(26,508文字)カスタマーサクセスとは?定義や背景、仕事内容、製品について解説
カスタマーサクセスとはなにか?約26,000文字で徹底解説します。
日本語に訳せば「顧客の成功」ですが、この顧客の成功へと導くための企業としてのプロセスや組織体制、施策を『カスタマーサクセス』と呼んでいます。
特にBtoBのプロダクトは購入≒即効果ではありません。購入後に、そのプロダクトを実際に活用しながら、現場の業務改善や経営の業績向上のため双方で努力する必要があるのです。
このカスタマーサクセスはSaaS市場の高まりから生まれました。
なぜなら、SaaSはこのカスタマーサクセスの取り組みこそが事業成功の鍵だからです。
カスタマーサクセスが出来ているということは、顧客が効果を実感出来ている、満足しているということです。結果として、企業としての事業安定、顧客からの信頼獲得、将来的な売上の担保に繋がります。
本日はこのカスタマーサクセスの定義や背景、仕事内容を解説します。
1. カスタマーサクセスとは?
冒頭にて案内した通り、カスタマーサクセスとは「顧客の成功」とそこに至るまでの業務を差しています。よくカスタマーサポートと比較されますが、言葉として似ているものの比較対象として適切ではないと考えます。
なぜなら、カスタマーサポートは顧客からのクレームや相談の問い合わせ、つまり負の体験からくるものです。一方、カスタマーサクセスはまず顧客の成功の姿があり、そこに近づいていくものです。カスタマーサポートはマイナスをなくす業務、カスタマーサクセスはプラスを積み上げていく業務といっても良いでしょう。もちろん、この2つの業務はときに混ざり合うこともありますが、原則的には別の役割をなしています。
SaaS含めデジタル製品は常に機能とコンテンツを加え進化させることが出来ます。しかし、これにより製品が複雑になると、どの順番で消費/活用していくかのサジェストが必要になります。また、製品の利用方法に迷い、購買してもなかなかすぐに効果が出ない状態、というのは解約の要因になります。そのため、結果が出るまで顧客のやる気を奮い立たせる必要があるのです。BtoB以外、例えばBtoCのTVゲームや映画でも購買して最初の段階でつまらないと思えば辞めてしまうでしょう。完全に視聴し終わる最後までいかに顧客のコミットを引き出すかが重要なのです。
DX化が進み、様々なデジタルプロダクトが増えた昨今、商品をどう体験すると最適なのか、消費者側はわからなかったりします。購買後のコミュニケーション、製品体験をいかに設計していくかがカスタマーサクセスの肝となるのです。
2,カスタマーサクセスとカスタマーサポート
この2つの用語、「カスタマーサ」までは同じですが、言語の意味合いは大きく異なるものです。歴史的な背景から解説しましょう。
カスタマーサポートは顧客が不満を感じないための取り組みで、トラブルや不明確なことに対し、いかにスピーディかつ的確に回答するかが重要な業務です。
歴史を振り返ると、カスタマーサポートは1980年~1990年代に普及した概念です。というのも、1970年代には様々な家電製品が発明され、その中の一つとして「電話機」が家庭・企業ともに普及しました。しかし、70年代にはカスタマーサポートという部門は企業内に存在しておらず、当初はなにかトラブルがあったときに消費者は企業に直接電話をかけていたのです。
そこで1980年代、問い合わせや苦情の窓口対応を一元化するためコールセンターの概念と組織が生まれました。さらに1990年代にはCTI(コンピュータと電話が統合されたシステム)やPBX(外線・内線の制御システム)が誕生し、「他の電話オペレーターに通話を転送する、顧客の電話番号を登録し、ナンバーディスプレイで表示する」といった電話通信ができるようになったのです。つまりカスタマーサポートの登場は「電話」ならびにCTI・PBXの影響が大きな背景となっています。
