段ボールの箱と子猫
夜、自転車で歩道を疾っている(違法)と歩道の端に六〇センチくらいの雨でふやけた段ボールの箱が落ちていて、あ、これは猫が入ってるやつだと直覚した
何も考えない、すぐそう思った
そのときその瞬間には段ボール箱には子猫が入ってるものだと信じて疑わない絶対の何かがあった
ただ過去に段ボール箱に入れられて捨てられてる子猫を見たことはない
テレビドラマや小説ではその像はある種、定番である
主人公の白っぽい幼年期の回想シーンとして挿入されがちな像である
それで段ボール箱には猫が入ってると思ったんだろうが、それにしてもいつもそう思うわけではないので、あの確信はなんだったのだろうと、あとになって思った
無論というかなんというか段ボール箱に猫は入っていなかった
捨てられた子猫はいなかったし、それを拾って育てた子どももいなかったし育てた子猫との最終的な別れや狂ったように号泣する子どもや無数のただ痛ましいだけのエピソードも存在しなかった
すべては思い込みであり無であった
そもそも猫を飼った経験がないのである
ただ狭い箱の中でひしめきあって泪いている白っぽい哀しい子猫の迫ってくるような強い像がかつて犯した罪のようにいつまでも心の中から消えないでいる