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私の発言 本多 健一氏 地球上に存在するすべてのエネルギーの原点は水の光分解ではないでしょうか。

東京工芸大学 本多 健一

本多 健一(ほんだけんいち)東京都出身。1925年生まれ。54年、東京大学第2工学部応用化学科大学院修了。54~57年、パリ大学理学部物理学研究室,フランス中央科学研究センター。 57年,パリ大学理学博士。57~65年、NHK技術研究所。 61年,工学博士(東京大学)。65~75年,東京大学生産技術研究所 講師,助教授。75~86年,同大学工学部教授。84~89年,京都大学工学部教授。89~2004年,東京工芸大学 教授,芸術学部長,学長。 現在は、東京大学名誉教授、東京工芸大学名誉学長,日本学士院会員,文化功労者。 專門:電気化学,光化学。

光電気化学の道へ

 光との出会いは,大学生の時に写真化学の大家である菊池眞一先生の研究室に入ったところからスタートします。
 現在の写真はデジタルが主流になりつつあり,化学とはあまり関係がありませんが,昔のフィルムを使った写真は感光剤にハロゲン化銀を使っていましたから化学の世界と関係が非常に深かったのです。
 たくさんの光源に囲まれた研究室で卒業研究を行いましたから,自然と光に関心をもつようになり,いつしか化学の世界のなかでも,特に光との関係が深い光電気化学の研究をするようになっていたのです。
 そこで行ったのが湿式電池に光を当てるという研究です。研究を始めたのは大学院生の頃でしたが,当時はそのような研究をやろうとする者は誰もいませんでした。

図1 パリのピエールキュリー研究所にて(右:本多氏,左:Dr.Fournier)

 といいますのも,ものが見えるということは,光が当たっているということですから,わざわざ光を当てなくても最初から光は当たっているわけです。
 当たり前のことをあえて意識的にやったことがすべての始まりとなります。正直なところ,その当時は,特に目的意識をもって研究を行っていたわけではありません。強いて動機を挙げるならば,電池に光を当てたらどのようになるのだろうかという好奇心からとなります。大学院を卒業しパリ大学に留学していた3年間(図1)は研究を中断していましたが,帰国してNHK技研から東大生研に移った頃から本格的に研究を開始したのです。
 そのようにスタートした研究が,後に酸化チタン電極による水の光分解(本多・藤嶋効果)や酸化チタンを使った光触媒の研究へとつながっていくのです。
 光を使ったエネルギー変換や光触媒の研究は藤嶋昭博士(現Z神奈川科学技術アカデミー理事長)と一緒に研究を行ってきました(図2)。
 現在,さまざまな応用が考えられている酸化チタンの光触媒効果は,本多・藤嶋効果の発見が出発点になっていますが,実のところを言いますと,光触媒の研究は酸化チタン電極による水の光分解研究の行き詰まりから生まれたものなのです。
 といいますのも,今の酸化チタンによる水の光分解は波長400nm以下の紫外線でしか行えませんから効率的ではなく実用化にはまだ至っていないのです。そのため,現在,増感と呼ばれる可視光への波長帯域の拡大が研究されていますが,酸化チタンをしのぐ高い安定性と安全性を兼ね備えた材料がまだ見つかっていません。
 そのような状況のなか,1990年代から,酸化チタンの強力な光酸化力に注目し,この効果を何かに応用できないかと藤嶋研究室とTOTO(東陶機器)が共同研究を開始し,光による酸化チタンの超親水性化(非常によく水になじみ,一様な水の被膜を作る性質)を発見したのです。光触媒として酸化チタンの応用がこれほどにも拡大したのは,高い安定性と強光酸化力に加え,この超親水性の発見があったからにほかなりません。

合同研究の難しさ

 酸化チタン電極による水の光分解の研究は,開始した当初はまったく注目されませんでした。事実,酸化チタン電極による光分解の論文を1969年に学会で発表した時は,周囲からの反響はまったくなく,ごく普通の研究発表の1つにしか過ぎませんでした。
 しかし,それから4年後に起こった第1次オイルショックにより,一躍注目を集めるようになり,その結果,1974年元旦の朝日新聞の1面にトップ記事としてわれわれの研究が紹介されることになったのです。
 こうして,酸化チタンによる水の光分解の研究が認知され,同時にエネルギー問題対策が各国で推し進められるようになると,さまざまな分野の研究者による合同シンポジウムやワークショップが開催されるになりました。
 この合同シンポジウムやワークショップでは非常に面白い経験をさせてもらいました。どのような経験かといいますと,研究者同士で話がまったく噛み合わないのです。

図2 1973年頃の酸化チタン電極を用いた水の光分解実験の様子(右:本多氏,左:藤嶋氏)

 合同ですから,われわれ化学屋を始めとして,物理屋,電気屋,応用物理屋が集まっているわけですが,各分野のテクニカルワードがお互いに通じないのです。その様子はあたかも母国語しか話せないアメリカ人と日本人が会話をしているような状態でした。
 実際に例を挙げますと。例えば,水のなかに電極を入れて電池を作りますが,物理屋さんにとっては水を扱うことがタブーなのです。ですから,水を扱うような研究は考えたりしません。一方,われわれ化学屋の世界では水は研究の基本ですから,根本的なところから異なります。
 それに輪を掛けるのが化学の世界におけるイオンの存在です。物理学においては電子の振る舞いで現象を捉えるということは行っても,イオンという考え方はしません。そのため,お互いの視点が異なり議論にならないのです。
 これは,30年近く前に経験したことですが,現在でもこのようなギャップはまだ存在しています。