一方カスタマーサクセスは「Salesforceのカスタマーサクセスチーム」から生まれた概念です。Salesforceは1999年に創業され、オンプレミスでシステムを納品する形ではなく、クラウド型でWEB上からシステムにアクセスできる「SaaS」という概念を提唱した初めての企業です。SaaSはクレジットカードなどの安価な月額課金から当時はスタートしており、現場の担当者がすぐ決済できることが当時は売りの一つでした。
Salesforceは2004年に上場したのですが、解約率の高さから財務基盤が安定していないことが問題視されていたのです。そこで、適切に製品を活用してもらい、長期にわたって契約を促すための「カスタマーサクセス」活動が強化されました。
当初は製品活用を促すCFL(Customers For Life)チーム、契約更新を維持するRevenue Retentionチームが存在し、2つは別チーム扱いでした。
これが現在のカスタマーサクセスの起源であり、SaaSの活用促進・契約更新が背景にあるのが「カスタマーサクセス」です。
その意味でカスタマーサクセスとカスタマーサポートは起源も目的も全く別のところにあり、本来は混合していない概念なのです。
3,カスタマーサクセスの社会的背景
カスタマーサクセスが急激に言葉として普及した背景にあるのは「LTVが重要視されるようになったから」という言論は間違いです。正しくは「SaaS市場の高まり」と業務のDX化がこれを牽引しており、デジタル事業の経営においてLTVが重要である、が正しい論理でしょう。
おそらくSlackやZoomといった業務システムを多くの企業が使っているはずです。昨今ではMicrosoftやGoogleも収益基盤の一つがSaaS/クラウドビジネスであり、会社のメールやカレンダーのシステムがMicrosoftやGoogle製品である会社も多いはずです。
カスタマーサクセスの求人動向を見ると、国内のSaaS企業が売上を伸ばし、人材需要が高まり出した2010年代後半にカスタマーサクセス職が急激に拡大しているのがわかります。これはDXのトレンドとも関連しています。
なぜなら、DXとは製品をデジタルベースで提供することと言っても良いからです。デジタルプロダクトは、開発をすればいくらでも機能やコンテンツを増やせるものです。そのため、消費には時間と工夫が必要となり、結果としてカスタマーサクセス的な取り組みが必要になってくるのです。
その意味ではカスタマーサクセスは消費者向けサービスにも展開され、特にGAFAのプロダクトは言葉にしていなくても「カスタマーサクセス的な」仕事が求められているはずです。
例えばGoogleのストレージサービスである「Google one」はもともとはBtoB事業発祥のものであり、このサービスをいかに使ってもらうかのアプローチの考え方は、toBとtoCでは根本は変わらないはずです。
他にも「notion」も法人利用だけでなく個人利用が増えています。
私たちの仕事や生活はデジタルと切り離すことが出来ず、そこにはあまねくカスタマーサクセスが業務として発生するのです。
BtoCであればNetflixやSpotifyのようなデジタルコンテンツのサービスもカスタマーサクセスが必要です。実際には顧客データを活用したレコメンデーションによる使い方の推奨、コンテンツの個別表示を通じて製品のオンボーディングや継続契約を促しています。筆者自身、最近引っ越しをしましたが、日立の洗濯機にも、エプソンのプリンターにも専用のアプリがありました。このアプリは企業側からすれば日常の消費状況の把握にも活用できるものですし、消費者にとってはさらなる体験向上に寄与するものでしょう。
4,なぜカスタマーサクセスに投資するべきか?
