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私の発言 満倉 靖恵氏 思い続けていれば,その願いはいつか必ず現実化できる

慶應義塾大学 満倉 靖恵


満倉 靖恵(みつくら・やすえ) 1999年 徳島大学工学部知能情報工学科助手 
2002年 岡山大学情報教育コース専任講師 2005年 東京農工大学大学院助教授 
2007年 同大学院准教授 2011年 慶應義塾大学理工学部准教授 2018年 同大学教授
●研究分野 生体信号処理,脳波解析,感性工学,脳神経科学

脳波の周波数から,心の状態を“見える化”する

聞き手:満倉先生は子ども時代にどんな夢をもっていたのですか。そこから現在の理工学分野に興味をもたれたのは,どのようなきっかけだったのでしょうか。

満倉:私には専門分野が2つあります。工学的な専門分野と,医学的な専門分野で,医学,工学両方の博士号をもっています。最初は工学的なところに興味をもったのですが,それは両親が理系だったからでもあります。例えば,子どもがコップを落として割ったら「ごめんなさい」と謝って終わると思うのですが,私は親からどうしてこれが割れるのかということを淡々と聞かされました。そういう環境だったので,怒られることはなく,現象を理屈で考えるようになりました。物が落ちるときにはどんな数式で落ちていくのかとか,今思うと,理屈っぽい,嫌な子どもだろうなと思うのですが(笑),自然にそう考えるようになって,何も疑うことなく,理系に進みました。
 子どもの頃の夢は,ピンク・レディーになることでした。ピンク・レディーセットを買ってもらって踊っていました。いまだに正月などに家に帰ると,両親からは「ピンク・レディーになりたいって言ってたじゃないの」と言われます。その後,理屈っぽかった私は高校時代に,数学の先生になりたいと思っていました。さらに大学では,世の中に自分の言葉で現象を伝えていくアナウンサーにも憧れていました。当時,アナウンサーは,難しいことをやさしい言葉でわかりやすく説明することが求められていたので憧れていたのですが,進学した大学の先生からの勧めもあり,研究の道に進むことになりました。
 大学の専攻は制御系を選んだのですが,それはガンダムを作りたかったからです。コントロールの道を究めようと研究しているうちに,やがて自分の心や人の心のコントロールに興味をもつようになりました。心は脳にある。それなら,脳波を測り,考えていることや感情を脳波で見られるにしようというところに行きつきました。
 でも,実際に脳波計をつけて調べてみると,何をやってもほとんど脳波は一緒なのです。のちに,それはノイズであることがわかりました。そこで,信号処理によってノイズを除去するなど研究を重ねていきました。人間の脳波の周波数は,わずか1~40 Hzの範囲でしかありません。周波数は無限にあり,人間が聞こえる周波数は20 Hz~20 KHzですから,それに比べると極端に狭いのです。それでも,細かく調べていった結果,脳波は心の状態によって違いがあることを突き止めました。ストレスをかけたとき,あるいは嬉しいときの脳波のパターンが見えてきたのです。心が見えるということに気づいた瞬間でした。

17年もの歳月がかかった「感性アナライザ」

聞き手:満倉先生の取り組まれてきた研究の概要と,その中で苦労されたことや転機となったことがあったら教えてください。

満倉:脳は6つの層からなる構造をしており,脳の中で発生した電気信号が6層を伝わって表層の頭皮上に出てきます。ただし,発生している信号はミリボルトですが,表層上ではマイクロボルトになってしまいます。それを増幅した形で見ているのが脳波です。と同時に,ノイズも増幅されてしまいます。そこでノイズを除去し,そのデータを解析すると,感情がわかるというのが私の研究です。
 脳の測定では,f-MRI(機能的磁気共鳴装置)などで脳の活動を調べることができますが,リアルタイムに測ることはできないという欠点があります。また,大きなデバイスをつけたり,装置の中に入ったりするためストレスになり,感情が変化して,正しい測定ができないのです。ですので,利便性の点でも,すぐに反応する脳波が一番優れていると思います。
 私1人の脳波の測定から始まり,研究室の仲間や学生さんにも測定させてもらい,その後一般化できるようにするため,のべ何千人もの脳波を測り,そのデータを解析して導き出したモデルを組み込み作ったのが「感性アナライザ」です。これは,脳波からリアルタイムで人の感情を評価できる装置です。「感性アナライザ」の理論を作るまでに17年,そこから装置としてできあがるまでに,さらに7~8年かかっています。それは,多くの人の脳波を溜め込んで一般化しないとできないからです。17年もの歳月が「感性アナライザ」に入っていると思うと感慨深いものがあります。
 先ほど,脳波の周波数は1~40 Hzの間に入っていると話しましたが,これは現象論なのです。ある現象が起こって,結果的にそう見えているだけです。ある教授から,「現象だけでなく,脳の中が実際にどうなっているのかを調べないといけない」と言われたのがきっかけで,医学で脳を究めようと医学部に進む決心をしました。マウスやラット,あるいはマーモセットという小さなサルの脳を調べ,その反応を見て人間の脳の解明につなげるのです。医学部でそういったトランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)を2011年くらいから始めました。若い時よりも記憶力は落ちていますし,マウスなども扱ったことがありませんでしたので,とても苦労しました。それでも,そのおかげで今はオペも自分できれいにできますし,医学博士号を取り,人間の身体に対する知識も十分にでき,太い工学的な研究につながったと思っています。そういう意味では,教授の一言がなければここまでこられなかったと感謝しています。


