングランド対スイス戦、さらにはケバブ屋からサバラ地区のいつもの店へとハシゴして、オランダ対トルコ戦を観る。現実的なことだけに集中する。概念やイメージと闘うよりも、足の裏についた泥と闘うことのほうが大事な時もあるのだ。
Day 86
日曜日。実里さんはロマの人たちの路上市場へ出かけていく。かなりの収穫があったみたいで、フラメンコを踊って値引きしてもらったらしい。わたしは部屋に残ってごりごり執筆作業。そろそろ時間との戦いになってきた。