カスタマーサクセスとは、能動的に顧客体験を作っていくプロセスです。今後、カスタマーサクセスが強い企業は製品競争にも勝ちやすくなり、長期で顧客に選ばれるようになるでしょう。特にSaaSの場合は、製品利用と契約の継続が売上の長期化につながるため、財務に直接ヒットします。また、SaaSではなくとも複数購入を長期に渡って実現することで財務の健全化となります。
カスタマーサクセスはこれまで意識していなかった消費後の体験を意識するいいきっかけです。マーケティングの競争で差がつかなくなったら、カスタマーサクセスで差がついてくるのは間違いありません。昨今の顧客は情報を持った、ラーニングバイヤー(学習できる買い手)が増えていくでしょう。BtoB製品はSaaSレビューサイトやGoogle口コミに体験談が書かれるでしょうし、BtoC製品もAmazonに評価が載ったりします。カスタマーサクセスの強化を怠れば、当然悪いレビューも生まれます。そして、賢い消費者はそれを見逃さないでしょう。
つまり、どんなに良いマーケティングをしても、カスタマーサクセスの不備はマーケティングではカバーしきれないのです。全く宣伝活動をしていないけれど内容が面白い映画と、宣伝活動をひたすらにしてるけれど内容がつまらない映画、どちらが選ばれるかは一目瞭然です。今後はあらゆる企業の活動がレーティングされる可能性があり、消費者の情報環境がより透明になっていく未来を見据えればカスタマーサクセスへの投資が必要不可欠であることは明白です。
カスタマーサクセスに投資をするということは製品改善や購買後のコミュニケーション設計に投資することを意味しています。これにより顧客の満足度が高まれば、従来のCRM活動をさらに超えた売上の最大化に貢献できる可能性があるのです。財務戦略、製品戦略、顧客コミュニケーション戦略としてカスタマーサクセスを捉えましょう。
5,カスタマーサクセスとSaaS以外のビジネス
カスタマーサクセスはSaaSから生まれた概念ですが、経営戦略として捉えた場合はSaaSではない企業でも拡張して取り入れられる余地があります。
例えば、カスタマーサクセス戦略と定義づけてはいませんが、広告宣伝をせず、サービスと製品開発に投資するスターバックスの戦略はカスタマーサクセス的であると呼べるでしょう。
カスタマーサクセス戦略は投資のアロケーションの問題であり、どの会社も経営オプションとして取り入れられるものです。
他に挙げられるBtoCのカスタマーサクセス戦略の例はAnkerです。Ankerはマーケティングよりも顧客体験とレビューを重視し、製品開発に投資を注力しました。
Ankerが参入する領域は、モバイルバッテリーやイヤホンなど競合が多い領域ですが、この市場に対してマーケティングではなく製品力で勝負したのです。顧客体験に注力する点でカスタマーサクセス的な経営の仕方といえるでしょう。
他のSaaS以外のカスタマーサクセスの取り組みとして挙げられるのは、ボンカレーです。
ボンカレーは広告宣伝費を6割減少させる代わりに、各地域とのコラボ製品開発、ワーママの家事を楽にするメッセージやコンテンツ配信など、購買後の顧客体験と話題性に投資を傾倒させ、売上を増加させました。
これらの例から、カスタマーサクセス投資は経営戦略の一つというメッセージがお分かり頂けたと思います。
今後の新規事業や、複数あるうちの一つの事業で、思い切って広告宣伝費を削減し、カスタマーサクセス費にアロケーションするのも戦略としてありだと私は考えます。顧客に広告宣伝が届きにくくなる世の中、企業の重視する軸が製品/サービス開発ならびにレビューマーケティングが中心となっていくでしょう。
また、多くの企業が取り組んでいるDXやクラウド事業の取り組みにあたってもカスタマーサクセスは必須です。デジタルに投資していない会社は今やなく、ともすればカスタマーサクセスも必要になってきます。
カスタマーサクセスは経営戦略のあり方の一つという目線で捉えた場合、まだSaaS以外で取り組んでいる企業は多くない新しい戦略と言えます。まだまだ差別化戦略になりえるのです。
6,カスタマーサクセスのKPI
さて、カスタマーサクセスに関するKPIですが、カスタマーサクセスの業務がSaaS発祥のため、SaaSで用いるカスタマーサクセス指標が中心になります。1つ1つ紹介します。
1,製品オンボーディング率
カスタマーサクセスの指標といえば「チャーンレート」がよく言われるものです。チャーンとは「解約」のことを差しており、月次・年次の解約率がSaaSにおいて重要指標となります。
