『戦争と平和』を読破する! 私的方法論
諸君は「ナポレオン 獅子の時代(&覇道進撃)」という漫画を知っているか。ナポレオンを題材とした長谷川哲也による歴史漫画で、言わずとしれた名シーン「私は童貞だ」を生んだ神漫画である。
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ちなみにロベスピエールはガチでサングラスを掛けていたらしい。
え?いきなり漫画の話?
まあ待ちなさい。この漫画がトルストイ『戦争と平和』を読み切るうえで私を大いに助けたのだ。
で、その漫画とトルストイが何の関係があるのか?もうお気づきだと思うが、それについては後で触れよう。
さて、『戦争と平和』は言わずとしれた長編小説の代表で、世界文学の傑作とされている。
多くの人が人生で一度くらいは、そんな『戦争と平和』を読み通したいと思っているであろう。
なにより、「おれ『戦争と平和』全部読んだよ。」といいたい!自慢したい!
しかし、そうは思っていながらもなかなか着手できていない課題である。
なぜか?まず長い。そして退屈。そして人名とか地名とか意味不明すぎ問題。
主にこの三つが『戦争と平和』通読を妨げているのだ。
だからこそ、「方法論」などという、およそ普通の読書には不要と思われるような代物まで必要となるのである。
『戦争と平和』に関心のある人ならあらすじくらいは知ってると思うので、そこんところは割愛するとして、さっそく『戦争と平和』読破術の話に移ろう。
まず長い問題について。新潮文庫で四巻。ページ数にしておよそ3000ページ。長い。辞書か?
まず我々は読む前から長さで挫折している。
でも心配しないでほしい。読み始めたら面白くて止まらなくなるから。
とはいえ、長すぎて読んでいると飽きる。こう長いといくら内容が面白くとも、飽きがくるのは仕方がない。ここは気合以外に方法はない。
つぎに退屈ということ。
さっき面白くて止まらなくなるって言ったのに退屈なの?矛盾してないか?とお思いだろう。
いや、この本は面白い。だが、面白くなるまでにはかなりの頑張りが必要なだけだ。
最初はつまらんし訳がわからんと思う。そこんところをちょいと踏ん張って読み進めて世界観が理解できるようになると、途端に面白くなる。
では、この本はいつになったら面白くなるのか?ずばり、キャラと地名を覚えた頃に面白くなる。そしてこれが第三の問題、キャラと地名多すぎ問題だ。
この小説、登場人物が甚だしく多い。ピエールとかナターシャくらいは覚えられても、〇〇・XX伯爵とか、なんとか公爵とか言われた暁には、迷子になること必至。
まあ、これについては解決策はない。まずロシア人の名前の構造を理解し、愛称をいくつか覚えること。
キャラがでてきたらいちいちメモをとること。要するに気合である。
そしてロシアの地名がよくわからんという話。『戦争と平和』にはキャラの数に負けないくらい多くの地名が登場する。
モスクワのどこどこ通りとか、なんとか教会とか言われてもさっぱりなのは当然である。モスクワ程度ならまだわかろうが、なんたら伯爵の領地のどこどことかとなると完全に迷子になってしまう。
フランス軍がどこどこからそこそこへ行ったとか、なんたらの戦いのうんたら村がどうとか、ナポレオンはX門からY通りを通ってクレムリンに入っただとか、そういう話だ。
むろん、これもいちいち調べて、地図と照らし合わせプロットし、覚えるしかない。が、諸君にはそんな時間はないだろうから、私が「『戦争と平和』マップ」を作っておいた!https://goo.gl/maps/kPt5dnPcuxSkapmRA?g_st=ac
そう、私は暇なのだ。
こうして、キャラと地理さえわかれば驚くほどすらすらと読める様になる。はず。
登場人物はいちいちメモをとり関係を覚える、地名が出たらGoogleMapで調べること
でだ、最初のほうはメモを取り調べつつ読んでいるので、遅々として進まない。
これが一番つらいところなのだ。
残り何ページあんだと思ったらその時点で死ぬ。
途方もない前途の長さに絶望し、モチベが破壊され、本をそっとじすることになるのでくれぐれもそのようなことは考えぬように。
あとは歴史の話である。歴史的な背景知識がないと何が何だかさっぱり分からないのが『戦争と平和』の特徴だ。教科書の知識ではまだ浅い。ナポレオン戦争について少し詳しめに勉強しておかねばならないだろう。
ここで効いてくるのが冒頭の「ナポレオン 獅子の時代」なのだ!私はナポレオンの漫画を読んでいたのでナポレオン戦争の流れをなんとなく知っており、『戦争と平和』についていくことができたのである。
『戦争と平和』を読んでると何度も「あっ、これ漫画で見たやつだ!」ってなる。
いわゆる進研ゼミ状態である。
戦争と平和を読む予定がない人もとりあえずナポレオン獅子の時代は読め。おもれぇから!
