HPVワクチンで子宮頸癌をなくしたい医学生が、怒りを込めて書いたレポート課題
コロナ禍で病棟実習に出られない代わりに、こんなレポート課題を出された。
課題:日本でのHPVワクチンの普及のためにはどうすれば良いか、
自身の意見を記載してください。
HPVワクチンとは、子宮頸癌などを予防できるワクチンだ。
これには入学前から思い入れがあったから、時間をかけてレポートを書いた。
平易にまとめてあるつもりだから、これを読んでワクチン接種を考えてくれる人がいたらいいな、と思う。
HPVワクチンへの思い入れ
医学部にことごとく落ちて浪人生になったとき、スマホを買ってもらった。
駿台に通うかたわら、熱中したのはTwitterだった。
モチベーションを上げるために医師たちをフォローしていたそのTLには、HPVワクチンの薬害を訴える人と医療者側の反論ツイートがたくさん流れてきた。
青チャートもそこそこに、わたしはこの問題に熱中した。
自分が接種したから、っていうのもあると思う。
接種したとき中学生だったわたしは、がんをワクチンで予防できるなんて夢みたいだな、と思っていたから、初めての筋肉注射もへっちゃらだった。
でもこの論争に触れているときは、なんだか接種したところが痛んだ気がした。不安だったんだと思う。
非論理的にワクチンを否定する人たちを見下す優越感が気持ちよかった、というのもある。
現実逃避でもあったと思う。
いずれにしろ、浪人生だったわたしは、
たくさん調べて、
結果、
義憤にかられた。
何様だって感じだけど、
自尊心を保つのに、現実逃避に必死だった浪人がおわり、
医学部生となった今でも、
その気持ちはあまり変わらない。
むしろ産婦人科の先生たちの想いを直接、ひしひしと感じるし、
病棟実習で子宮頸がんの患者さんに会うと、
どうにかできたかもしれないのにな、どうにかしなきゃな、と思う。
だから、コロナ禍で病棟実習に出られない代わりに、この課題レポートを出されたとき、この際いままで考えたことをちゃんとまとめようと思った。
以下、実際に提出したレポートです。
けっこう、とげとげしい文章になってしまったと思う。
当然か。
だって怒ってるんだから。
課題:日本でのHPVワクチンの普及のためにはどうすれば良いか、自身の意見を記載してください。
子宮頸がんは日本では年間約1万人が罹患し、約2800人が死亡している疾患であり、患者数・死亡者数ともに増加傾向にある。特に、20-40歳代での増加が顕著であり、mother killer と呼ばれている。
95%以上はヒトパピローマウイルス(HPV)感染が原因であるため、これを予防するためにはHPVワクチンの接種が有効である。2価ワクチン、4価ワクチンともに第3相試験において、未感染者においては HPV16/18 型の感染をほぼ 100%予防し、HPV16/18型による前がん病変(CIN2 および CIN3)の発生をほぼ 100%予防することが明らかにされた。これを根拠に欧米諸国では定期接種化され、これらの国ではHPV感染率、前がん病変である中等度異形成(CIN2)・高度異形成(CIN3)・上皮内腺がん(AIS)の発生が顕著に減少している。WHOは2030年までに90%の少女が15歳までにHPVワクチンの接種を受けることを目標としており、現在は92の国と地域で予防接種のプログラムが導入されている。安全性に関しては、WHOは safety update において、本ワクチンは極めて安全であると発表しており、世界の疫学調査でも有意に頻度の高い重篤な有害事象は認められていない。
日本では平成22年より公費負担が、25年4月から定期接種化がされたが、接種後の慢性疼痛や運動障害など多様な症状が報告されたため、同年6月に積極的勧奨が中止された。これにより接種率は70%から、1%未満まで落ち込んだ。この状況はWHOからも警告を受けており、また今年The Lancet Public Health で発表された論文によれば、「この状態が50年間続けば55,800人~63,700人が発症し、9,300人から10,800人が死亡するが、接種できなかった人に接種を再開し、2020年内に接種率を70%程度まで回復することができれば、約15,000人の発症、3000~3400人の死亡を予防できる。」という。
では、今後日本でのHPVワクチン接種を推進するためにはどうしたらよいだろうか。私はHPVワクチンのイメージの改善が必要であると思う。
疾患予防に対する考え方は、医療者側と個人との乖離が大きい。医療者は統計に基づいて集団の利益を考える。HPVワクチンは統計的には有害事象に特異的なものは認めない。しかし個人の行動は結局、エビデンスでなく「イメージ」に左右されるところが大きい。人々が重い腰を上げて運動したり、水素水を飲んだりしているのは、データを検討した結果ではなく、「からだに良さそうなイメージがあるから」だ。テレビでみたから、みんなやってるから。
HPVワクチンに関しては、副反応が大きく報道され、人々は「危なそうなイメージ」を持っているし、子宮頸がん自体については知る機会が少なく、そもそも何の印象も持っていない人が多いだろう。
これを改善することが接種率の増加に大きく寄与するのではないだろうか。具体的には積極的勧奨の再開と、安全性・必要性の報道と教育が有効であると考える。