健常者とうつの人の違いを脳波で明らかにする

聞き手:脳波と画像を扱って,現在取り組んでいる研究について教えてください。

満倉:研究では,精神疾患や認知症,睡眠などを数学的モデルで示すことに取り組んでいます。一貫しているのは,人の現象を捉え,その中身を知り,どうやったらうつ病や認知症が治せるのか,突き詰めていくところです。
 例えば,うつ病のような内的な要因の場合,ケガのように外から見てもわかりません。ですから,精神科の先生や臨床心理士などが基準に基づいて判定をするのですが,先生によって判断が違うことがあります。そこで,脳波を測ることで,うつ病であるかどうかを見える化し,これまで見えづらかった定性的なものを定量化しました。健常者とうつの人の違いを,わずか0~30 Hzのあいだの脳波の違いによって明らかにできるのです。しかも,若干うつっぽい人,うつ病の人,かなり重いうつ病の人など,重症度を含めてすべてわかります。抗うつ薬が効いているのかどうかについても脳波でわかります。今後は,その人に合ったオーダーメイドメディシンで投薬量を決めることもできるように,製薬メーカーと共同研究をしています。
 コロナ禍の中で外に出られず,仕事や生活などで悩んでいる人はいっぱいいると思います。でも,どこに相談をすればいいかわからないのです。1人で悶々とするよりは,脳波計をつければ自分がうつなのだとわかります。自分の状態が見えるようになることで,ストレスがかからない方向に作用します。それをバイオフィードバックと呼びますが,そのように自分の状態を可視化するのはとても重要なのです。認知症も同じで,脳波の違いを見ることで認知症の判定ができるようになります。

聞き手:17年も研究を続けてきたと言っていましたが,あきらめそうになったことはありますか。どうやって乗り越えられたのでしょうか。

満倉:これまで,論文を出しても通らなくて心が折れそうになったことは,何回もあります。それでも乗り越えられたのは,やりたいという思いのほうが強かったからです。人の心の状態を可視化するのは,これから絶対に必要だと思ったのです。研究に打ち込んできたがゆえに失ったものもたくさんありました。それでも研究のほうが大事で,そちらのほうが勝ってしまうのです。それしか見えていなかったのかもしれませんね。

