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Wake Me Up (太刀来)

▼ 「太刀川おねがい」  みいんみいんと、どこに残っていたのかわからない蝉がすこしだけ鳴く九月の始まり。夏の長期休暇は終わったのに、まだまだ夏は終わらないと言うような太陽の照り具合と体育教師の授業数の確認の間違いからもつれ込んだプール授業の直前のことだった。  更衣室とプールサイドはコンクリートの壁で仕切られている。来馬に呼び止められたのは更衣室側の通路で、目先には消毒用のシャワーがあった。振り返り、来馬を見つめる太刀川を尻目に、同級生たちがその先へ進んでいく。夏休み明け

    • 演目・松野カラ松の悲劇

      (モブ出張ります) これが自分の集大成だとその人は言った。 声の大きな人だった。演劇をやっているから当たり前だと思う、だけどそれにしたって、舞台に立つそのひとの声はよく通るし、すん、と体育館の奥の奥、まで響いた。バレー部のボールが床に跳ねる音に負けないぐらい、あの人の声は大きかった。とはいえ、日常生活でもそうだったかと言えば、そうでもない。髪を染めたり、耳にピアスの穴を開けたり、制服のリボンの長さを改造したり、スカートを必要以上に折ったりとか、そういうことをしていない、寧

      • ガラスの靴はその手の中にある

        来馬先輩に告白した。 来馬先輩はおれの告白に、目を見開いて、それから口元を抑えて、何度か視線を泳がせて、それから、困ったように眉を下げて、「そっか」と言った。そのとき、その言葉を聞いたとき、おれは、ああ、振られてしまった、と思った。 だけど来馬先輩はやさしいから、「時間をちょうだい」と言ったのだ。それからそっと、あの人は退出した。昨日の、鈴鳴支部での出来事だった。 時間をちょうだい、の時間とはどれくらいの時間なのだろう。昨日の夜は寝ずにそんなことばかり考えていた。やさしい来

        • わかっちゃない男と初恋サイダー(一カラ)

          こわい、というのは、まあそもそも実の弟、一卵性の六つ子の六分の一の片割れ(という表現はそもそもおかしいが、それ以外に該当するものがないので)に抱くにはおかしい感情だと、重々承知のうえだがそれにしても。おれは弟の一松が怖かった。だってあいつ、なに考えてるかわからないし、おれのこと嫌いみたいだし。人付き合いが苦手な厭世家で、斜に構えて世の中を見るその物腰は、正直言えば憧れる。クールじゃないか、かっこいいと思う。だからいつだったか兄弟がみんな一松のことを「なにしでかすかわからない

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