積極的勧奨とは、市町村が接種対象者やその保護者に対して広報を行うこと同時に、標準的な接種期間の前に接種を促すハガキ等を各家庭に送ることや、さまざまな媒体を通じて積極的に接種を呼びかけるなどの取り組みである。
厚生労働省は平成25年に、「適切な情報提供ができるまでの間は積極的な接種勧奨を差し控える」とした。依然、定期接種の対象ではあるが、政府が積極的勧奨を中止した、という文言は、HPVワクチンの危険性を示唆するように受け取られてしまう。
また、接種を促すハガキは届かないため、自らHPVワクチンについて正しい情報に触れることができ、かつ必要性を感じた人とその子供しか接種に至ることができない。積極的勧奨を再開し、国がHPVワクチンの安全性を認めていること、自分が対象であることを知ってもらい、接種を促すことが必要だ。
また、メディアが人々にもたらす「イメージ」は大きい。
HPVワクチンの副反応は大きく報道され、私もサングラスをかけていたり、四肢が動きにくくなったという少女たちの悲痛なインタビューを見た覚えがある。そこには科学的なエビデンスは示されていなかったが、明らかにHPVワクチンの副作用であるかのような印象をうけた。一方で、「子宮頸がんが年間3000人近くの若い命を奪っている、」「日本の積極的勧奨中止がWHOから批判されている」「疫学調査で副反応とワクチン接種との関連性が否定されている」、といった事実はあまり報道されていない。
昨今はSNS等さまざまなメディアの形があり、これらによって様々な角度から発信していけば少しずつイメージを変えていくことができるだろう。また著名人の言動によってHPVワクチンが取り上げられる機会があれば、アンジェリーナ・ジョリーが予防的乳房切除をした時のような、大きな効果が期待できる。
ワクチンを忌避する人はよく「ワクチンは製薬会社の陰謀」と言う。確かに、資本主義社会のなかで普段触れる情報は誰かの収益を生むための場合が多く、接種を勧める姿勢に不信感を抱くのも不思議ではない。
その中で教育は、利害の関係ない立場から、正しい情報を伝えられる数少ない方法である。性教育や健康教育の一環として子宮頸がんとワクチン接種について指導することができれば、HPVワクチンは普遍的に必要ものだというイメージを持ってもらえるし、集団の中で教わることで友達との会話が生まれ、口コミの力で接種する人も増えるのではないだろうか。実際、私の学年内では産婦人科を回った子との間で「子宮頸がんワクチン打った?」という会話は何度か繰り返され、それにより接種に至った友人もいる。みんながやっているならやってみようかな、と考える人は多いのだろう。
以上のような方法で、HPVワクチンに対するイメージを改善することが、ワクチンの普及に有効であると考えた。現在の新型コロナウイルス蔓延のなかで、そのワクチンができれば「救世主」としてあがめられるだろう。HPVワクチンに対してもそのような認識が広がり、子宮頸がんで苦しむ人いなくなることを、切に望んでいる。
参考文献
・日本産婦人科学会HP 子宮頚がんとHPVワクチンに関する正しい理解をするために http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4
・第 31 回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会(平成 29 年 11 月 29 日) http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000186462.pdf
・厚生労働省 子宮頸がん予防ワクチン接種の「積極的な接種勧奨の差し控え」についてのQ&A https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/qa_hpv.html
・Simmons K, et al. Impact of HPV vaccine hesitancy on cervical cancer in Japan: a modelling study. The Lancet Public.Health 2020. PE223-E234,
たくさんの人に接種してもらうために
担当の先生からは、
「まさにおっしゃる通り〈イメージ〉の問題に尽きると思います。
どのようにこの悪いイメージを払拭するのか、僕らの今の課題です。
個人的には、小さい規模で行うしかないと思っています。」
というフィードバックをいただいた。
わたしはいま、なんとなく産婦人科に進みたいと思っている。
HPVワクチンは全然きっかけじゃなくて、
お産いいな、とか、手術短いな、とかが理由なんだけど、
産婦人科医になろうとも、ならなくとも、
HPVワクチンをたくさんの人が接種して、悲しい思いをする人が減るようにしていきたい。
怒っているだけじゃ、接種は進まないから
わかりやすく、優しく、伝えられるようになれればいいな、と思う。
もちろん、厚労省が積極的勧奨を再開してくれれば一番手っ取り早いんだけど。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?