女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決する

聞き手:研究の今後の可能性や夢についてお聞かせください。

満倉:感情はホルモンの影響で変わりますが,ホルモンの変化を脳波で見える化することもできます。私は今,FemTech(フェムテック)の研究を進めています。FemTechは,Female(女性)とTechnology(テクノロジー)をかけあわせた造語で,女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決できる商品やサービスです。例えば,脳波を見ることで,女性のバイオリズムなどを外から知ることができます。すでに特許も出し,論文も開示されています。これまで,ホルモンは,血液や唾液から採って調べるしかありませんでした。それが,脳波を計測するだけでホルモンの状態がわかるようになるのです。
 エストロゲンが何%で,プロゲステロンが何%あるとか,オキシトシンがどれくらいあるかといったように,ホルモンの状態を見ることで人の心を定量化できます。こういった研究に至ったのは,やはり医学部に行ったおかげです。ホルモンの状態によって,人の感じ方は違ってきます。例えば女性の場合,黄体期にあたる黄体ホルモンが多いときには,プロゲステロンがすごく多くなります。そのときには,同じことを言っても怒りになってしまったりします。でも,エストロゲンがすごく多いときには,同じことを言っても,怒りには感じないのです。また,オキシトシンがあると,優しくなります。そういう違いがあるのだというのも理解できました。
 これまでずっと現象を数式モデルにし,その現象を可視化するという研究を続けてきましたが,今はそれに深み(深化)と幅をもたせた研究ができるようになりました。可能性は無限大です。もともと脳波計測システムをつくるきっかけとなったのは,ALS(筋萎縮側索硬化症)の患者さんとの出会いでした。ALSが進行すると,患者さんは眼球の動きだけしか外界とコミュニケーションが取れなくなってしまいます。そこで,脳波計測システムを使って患者さんがYes,Noを示すことができるようにしたのです。ご家族がたいへん喜ばれるのを見て,研究を加速させなければと思いました。今考えているのは,思ったことをそのまま文字にするシステムの開発です。それから,脳波だけでどんな夢を見たかがわかる,夢の可視化も可能だと思っています。海外ではMRIを使って夢を可視化する研究はありますが,簡便な脳波測定ヘッドセットをつけて眠るだけでわかるようになります。また,最近,テレビ番組で紹介していただいたのですが,脳波に信号を入れて気持ちを変える「気持ちスイッチ」の研究にも取り組んでいます。電気をあてるだけで,嫌な気分が吹っ飛ぶとか,うつが治る。それも可能だと思っています。

「よく学び,よく遊ぶ」中途半端は一番よくない

聞き手:最後に,工学を学ぶ学生や若手技術者に向けて,メッセージをお願いします。

満倉:まず何かやりたいことを見つけることが第一です。そのうえで,それを実現させるんだと思い続けること。思い続けていると,本当に実現化するのです。こういう研究がしたい,これが欲しいと思っていると,いつの間にか手に入れています。もちろん,研究だけではないです。私は,大学に勤め始めたときから,いつかポルシェに乗ってやると思っていました。勤め始めたのは国立大ですから,その給料では絶対ポルシェは買えません。でも,ポルシェが欲しいとか,ポルシェに乗っている自分を考えていると,自然に脳が関連する情報をキャッチしているのです。ふだん自分の車を運転しているときでも,ポルシェの情報だけが目に入ってきたりします。あの型は嫌だな,この型がいいなとか,ホイールはこっちのほうがいいなとか,いろいろな情報が入ってきます。あるいは,研究でも,こんな研究したいとずっと思っていると,そういう研究者と一緒に研究することができるようになります。いつかつながるのです。
 研究でも一日一日を何となく過ごすのではなく,これをやるんだと強く思うと,いつかは叶うのです。家が欲しいと思ったら,「家なんか買えない」で終わるよりは,どんな家が欲しいか,自分の頭の中で具体化して思い描いていくと,手に入れることができるようになります。私は,ある芸能人が大好きで,その芸能人に会いたいとずっと思っていました。いつか会ってやると思っていたら,私がテレビに出るようになり,今は何回も共演しましたし,普通に会って普通に話すようになっていました。思い続けると叶うのです。
 そのためには,具体的にしていくことが大切です。工学を学ぶ人たちということで言えば,こういうものが世の中に欲しいと思ったときには,それをつくるためにはどうしたらいいのかを具体的にするのです。会社を興したいというのであれば,会社を創るためにはどうしたらいいのかを,一つひとつ具体的に考え,組み立てていきます。そうすると,一つひとつそのための情報が手に入ってくるのです。
 それから,運を味方につけることです。運のいい人の周りにいくと,それが連鎖することがあります。逆に,怒っている人のそばにいくと,自分も嫌な気分になることがありますよね。嫌な気持ちというのは脳波で言うところの周波数が高く,その振幅も強い状態です。一般に速く強い信号ですからきっと伝わりやすい特徴であるのではないかと思っています。
 思いをかなえるためには,集中力も大事です。満倉研究室のモットーは「よく学び,よく遊ぶ」です。メリハリが大事で,集中するときは集中します。研究するときは研究に集中し,遊ぶときは遊ぶのです。中途半端にしていたらカミナリを落とします。思いをかなえるためにも,運を味方につけるためにも,そこは重要だと思っています。

(OplusE 2021年11・12月号掲載,肩書などの情報は掲載当時のものです)


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