私の発言 藤嶋 昭氏 科学の面白さと光触媒の効用を伝導
東京理科大学 学長 藤嶋 昭
天寿を全うするための科学技術に
聞き手:藤嶋学長は以前より,科学全般に対して「科学技術ですべての人が天寿を全うできる社会へ」とのお考えを提唱されてきています。こうしたお考えは,科学分野の研究に携わる上でとても大事にされていることなのでしょうか。
藤嶋:そうですね。何のための研究なのか,研究の最終目標は何かということです。私は,全人類すべての人たちが天寿を全うすることを最も願っておりまして,その実現に向けて新たな科学技術の研究を通じて少しでも寄与できると考えています。裏を返せば,天寿を全うすることに寄与できるための科学技術でなければ意味がないとも思うわけです。
では,天寿とは何かといえば,亡くなる直前まで健康で快適に,食料も十分にあり必要なエネルギーも十分満たされている状態で与えられた命を最後まで全うする――それが天寿を全うするということと捉えています。こうした状態で与えられた命を最後まで全うするには,エネルギーを蓄えてそれを利用して食料を作る,あるいは大気や水などを浄化し少しでも殺菌して病原菌をなくせるような環境,ひいては社会の実現を目指して科学技術を創出・開発・確立することが最終目標にするべきと考えています。
こうした考えにピッタリ合う,そしてこうしたことを実現するのが,私が長年研究に携わってきた光触媒です。
つまり,光触媒の研究に携わってきたこともあって,こうした考えに行き着いたわけです。自画自賛に聞こえるかもしれませんが,“いい研究”は最終的に社会に寄与できると考えています。特に,私が携わっている理系の研究は直接社会に寄与できる利点を備えていることから,素晴らしい社会活動であると思うのです。研究活動以外でも,医師のように患者さんの病気を直接治すことは社会にとって大事な活動であり,農家の方々のように直接食料を作ることも大変重要な活動です。現在,私を含めた研究者たちが取り組んでいる光触媒の研究は,空気や水を浄化し,エネルギーを蓄積することを可能にします。
こうした考えは,東京理科大学(理科大)の学生たちにも機会のあるごとに私からメッセージとして伝えていますし,2006年に出版された書籍『天寿を全うするための科学技術~光触媒を例にして~』(藤嶋昭著,かわさき市民アカデミー出版部発刊)にもまとめています。
聞き手:こうしたお考えは,2006年の東京理科大学創立125周年で打ち出されたコンセプト「Con’science’(カンシャンス:英語・フランス語で「良心」の意)~21世紀の「科学」は「良心」へ向かう~」にも通ずると感じましたが,いかがでしょうか。
藤嶋:このコンセプトは,私が学長に就任する3年前に,当時の理科大の指導者の方々が思案しまとめられたもので,私が考案したものではありません。しかしながら,科学が進歩する上で“人間の良心”は必要不可欠であり,素晴らしいコンセプトだと思っています。
例えば,原子爆弾の発明ではAlbert Einsteinは大変後悔しているわけです。Einsteinは,相対性理論から原子爆弾のもとになるE = mc2を導き出しています。質量変化mに光速度cの2乗を掛けることで,エネルギーが生じることを相対性理論から導き出したわけです。
この相対性理論をベースに考えると,質量変化が起こる1つが核融合であり,また核分裂です。核融合の例は太陽のエネルギーです。核分裂でも大きいエネルギーが生成できることから,それを爆弾に利用する発想を基にウランの分解で質量変化が起こすことができれば,破壊力の大きい爆弾が実現できると予測していたのがEinsteinでした。Einsteinは第2次世界対戦中に,米国政府に協力し原子爆弾を製造してしまうのです。その後,良心の呵責に苛まれて「私は間違っていた」と述懐しています。こうしたEinsteinの行動や言動は,“科学に対する良心”の大切さを言っているように思えるのです。科学技術,ひいては科学はそれに携わる人たちの思考・思想によって,便利なこと・物を創出できる反面,戦争兵器など人を殺傷する手段にも利用されることにもなるわけです。
光触媒研究のさらなる発展に向けて
聞き手:藤嶋学長が長年,取り組まれてきた光触媒の研究は,世界中から注目され,現在もさらに関心が高まっているようです。
藤嶋:光触媒の研究では,光合成の反応のように酸化チタンに光を当てることで生じる水の分解作用からスタートし,さらにそこから酸素や水素が発生することを発見しました。その研究内容を論文にまとめて,『Nature』に投稿したのが1972年です。