燃料電池の実用化へ

 われわれの研究成果が注目されたのは,太陽光で水素燃料を作り出せるからでしたが,「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではありませんが,オイルショック騒動もおさまると,水素燃料に対する社会的関心光文化ていきました。
 ところが,1990年代から地球温暖化問題がクローズアップされるようになり,燃料電池として水素燃料が再び注目されるようになってきたのです。
 現在,炭酸ガスや窒素酸化物の排出をおさえる目的で,燃料電池を使った電気自動車の開発が行われていますが,まだ価格が1台1億円以上しますし,燃料である水素供給のインフラが整備されておらず,普及には時間がかかりそうです。
 燃料電池の原理は水の電気分解の逆で,水素と酸素を化学反応させ電気エネルギーを発生させます。このため,排出されるのは水だけとなり,非常にクリーンなエネルギーなのですが,現在は燃料となる水素の製造方法に問題があります。

 水素を作り出す最も簡単な方法は水の電気分解です。電気分解では電力を必要としますが,日本国内の発電量の割合は火力が1/2を占め,原子力が1/3となっています。電気分解用の電力を火力発電により炭酸ガスを出しながら作ったのでは本末転倒となります。かといって原子力発電所を増やすとなると,また別な問題が発生します。
 さらに,コストのことを考えると,水素の価格をガソリン以下にする必要がありますから,電気分解により水素を作る方法は現実的ではありません。
 そのようなことで,現在実用化されているのが,天然ガスや石油を改質して水素を取り出す方法です。しかしながら,これでは化石燃料に依存している従来型のエネルギーと大差はありません。
 このような状況を踏まえて考えると,燃料電池の究極は,やはり太陽光エネルギーを使った水の光分解により水素を作り出すことだと思います。
 エネルギー問題にしても環境問題にしても,このように地球的規模で取り組みが始まっていますが,将来必ず訪れることが予想されるのに,本格的な取り組みがまだなされていない問題に食料危機があります。

光合成と光分解

 先進国における人口増加は年々減少傾向にありますが,発展途上国を始めとして多くの国々では,人口はまだ増加傾向にあります。われわれが子供のころに教わった世界の人口は23億人でしたが,現在では63億人と3倍近くになっており,2050年には93億人という予想が出ているのです。
 このように,データ的には警鐘が鳴らされているのですが,食料問題に関してはまだ余裕があるためか,政治・経済レベルでは誰も取り上げません。しかしながら,まだ記憶に新しい平成5年に起きた冷夏による米騒動を思い出しても,昨今の世界的規模の異常気象を見れば,いつ何時食料危機が起きてもおかしくない状況にあるのではないでしょうか。
 そのように考えますと,そろそろ本格的に食料問題を解決するテクノロジーの研究を始めてもよい気がするのです。
 食料問題を解決する科学技術を考えますと,理想的なシステムは,やはり人工光合成です。植物の光合成では,太陽光エネルギーを使い大気中の炭酸ガスから最終的に炭水化物を作り出しますが,その最初の過程が実は水の光分解なのです。
 これらのことを考えますと,生物を始めとして装置,機械といった人工物も含め,地球上に存在するあらゆるもののエネルギーの原点は水の光分解といえはしないでしょうか。
 水の光分解において重要になるのが太陽光ですが,この太陽光エネルギーというのは面積に比例します。
 ですから,例え大きなレンズを使って光を直径1cm程度に集光したとしても元をただせば,レンズの面積分のスペースが必要となるのです。
 このように,水の光分解装置の実用化に際しては,地価がコストに絡んできます。地価を考えた場合に問題となるのが日本の地価の高さです。
 地価の点から見ますと,世界には有利な国が多数あります。まず思いつくのが中東や中央アジアの砂漠です。砂漠には雨も降りませんからそのような点でも最適な場所といえます。
 そして次に考えられるのが海になります。日本は海に囲まれた島国ですから最も現実的な方法が海上にプラントを作ることだと思います。

科学における勘と感性

 これは,私の人生観と言ってもよいのですが,科学技術が進歩するには,地道な研究だけではなく研究者の“勘”も必要だと思います。
 ひと言では言いあらわせませんが,勘というものは生まれつきよい人,悪い人の差は確かにありますが,トレーニングによって磨くことができるのです。
 また,勘と同様に“感性”も非常に大切です。一部の科学者には,「科学の世界からは人の感性を排除する必要がある」という人もいますが,科学は冷たい理論の塊ではなく,ある時は芸術的でさえあります。
 例えば,雪の結晶は非常に美しく,芸術作品にも匹敵します。また,さまざまな物質の分子構造やタンパク質の構造などもミステリアスです。このように,自然界に存在する法則などに美しさや魅力を感じる人間の感性があったからこそ科学が進歩していったのではないでしょうか。
 これまで約50年間光電気化学の研究をしてきたわけですが,科学の道を進めば進むほど,謎といいますか解明すべきことがらが増えていきます。
 われわれが半世紀を費やして行った水の光分解の研究は,ここに来てようやく実用化研究への環境が整いつつあると感じています。その一方で,これから先解決すべき事柄の多さに,科学の世界の奥深さを感ぜずにはいられません。
 道は非常に険しいでしょうが,地球の将来のためにも,若い研究者の方々に是非ともわれわれの研究の跡を継いでいただき,水の光分解による水素エネルギーの実用化を実現していただくことが私の切なる願いなのです。

(OplusE 2005年1月号(第302号)掲載。肩書などは掲載当時の情報です)

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