さて、『戦争と平和』はいろいろな出版社からでていて、色々な訳がある。今回は主な訳を3つ取り上げて比較し、それぞれのメリットとデメリットを紹介してみよう。
『戦争と平和』には入手性から言って新潮文庫(工藤)、岩波文庫(藤沼)、光文社古典新訳文庫(望月)の3つのバージョンがあると言える。ちなみに岩波には旧訳(米川訳)もあるが、こちらは2006年に藤沼訳と交代し、絶版となった。
この中では新潮文庫の工藤訳が一番古く(1972年)、光文社版が2020年出版と最も新しい。
さて、どのバージョンで読むべきか。
新潮文庫版はなんといっても価格が安いのが魅力である。各巻1000円前後で全4巻をそろえると4000円程度。
岩波と光文社は全6巻、1巻1200円程度で、全巻そろえると7200円となり、なかなかに高価だ。
しかしとはいえ、岩波と光文社版は高いなりに親切な設計で、年表や地図、人物相関図、解説が充実しており、読者が迷子にならないように工夫が凝らしてある。
一方で新潮版には最低限の訳注しかなく、いきなり予備知識ゼロで読めと言われたらかなり厳しいかもしれない。
それでは、数々の読者を絶望の淵に叩き落とした地獄の冒頭部、通称「魔の夜会」を参考までに比較してみようではないか。
〈ねえ、いかがでございます、公爵。ジェノアもルッカも、ボナパルト家の所有に、 領地になってしまったではございませんか。いいえ、わたしあらかじめおことわりして おきますけれど、これが戦争でないなどとおっしゃって、このうえまだあの反キリスト (ほんとに、わたし、あの男は反キリストだと信じておりますのよ)の、あのいまわしい、恐ろしい所業を弁護などなさるようでしたら、わたしはもうあなたとのおつきあいをおことわりいたしますわよ、あなたはもうわたしの親友でもないし、あなたがつねづねおっしゃるように、わたしの忠実な下僕でもありませんわよ、よろしゅうございますわね〉。さあ、どうぞ、ようこそいらしてくださいました。〈おやまあ、わたしあなたをびっくりさせてしまったらしゅうございますわね〉。さあ、おかけになって、どうぞお話くださいませ」
ねえ、公爵さま、ジエノヴァとルッカはボナバルト家のアパナージ、つまり領地にすぎませんわ(ジェノヴァとルッカは北イタリアの都市。ナポレオンはジエノヴァに共和国を建てたが、のち1805年にフランスに併合した。ルッカには公国をつくり、同年に妹のエリーザに与えた)。いえ、あたくし、あらかじめ申し上げておきますけれど、あなたが、あたくしたちは戦争をしているのだとおっしゃらず、あの反(アンチ)キリストの(ほんとに、あたくしそう信じていますのよ)、恥知らずな、身ぶるいするようなしわざをなにもかも、いまだに言いつくろおうとなさるのでしたら、あたくしはもうあなたとは赤の他人、あなたはあたくしのお友だちでもなければ、あなたがおっしゃっているように、あたくしのヴェールヌイ・ラープ(忠実な奴隷)でもありませんわ。ま、ともかく、ようこそ、ようこそ。あたくしなんだか、あなたを脅かしているみたい。お座りくださいまし。そして、お話を聞かせてくださいまし」
「なんとまあ、公爵、あのジェノヴァとルッカが、もうすっかりボナパルト一家のアパナージュに、つまり領地になってしまったじゃありませんか。いいえ、あらかじめ申し上げておきますが、これでもまだあなたが戦争状態でないとおっしゃるなら、これでもまだあの反キリストの(あれが反キリストだというのは私の信念ですから)汚らわしい、恐るべき振る舞いをいちいち弁護しようというおつもりなら、もうあなたのことなんか存じません。そんな方はもう私の親友でもなければ、ご自分でおっしゃるような私の忠実なしもべでもありませんからね。まあとにかく、ようこそ、ようこそいらっしゃいました。あら私、すっかりあなたを面食らわせてしまったようね。どうかお掛けになって、お話を聞かせてくださいな」
(はい、この時点でもう読む気なくなるね。こういうことです。)
全体的な感想としては、新潮版は古いとはいえ、読むのに苦労するようなことはない。とはいえ、現代では馴染の薄い語彙や言い回しがあることも事実である。が、そういった少々古い表現が、かえって古典作品らしさを醸しており、好ましい効果を与えている。
岩波版は、平易な訳文というにふさわしい。軽やかで現代的ではあるが、砕けすぎたところがあり、私の好みではなかった。
光文社版の訳文は、格調高く且つわかりやすい現代的な表現で、岩波と新潮のいいとこ取りといったところだ。
まとめると、こう。
新潮文庫
訳 ◯
解説 ✕
値段 ◯
岩波
訳 △
解説 ◯
値段 △
光文社
訳 ◯
解説 ◯
値段 △
まー、絶対に読み切りたいって意思があるなら岩波か光文社がいいだろう。私は安さにつられて新潮文庫で読んだが。