その41年前の論文が今もなお多くの研究者の皆さんに引用されていることに,私自身,非常に驚いています。特に,近年では光触媒の研究に携わっている方々から多くのオリジナル論文が投稿され,昨年2012年の1年間には私の論文を引用したオリジナル論文数は約1,000となり,累計では7,000報にも上ります。これは,光触媒の研究に携わる研究者がかなり増えているといえるでしょう。41年前に投稿した論文の引用数が増加傾向で推移していることは,とても不思議な気持ちですが,その一方では光触媒の研究が世界中の多くの研究者から注目していただいていることに喜びを感じています。そうした意味でも,光触媒に携わっている方々が懸命に研究・開発に取り組まれていることに大変感謝しています。光触媒を研究する人が増加傾向にあることを踏まえると,今後はさらに光触媒の用途は広がり,需要ももっと高まっていくことでしょう。
聞き手:そうした中,今年(2013年)4月より理科大の野田キャンパス(千葉・野田)内に産官学の連携で光触媒を研究する拠点「光触媒国際研究センター」が開設されています。
藤嶋:現在,光触媒国際研究センターでは私がセンター長を務め,世界中から優秀な人材に参加してもらう予定です。このセンターの開設はそもそも,もっと幅広く光触媒を利用促進することを目的に,経済産業省「技術の橋渡し拠点」整備事業(技術の橋かけプロジェクト)に応募したことがきっかけで実現しています。これは,光触媒技術を利用した産業に対する国からの期待の現れと解釈し,いい意味で自分自身にプレッシャーをかけています。 現行の実施体制は,光触媒技術の用途別にセルクリーニング,人工光合成,環境浄化の3つのグループを中心に,神奈川科学技術アカデミーや大手企業・団体で構成されています。延べ床面積約2,600m2の地上4階建ての建物で,建物の外壁,ガラス,タイル,ドラフト,実験台などにも光触媒を使用しています。また,4階の一部には養液栽培(土を使わずに肥料を水に溶かした養液=培養液による作物の栽培法)のスペースを設け,光触媒を使って養液を浄化し循環させながら薬草などを栽培します。そのほかには,擬似太陽光を使って測定しデータ取りをするための装置も設置しています。
最大100人程度の研究者や関係者が利用し,また連携する企業や団体の研究スペースなども設けています。今後は,このセンターを拠点に光触媒のさらなる発展に向けて,産官学で連携を図りながら光触媒技術を利用した事業化,あるいは産業化を実現できるように研究を進めていきたいと考えています。
聞き手:最近の光触媒の研究に関するトピックスについてお話を伺わせてください。
藤嶋:それは今,関心が高まり注目されている「可視光化」です。これは,蛍光灯よりも光の弱いタングステン灯の可視光によって,表面に酸化チタンをコーティングした室内の壁紙などに,汚れ除去など光触媒の効果が得られるもので,現在実用化に向けて順調に進めています。この取り組みは,私の後継者である東京大学大学院の橋本和仁教授が,昨年2012年までの5年間進めてきたNEDOの「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」で実施したものです。このプロジェクトの成果として,確立した技術を活かした製品が市場に出回っています。
また,市場に出回っている光触媒の“まがいもの”商品を排除する目的で,光触媒の標準化を急ピッチで整備しているところです。標準化については着手してから,かれこれ10年近くになります。現在,JIS(日本工業規格),ISO(国際標準化機構)も2013年でほぼすべて確定していく方向で進めています。JISとISOでは,あくまでも光触媒としての効果を測定する方法を基準化しているのであり,まだ商品規格としては確立していません。現在は,企業や団体が対象の製品やサービスがこの規定に準拠しているかを確認するために,専用測定器を有する機関に依頼し認証を受けている状況です。これによって,光触媒の効果がエビデンスで裏づけされ,効果の得られない製品やサービスは市場から排除されていくとみています。
問題の原因を徹底的に考え抜くこと
聞き手:藤嶋学長ご自身でいえば,昨年2012年は9月に米トムソン・ロイター社より「トムソン・ロイター引用栄誉賞」を受賞され,同月にはイタリア・トリノ大学より名誉博士の称号を授与されています。
