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私の発言 都築 啓一氏 テクノロジーで古い業界の生産性を上げ,さらにその先へ

株式会社スマテン 代表取締役社長 都築 啓一

都築 啓一(つづき けいいち) 学生時代にバックパッカーとして世界を旅した後,飲食店を開業。その後大学を中退して飲食店の店舗を経営していた際に東日本大震災が発生し,復興支援ボランティアとして活動する。この時の経験をもとに太陽光発電や福祉関係の企業を起業する。その後消防業界に注目し,この業界のデジタル化の必要性を感じて2018年にスマテンを設立。

学生時代の起業,そして震災でのボランティア経験で感じた
社会貢献に必要なこと

聞き手:都築社長が「スマテン」を立ち上げるまでいくつかの会社を立ち上げていらっしゃったそうですね。まずそのことについてお話ししていただけますか。

都築:大学在学中に名古屋市内で飲食店を立ち上げたのが,最初の起業でした。起業の前にバックパッカーとしてアジアを中心に世界を旅していて,その時の仲間と一緒に飲食店をはじめたのです。当時私は学生でしたから,世の中にどんな仕事があるのかもよくわかっていませんでした。そこで,いろいろな経営者の話を聞くことができるのではないかと思ったことと,スモールスタートしやすかったため,社会勉強の意味も兼ねて飲食店を起業したのです。
 飲食店経営を5年ほど続けた2011年に,東日本大震災が起きました。発災から1週間後に私は個人としてボランティアに参加しました。この時感じたのは,社会貢献は必要なことではあるものの,継続するためにはボランティアでは限界があるということでした。
 そこで,被災地から地元に戻り,社会貢献の観点で事業を立ち上げていきました。まず始めたのが太陽光発電事業です。東日本大震災による原子力発電所事故がきっかけとなり,再生エネルギーの普及が必要と考えたからです。当時,愛知県を中心に岐阜県や三重県などで土地を購入し,発電所を設置して販売するという事業を7年近く続けました。
 また,福祉の会社も立ち上げて,グループホームや就労支援施設の運営もはじめました。太陽光発電とは別の観点での社会貢献と考えた事業ですが,運営していくうちに,自分の強みとのマッチングや本当にやりたいことを考えた時に少し方向性が違うように感じ,最終的には福祉の会社は売却しました。
 そしてその後,消防設備会社を立ち上げました。消防設備業界との出会いは,スマテンを立ち上げる前,防犯カメラの販売をしていた時にさかのぼります。防犯カメラ事業は,飲食店経営の時の経験から必要と考えてはじめたものです。その当時,オフィスがあったビルにたまたま消防設備関連の企業が入っていたのです。
 消防設備会社を立ち上げた後,まず点検を行う職人を集めました。その時知ったのはこの業界は歴史のある業界だからか非常に旧態依然であり,報告書などのデジタル化もほとんど進んでいないという現実でした。そこで,報告書の自動化などで点検する職人さんの負担を軽減することが急務と考え,アプリケーション「スマテンUP」を開発しました。消防点検者向けアプリとしては日本初となります。このアプリによって報告書作成時間が2時間から30分に短縮できるようになりました。しかしこのアプリケーション開発には予想の何倍ものコストがかかってしまいました。それでこの業界で続けるか,開発を中断して別のビジネスに進むかの判断に迫られたのです。でも私としてはこの局面で,ようやく面白いところにたどり着くことができたという感覚を持っていたのです。そこで,思い切って当時運営していた企業を全て整理してこの業界に注力しました。

DX化の苦手な職人さんと企業との間で,テクノロジーの「通訳」となる

聞き手:消防設備業界が面白いと感じた部分を具体的にお話ししていただけますか。
 
都築:まず,なくてはならない業界であるということです。後ほど説明しますが,消防点検は法律で決まっていて必要なことですから。例えばサプリメントは,あれば便利だけどなくても生活できますよね。そうではなく,「なくてはならない」ことが私の中で大切でした。あってもなくてもいい業界だと,景気に左右されやすいということもあります。また,消防設備業界は絶対に必要な業界なのに業界そのものは変わっておらず,変えることでより良くなるポテンシャルを秘めていると感じたのです。
 また,消防設備に心が動いたきっかけとして,東日本大震災でのボランティア経験は私の中で大きな出来事でした。当時,津波の被害が多く報道されたことが記憶にある方は多いでしょう。当時私が活動をしていた福島県いわき市でも津波被害はもちろんありましたが,実は火災も多く発生しました。消火に難航したことで多くの住宅が焼失した現実を私は目の当たりにしていたのです。このようなことはもう起きてはならないと切に思ったことも,消防設備事業に心が動いたきっかけです。
 さきほど軽くお話ししたように,消防用設備等を設置した建物では,その消防設備を定期的に点検しなくてはならないということが消防法で義務付けられています。それにもかかわらず,消防設備点検報告率(以下「点検報告率」)は48.9%(2020年,全国平均)と,残念なことに5割に届かない現状があります。今年初めに起きた能登半島地震でも,輪島では大規模な火災が発生し,あいにく命を落とされた方もいらっしゃいます。地震を人間の力で防ぐことはできませんが,火災は防ぐことができるのではないでしょうか。これ以上犠牲者を増やさないため,点検報告率の向上は絶対に必要です。
 「スマテンUP」を開発した当初の目的は,自分たちの消防設備会社を伸ばすための,生産性向上のためでした。でもやがて,これを自社で独占せずに他社にも広めれば業界全体の生産性を上げることができると考えるようになりました。同じ業界なら他社も同じ課題を抱えているはずですから,他社も巻き込んで課題を解決すれば国全体での点検報告率を底上げできて,火災の被害も減って社会貢献につながるという発想です。
 その考えでこの業界で初めての,建物管理者向けのプラットフォーム「スマテンBASE」も作りました。点検する職人さんのために作った「スマテンUP」を開発した後,建物 管理者サイドの悩みとして,職人さんに点検をお願いしたくてもすぐには見つからないことに気づいたからです。消防点検の業界で職人さんを探す場合,その多くは「一人親方」といわれる個人経営の方や,事業所になっていても2~3人の小規模なところが多く,この部分のマッチングは人の力だけではなかなか大変だったのです。そこをうまくマッチングさせるためのプラットフォームが「スマテンBASE」です。

