【いちご通信#7】 『竹取の翁の物語』
数年前から本棚にしまっておいた文庫本を読んでみた。角川文庫のビギナーズ・クラッシックス 竹取物語(全)だ。『竹取物語』の原文・通釈文・解説が楽しく読み進められるように編集してある。まえがきには読者のみなさんが、日常の言葉で、かぐや姫・帝・じいさん夫婦たちと対話できるように配慮をほどこしたと記されてある。私が知っているかぐや姫の物語は幼い頃に絵本で読んだか、図書館に置いてあった小学生用に編集されたものだ。物語を知っているので再読だと思ったが、原文に触れるのは初めてだということに気づいた。
この本を私に勧めてくれた人が言っていた。
「これは『竹取の翁の物語』だ!」
「じいさんが一番頑張っていた!本当にかぐや姫を愛していた」
とにかくじいさん推しなのである。自分の年齢が翁に近くなったこともあり、今回は翁の視点で読み進めることにした。媼(おばあさん)は登場シーンが少ないのだが、それはやはり翁の物語ということなのだろう。
まず、翁の名は讃岐 造(さぬきのみやつこ)というのを初めて知った。竹林のなかでかぐや姫を見つけたのは翁である。見つけたというより月の都より姫の養育者として選ばれたのだろう。箱入り娘として愛情の限りを尽くして育て、翁は心身不調の時も姫を見れば回復した。怒りもおさまったという。そして、かぐや姫は僅か3ヶ月で成長してしまう。
大勢の求婚者の中から5人の貴公子が最終選考に残り、姫はそれぞれに無理難題を出すが誰一人としてクリアできずに終わる。この物語が書かれた時代として女は結婚するのが然るべきであろう。ところが翁は結婚して幸せになってほしいと望みながらも、かぐや姫の意志を尊重している。「実の子ではない」(無理強いはできない)と言って断るのである。姫の態度は国王である帝に対しても同様で帝からの使者に対しても「国王の命令に背いているというのなら、さっさと私を殺してよ」と強気の発言をしている。これには自分も「かぐや姫、すげー」となってしまった。媼の言うことなども聞き入れるはずはない。そして翁は帝に対しても「実の子ではない、山の中で見つけた子です。なので物の考え方も世間一般の人間とはまるで違っております」とかぐや姫の意志を重んじているのである。
そんなかぐや姫だが翁媼に出生の秘密を打ち明ける日がやってくる。月の都より迎えの人々が来て帰らねばならぬこと、育ててもらった翁媼のことを思うと悲しいと二人に告げる。ここで翁は「大切に育てあげたわが子を連れて帰るなんで、絶対にゆるしませんぞ。姫がいなくなるのなら、わしのほうこそ死んで、いなくなりたい」と嘆き悲しむのである。悲嘆に暮れる日々に翁の髭は白くなり、腰もかがまり、目も泣きただれてしまったとある。
月の都より迎えが来る日に帝は翁の邸に総勢二千名の軍隊を派遣している。この時は帝の軍隊が守ってくれているので「負けるはずはない!」と翁の意気込みは凄い。「月の国の人とは戦闘不能になる。自分を閉じ込めても月の国の人が来たら全部開いてしまう」とかぐや姫の話を聞くと、ますます怒り狂い暴言を吐き散らしている。その怒りはとどまるところを知らない。そして迎えに来た天人とも舌戦を交わすのである。頼りにしていた帝の軍隊も月の人々の前では無力になってしまうが、翁の意地は凄い。果敢に挑むのである。
そんな翁の努力も虚しくかぐや姫は昇天してしまう。翁媼は血の涙を流して悲しみ嘆いた。かぐや姫の残した手紙を読んでも「なにに命を惜しむのだ。だれのために命を惜しむのだ。なにもかも意味がない」と生きる望みを失って、薬も飲まず、そのまま寝込んでしまい、病床についてしまうのだ。
翁は本当にかぐや姫を愛して大切に育てていたのだと思う。月の都の人にとってはこの地上は穢れた所、きたなき所なのだろう。しかし翁の豊かな感情はかぐや姫を深く愛するが故のものであって、富も権力も愛の前には無力だった。読み終えると感情豊かな翁がとても愛おしく感じられた。
いつ、だれが書いたのかわからない物語。書名は一般に『竹取物語』と呼ばれているが、これはほんらい略称で、正式には『竹取の翁の物語』と呼んだそうだ。別称として『かぐや姫の物語』があるという。今回は翁の視点で読んでみたが、書かれていなくても登場人物のすべてに物語はある。それは今の世も同じで、生きている人すべてにその人の物語がある。自分はどんな物語を紡いていこうか。あなたはどんな物語を紡いていきますか?