藤嶋:中でもトリノ大学は,私が最も尊敬する研究者の1人,物理学者・化学者のAmedeo Avogadro博士が教授を務めていた大学であり,その大学から名誉博士号を授与されたことは非常に感慨深いものを感じています。Avogadro博士は,今から約200年前に物質量(原子量,分子量)1mol中に含有する構成要素の総数として「アボガドロ定数」を提唱し,H2Oでは18gが1mol,その1mol中に6×1023の分子が存在すると説いた方です。また,私にとってはトリノ大学のEzio Pelizzetti学長とは友人の間柄ということもあり,とても親しい関係にあります。そのPelizzetti学長から昨年2012年3月に「名誉博士号を授与したい」との連絡を受け,9月にトリノ大学へ私の家内を同行して訪れることになったわけです。すると,驚くことにトリノ大学では私の訪問日時に合わせて,新しいキャンパスのオープンセレモニーを開いてくれてその中での授与式となりました。セレモニーには,イタリアの文部大臣などそうそうたる顔ぶれの方々が参加されていました。そのため,トリノの街中にはパトカーがあちらこちらに待機し,キャンパスはすべて封鎖されて物々しい雰囲気の中,幾度となく検問を通過して会場にたどり着くまで一苦労でした(笑)。
聞き手:これまで藤嶋学長が研究をされてきた中で,求めていた成果がうまく得らないなど苦いご経験がありましたらお聞かせください。また,こうした苦難を乗り越える秘訣やコツがありましたら,是非ご教示ください。
藤嶋:最初からうまくいく研究などはありえません。なぜなら研究は,ほとんどが失敗の連続だからです。失敗を繰り返す中で,そのごく一部が成功への道を切り拓いてくれるというイメージです。着手した研究がすべて成功するのであれば,皆こぞって研究に携わるようになるでしょうから(笑)。しかし,現実は当初想定していた研究内容ではうまく進まず,七転八倒しながらその原因と必死になって格闘するわけです。そうした格闘の末に想定外のことがほんの一部で起こり,それをヒントに研究成果へと結実していくわけです。当初想定していた研究内容をそのまま進めていっても,大概は特許になることもなければ,論文にもなりえません(笑)。
記憶に残っているエピソードの1つに,約20年前に光触媒を使って多摩川の水を一部浄化し,環境ホルモンによる生態系への悪影響を軽減するプロジェクトの実施があります。多摩川にある3箇所の石の上に光触媒をコーティングし,環境ホルモンとなる人工的な有機合成化合物(内分泌攪乱化学物質)を分解することで,生息する魚のメス化を軽減する目的で3年間実施しました。しかし,予想以上に石に藻が付着するなどして当初見込んでいた成果は得られませんでした。
東京湾では漁師の方々が魚介類を捕る際に,不要な貝殻や藻,泥などが網に付着し,その重みで引き上げられない状況を解消するため,網の表面に光触媒をコーティングして付着を妨げようとしました。ところが,かえって藻が多く付着する事態となったわけです。また,海洋観測機器や水質監視装置を手掛ける(株)鶴見精機からの依頼を受け,海上に分布するブイに設置し,人工衛星と通信しているガラス面に付着する藻や苔を,光触媒を使って取り除くことを計画したのです。ところが,藻が付着してガラス面が汚れ,結局効果は得られませんでした。この時は,藻の繁殖力の強さに驚くとともに,実際に研究に着手してみなければ,当初の想定以外のことが起きることも少なくないことをあらためて痛感するに至りました。
その他には,当初見込んでいた方法では効果が得られず,その原因を究明し別の方法を施してみたらうまくいったというケースもあります。最近,“曇り防止サイドミラー”が自動車に採用され,それが広く普及したことで交通事故が減少していることはご存知でしょうか? 私たち光触媒の研究グループでは,このように解釈していますが「雨の日の運転でも,このサイドミラーのおかげで交通事故に遭わずに済みました」と宣言してくれる人がいないためか,今のところ,交通事故の減少への寄与について誰からも評価を受けたことはありません(笑)。しかしながら,自動車を運転する人が雨の日でも,交通事故が減少していることは“研究者冥利”に尽きるというものです。
実は,光触媒の新たな効果として“曇らなくなる現象”を発見したときは,想定外の現象が起こったことによるわけです。当初は,ガラス面に酸化チタンを透明にコーティングすることで,その表面の目に見えない油汚れなどを分解すれば,曇らなくなると考えていたわけです。