「スマテンUP」と「スマテンBASE」の概要

 スマテンを起業したのは2018年ですが,当時はDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉はまだ一般的ではなかったかもしれません。とはいえ国はDXの方針を発表していましたし,当時の私は近い将来DXが進んだ社会を頭の中で描いていました。
 DXの推進にあたっては,デジタル分野に疎い人が1人でもいればそこがボトルネックとなる懸念があります。点検を担当するベテランの職人さんの中にはデジタル分野に苦手意識を持つ方も多いものの,DX推進には,職人さんがかかわる部分のデジタル化も避けることはできません。 
 そこで私たちが,職人さんと消防設備点検を要する建物を持つ企業さんとの間で「通訳」になればいいと考えました。英語を話せない人に英語を教えるより,通訳を介したほうが早いでしょう。点検のスキルが高いベテランの職人さんに時間をかけてまで苦手なITの操作を教えるよりも,そのほうが早いはずです。そうすれば職人さんは豊富な経験をフルに活かし,本来の業務に専念していただくことができます。そして職人さんたちが苦手なデジタルの部分は,誰かが間に入ることで解決し,効率化を推進していく。ここにわれわれの,プラットフォーマーとしての価値を見出したのです。

儲けでは続かない。「思い」の乗せられるビジネスにようやく出会えた

 さきほど,防犯カメラに関わっていた時に,たまたま消防設備の業界を知ったとお話ししました。実は,当初は消防関連の仕事を始めるとは思っていなかったのです。
 スマテンで私の立ち上げた会社は5社目ですが,それぞれの会社で携わってきたさまざまなビジネスを通じて,常に自分が知らないビジネスをインプットして,その中で思いを乗せられるビジネスを探していました。
 その「思い」とは何かといえば,この業界を変えたいとか,この事業で成長したいという思いです。ただ「儲かればいい」という判断基準ではなく,思いを込められるビジネスを探していたのです。もちろん企業ですから儲けなければ継続できませんが,儲けだけでは気持ちが続かず,いずれ息切れしてしまいます。四六時中考えていたいビジネスを探していて,震災でのボランティアも経験したうえでようやく見つけたのが,防災に寄与できる,消防設備の業界だったのです。ここにたどり着くまでに10年以上かかりました。決して早く見つけたとは思いませんが,経営者人生としてやりたいことが見つかったのは幸せなことだと思っています。
 
聞き手:都築社長はかつてインタビューで物理が得意とのお話をされています。弊社のメディア「O plus E」は物理系出身の読者も多いため,大学時代に学んだことで印象に残っていることや,今のお仕事に生かせていることがあればお話ししていただけますか。
 また,弊社の関わる技術分野である画像処理や光エレクトロニクスなどの知見は,現在も防災分野で導入されていると思います。今後,御社のビジネスとどのようにコラボレーションできるかなど,都築社長のお考えをお聞かせください。
 
都築:まず大学時代の話ですが,当時理工学部に在籍していて,数学や物理が好きでした。特に数学の授業で1問の数式を1時間半くらいかけて解く授業が印象に残っており,一つの数式を掘り下げていくというのは興味をもって取り組めました。今はさすがに,数式を解くのは難しいですが。
 また,物理を学ぶことで物事の本質をしっかりと見る力が養われたと感じています。これはビジネスを進めるときに直接的ではないにせよ,いろいろな局面での考え方として私が大切にしているところです。
 次に,画像処理技術や光エレクトロニクスなどとのコラボレーションについてお話しします。消防設備や法令点検には当然ハードウェアがあります。将来的には,人手に頼らない点検,遠隔でこれらハードの点検ができるシステム開発が求められていくでしょう。いま思いついただけでも画像処理技術を使った建物の経年劣化予測や,ドローンを使った外壁の点検とそのデータを解析して建物の状況を把握するような技術などが考えられます。少子高齢化が進む中で,われわれの関わる消防設備業界でも当然,職人さんの高齢化対策は避けて通れませんから。そのため研究者の方々と事業家が交わる機会が増えると,掛け算で良い結果が生まれるに違いありません。例えば,技術単体ではなく,それを用いた応用事例をより多く挙げてもらうことで,事業に応用できる可能性が見えてくるでしょう。
 今まで私たちはこの業界をよりよくするためにデジタル技術を活用してきました。今後もより発展させるため,みなさまの持つテクノロジーとのコラボレーションは,近い将来必要になると思います。

OplusE(Web) 2024年8月7日掲載。執筆:編集部。ご所属などは掲載当時の情報です)

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