ところが,その方法では幾度となく試してみても,曇らなくなる現象は起きませんでした。これは,ガラス面の上に酸化チタンを透明にコーティングし,その後剥がれないように500℃で熱処理し固定していたのですが,その熱処理によって付着した油汚れを分解し除去する効果が全く得られなくなってしまっていたのです。その後,素材をガラスから石英に替えてみると,曇りを防止する効果が得られました。これは,通常広く使われている安価なガラス(ソーダライムガラス)には,ナトリウムが多く含まれていて,表面を500℃で熱すると,ナトリウムイオンが酸化チタンに拡散して化合しチタン酸ナトリウムに変化することで,光触媒の働きが機能しなくなったことが判明したのです。
この作用機序を基に,ガラスの表面上を透明のシリカでコーティングし,さらにその上に酸化チタンを覆う2層コーティングを施すことで,チタン酸ナトリウムに変化する作用を妨げることに成功しました。2層コーティング技術は,トンネル用照明器具のカバーガラスに付着する,排気ガスのすすなど油汚れの除去にも利用されています。トンネル内がカバーガラスの油汚れで暗くなり,前方の見通しの悪さを解消するため,カバーガラスに2層コーティングを施し照明器具の光(蛍光灯,ナトリウムランプなど)を利用することで,油成分などの有機物を分解して油汚れを除去するに至りました。また,こうした効果以外にカバーガラスが曇らない,曇り防止作用があることを新たに発見する機会にもなりました。現在,全国のトンネルで2層コーティングを施したカバーガラスが使用されているようです。ただし,今ではこうした熱処理をせずに酸化チタンをガラス面上に固定する真空蒸着法やスパッタ法など新技術も実用化され,さまざまなメーカーで採用されています。
これまで新たな研究に取り組み始めた当初は,不明なことが多く失敗したりうまく進められなかったりしてきました。このようなときに大事なのは,今どのような問題が起こっているのか――その原因を徹底的に考え抜き,その上で問題を克服する手段や方法を考え出すことです。それが,研究成果を得ることに結実していくのです。ただし,考え抜くためには常日ごろからさまざまな知識を習得し,周囲の事象に対し視覚や触覚を広げて敏感にキャッチし,自身の中に咀嚼して整理しておくことが必要条件となります。研究とは,すべてこうしたプロセスを踏むことで,最終的なゴールに到達できると考えています。
科学分野の発展は学校教員の育成にあり
聞き手:藤嶋学長ご自身が光学分野において最も関心のあること,興味のあることとはどのようなことですか。
藤嶋:例えば,空がなぜ青いか――です。これは,人類の歴史の中で長い間,最大の疑問となっていたことです。哲学者のAristotelēsも分からなければ,物理学者・天文学者・哲学者のGalileo Galileiでさえも解明できず,疑問として長きにわたって残ってきたわけです。この疑問を解明したのは,今から約140年前のことでした。物理学者・気象学者のJohn Daltonが原子を発見して原子説を説き,大気中の酸素や窒素の存在,その分子の大きさを解明しました。
また,前述した物理学者・化学者のAvogadroが分子説を説き,さらに物理学者のIsaac Newtonがプリズムを使って,太陽光が7色の光で構成されていることを発見し,7色の光のうち波長の短い青色の光だけが酸素と窒素の分子で散乱して空が青くなることが分かってきたのです。
こうした散乱現象に対し,物理学者のRayleigh卿(John William Strutt)が「レイリー散乱」を発見しました。その後,1871年にはその散乱現象を実証するために,当時英国王立研究所の所長を務めていた物理学者のJohn Tyndallが実験を実施しています。この実験の内容は,2年前に出版された書籍『青の物理学―空色の謎をめぐる思索』(Peter Pesic著,岩波書店発刊)で紹介され,“空がなぜ青いか”を課題とした変遷がすべて網羅されています。
Tyndallは,ベンゼン蒸気中に小さな微粒子ができる実験装置を製作したのです。実験では,太陽光の代わりに白色灯を照射することで,実際に散乱が起こって青色に変化する現象,さらに夕焼けの現象として赤く変化することも実証できたわけです。夕焼けは,青色の光が取られて残った光がすっと通過し黄色や赤色になることで起きる現象です。これが,1871年にTyndallが実施した実験です。この実験を通じて,空は青く,夕焼けは赤いという現象が実証できたわけです。このように“空がなぜ青いか”という大きな課題に向かって,さまざまな科学者たちが必死に解明していく変遷をみても,「科学って本当に面白い」または「光学って興味深い」と実感できるのです。
聞き手:こうした科学の面白さをもっと多くの人に知ってもらおうと,藤嶋学長は10年近く前から全国の小・中学校,高校を中心に「出前授業」を開かれています。
藤嶋:実は,最近の出前授業では科学分野の先人たちの功績を基に,この散乱現象を簡単な道具を使ってその場で「チンダルの実験」を実演して見せています。対象となる実験は,Tyndallが作ったベンゼン蒸気系ではなく,酸化チタン水溶液を使用しています。つまり,光触媒の材料を利用しているわけです。使用している酸化チタン粉末は私が使用する中で最小の粒径10nm(100Å)で粒が揃っているものを,水道水で0.1%希釈したものです。これをペットボトルに入れて,太陽光などの光を当てると,光源側は青く変色し,その反対側は黄色に変色してくるのです。この簡易実験を実演すると,どこへ行ってもその場で皆驚いてくれますね。実験のテーマは,この“空がなぜ青いか”以外に,“鏡はなぜ曇らないか”などもあります。
出前授業を実施する目的は,“子どもたちの理科への苦手意識を払拭する”ことです。最近では,北は青森県,南は九州一帯を巡り年間50回近くを実施しています。高校に行く機会が最も多いですが,反応が一番いいのは小学校です。小学生は好奇心が旺盛で,鋭い質問をしてくることも度々で楽しいですね(笑)。
こうした出前授業を通じて,多くの人たちに科学の面白さやその必要性をもっと理解してもらえればと考えています。そのためには,まず指導する立場の小学校の教員から科学(の教育)について理解してもらうことが必要条件になります。理科の授業については,担任の先生が“指導するのは難しい”との理由で,最近では「理科支援員」を配置するなど措置が講じられました。特に,高学年の5年生や6年生への指導は難しくなりますので,そうした内容を理解し教授できる先生の育成が急務となっています。では,この現状を打開するにはどうしたらいいか――。私は,理科大の卒業生から理科や数学の指導に長けた小学校の先生を輩出していく必要性を感じました。これまで,理科大は中学校や高校の理科や数学の教員を,全国で最も多く輩出してきた実績があります。現在,全国の高校の校長先生をとってみても,理科大の出身者は約100人となっています。しかしながら,理科大には附属小学校がないこともあり,現状では小学校の教員を輩出できる環境にはありません。そのため,玉川大学の小原芳明学長に「小学校教員の課程で理科大の学生を,免許状の取得まで修学させてほしい」と依頼したところ,快諾していただき今年の2013年4月から5名の3年次の学生でその課程がスタートしています。これを足がかりとして,理科大からどんどん小学校の教員も輩出していきたいと考えています。また,こうした教員の増加によって,日本の初等教育において科学・理科の教育が充実し,科学・理科に関心をもつ子どもたちも増えていくことで,日本の科学の発展に寄与できればと願っています。
柔軟な発想に基づく教育者としての活動
聞き手:最近最もご関心があるのが童話とのことですが,それは科学を題材にした童話をご執筆されるということですか。
藤嶋:そうです。今は,私自身が童話について勉強するために,童話の本を多読しながら,原稿に少しずつまとめているなどしています。特に私が関心を持っている題材は,たとえばセミです。米国には素数を知る「素数ゼミ」が生息し,13年,17年などの周期で地上に出現しているのです。ただし,そうした周期は気候変動などの外的要因で狂うこともあります。こうした内容が書かれている本が,『素数ゼミの謎』(吉村仁著;文藝春秋発刊)です。これは,本当に面白い本です。
私の一番の疑問点は,日本の場合セミはどうして幼虫の時期まで地中に5年~7年間生息し,8月という時期を察知して地上に出て成虫となるのか――ということです。なぜ5年,7年という時間の感覚を持ち,どうして8月を知り得るのか――これが私にとって不思議なことでした。そこで,それを突き止めるためにあらゆるセミに関する本をオーダーして,セミについて猛勉強しました。その結果,私に1つの仮説が閃いたのです。
セミは,幼虫の時に木の幹から転がり落ちるらしいのですが,地面に落下して地中に潜り木の根に当たると,その根に沿って栄養分となる樹液を吸いながら,その先端に向かって深く潜っていくとの説です。つまり,最も樹液を吸いやすい環境を確保するため,根をつたってその先端まで潜って生息するのです。そこで何回も脱皮し樹液から温度の変化を感じることで1年の周期を知り,7年目の8月を迎えたことを察知すると,「7回目の樹液が熱くなってきたなぁ。では,そろそろ地上に行こう!」と,その場所から根をつたうことなくほぼ真上の地上に向かって這い上がってくる――これが私の仮説です。木々のある公園を訪れると,地面にポチポチと小さな穴が開いていますが,それがセミの幼虫の通り穴です。
セミの幼虫が根の先端で生息する仮説を前提に考えると,セミの幼虫が這い出てきた穴のほぼ直下の位置まで,その付近の木の根は伸びていると想定されます。つまり,その通り穴の分布からその付近の木の根がどこまで伸びているか,その位置を知ることができると考えられます。したがって,幼虫が生息する地中の深さは一定ではないという論文の統計データは,対象となる木の大きさや根の深さに応じて異なるとの見解で説明がつくわけです。これが,私の仮説であり自説です。このような自説はさまざまな文献を当たってみても記述されていないことですが,栄養摂取として根の樹液を吸うために吸いやすい根の先端まで潜ること,樹液を通じて温度の変化を体感できること,それから7年後にその場所からほぼ真っ直ぐ地上に向かって這い上がってくること――の自説を総じて考察すると,真相はこれしかないと思っています(笑)。書籍『セミの一生』(佐藤有恒,橋本洽二著;あかね書房発刊)には,脱皮時の写真が掲載されていますが,羽の色が2~3時間で変化していくプロセスは大変美しく幻想的です。自然の神秘には,本当に驚かされます。もう,網を持ってセミ捕りなどできませんよ(笑)。
聞き手:藤嶋学長は,これまでも科学を題材にした本を中心にさまざまな内容の本をご執筆またはご監修されていますが,最近ではどのような本を手掛けておられますか。
藤嶋:昨年の2012年7月には,私が監修した書籍『新しい科学の話』(藤嶋昭監修;東京書籍発刊)が発行されました。これは,小学1年生~6年生の学年別に1巻ごとに編纂された全6巻をセット化した本で,“シリーズ朝の読書の本だな”の1つとなっています。現在,小学校で始業時間前の“朝の読書”の時間があり,その時間で少しでも理科に親しんでもらえればと考えて監修しています。
直近では,2013年4月に出版された書籍『小さな疑問から大きな発見へ! 知的世界が広がる 世の中のふしぎ400』(藤嶋昭監修,ナツメ社こどもブックス発刊)があります。この本では,世の中の不思議について400項目を選び出しそれぞれ分かりやすく解説しています。400項目には,例えば「橋には入口と出口があるか」などがあります。これは,道がどこを起点にしているかによって起点が入口,終点は出口と設定され,起点は橋の名称が漢字,出口はひらがなで表記され,しかもひらがな表記は「あさくさばし」ではなく「あさくさはし」となります。もちろん,400項目の中には「空がなぜ青いか」も含まれています(笑)。
さらなる用途拡大で発展する光学分野
聞き手:最後に,光学分野の将来展望について,藤嶋学長のご見解をお聞かせください。
藤嶋:私はもともと,東京大学大学院の工学系研究科工業化学専攻修士課程の在籍時に,写真科学の大家である菊池真一先生の研究室に所属しました。菊池先生が指導されていた当時は,銀塩写真が主流でした。そのころに,銀塩写真から複写機「ゼロックス」や電子写真も同時に研究に取り組むようになったわけです。
そのときに酸化チタンを使ってもできると考えて,材料として近くにあった酸化チタンを使ったことが,結果として光触媒の作用を発見するに至るわけです。このように,私自身も光工学分野には精通してきました。光エレクトロニクス,ひいては光学は今後,技術の用途がますます広がり最も成長する有望分野とみています。また,画像関係技術やレーザー技術についてもさまざまな分野で利用されていますので,今後ますます需要が広がっていくと予想しています。
(OplusE 2013年6月号(第403号)掲載。肩書などは掲載当時の情報です)
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