しかし、SaaS製品の場合は、このチャーンをするまでの期間が半年~2年程度はかかってしまうので、日頃の業務目標としては追いにくい指標となっています。例えば2年の期間があれば、その期間に至るまでにカスタマーサクセスの担当の方自体が退職や異動になってしまい、追いきれなくなってしまいます。
そのためチャーンに至る前に行動として追いやすい「中間指標」を取っておくことが重要です。
その中間指標として追いやすい指標は『製品のオンボーディング率』です。オンボーディングとは製品の購入後に、製品の主要な機能や体験、効能を享受できている状態を差します。デジタル製品であれば、Javascriptで各機能のクリック状況を計測し、ユーザーごとにどれだけ主要機能を使っているか見ることでオンボーディング率を図ることができます。これは例えばWEB解析ツールや、カスタマーサクセスの指標管理ツールを使って計測しています。
近年では製造業企業様であればIoT製品化をすることで製品の利用状況の計測を図っているケースも増えてきています。
2,製品のタイムトゥバリュー
オンボーディング率の案内をしましたが、オンボーディングの「時間軸」の意識も重要です。例えば、購買して半年立たないと効果がわからない、だと解約をされてしまいます。なるべく早い段階で価値実感をしてもらう必要があるのです。ですから、これは意図的に「買ってよかった、効果が出た」と思ってもらうコミュニケーション、思ってもらえる演出が重要です。
SaaSのようなデジタルサービスであれば、レポートやタスク完了率をゲーミフィケーション的に画面内に出せば価値実感を認識しやすくなります。
カスタマーサクセスとして、いかに早く顧客に製品価値を実感していただくか、その期間をどれだけ短くしていくかという指標が「製品のタイムトゥバリュー」です。
オフラインのサービスでも、例えばダイエットジムではじめの2週間で2kg痩せることにコミットできれば、その後の契約継続の可能性が上がります。しかし4ヶ月経っても体重が変わらなければ解約されてしまう恐れがあります。この価値実感の時間軸を早めることもカスタマーサクセスの役割の一つです。
オンボーディング率についてデータとして計測出来る体制ができていれば、その次のステップとして契約完了日~オンボーディング完了日のリードタイムの計測ができる体制を構築し、カスタマーサクセスとしてこの期間短縮を目指すと良いと思います。
3,カスタマーヘルススコア
先ほど、チャーンレートは時間が長すぎるため追いきれない、つまり遅行指標であることを紹介しました。
そのため先行指標としてのオンボーディング率をKPIとして挙げましたが、より詳細に追うための指標として「カスタマーヘルススコア」を設定するのがカスタマーサクセスでは一般的になっています。
ヘルススコアとは顧客の健康状態で、先ほどのオンボーディング率や、顧客満足指標にも近い指標です。具体的には、製品の利用データ、マーケティングコミュニケーションやカスタマーサポートにおける反応データ、顧客の製品学習データ、SFAの記載内容など複数のデータソースを元にして、それらを点数化したものをヘルススコアとして活用します。
国内で最もヘルススコアの設計が進んでいる1社は名刺管理サービスのSansanのため、Sansanのスコア設計ロジックを参考にすると良いでしょう。
海外ではヘルススコアのデータソースとして論理的に整理されたDEARフレームワークという考え方があります。製品の設定、顧客関係性、製品利用率、製品導入のROIをヘルススコアのデータの元にするのです。
例えば、製品の設定や利用がなかなかなされておらず、メールの非開封が続いているといった場合はヘルススコアは悪い、といった考え方です。
このヘルススコアは、チャーンレートと相関した合理的で信用できる指標にしていくうえでデータサイエンティストが活躍する領域です。込み入ったヘルススコアの設計には元となるビックデータと統計的手法が必要になってくるのです。本当に設計しきるのは大変な指標となりますので、簡易的には製品の利用データからオンボーディング率を取るところから始めるのが現実的です。このヘルススコア設計の分野でNO.1のカスタマーサクセスベンダーがGainsightという会社で、SansanもGainsightのヘルススコアの考え方を参考に取り入れています。
7,カスタマーサクセスのKGI
1,製品のチャーンレート(解約率)
これまでKPIとしてオンボーディングの説明をしましたが、KGI、つまりゴール指標としての指標がチャーンレートとなります。カスタマーサクセスの財務的な経営目標は、複数回契約によるLTV向上です。長期期間にわたり売上が安定的に発生する状態がカスタマーサクセスが機能している状態です。
経営としてカスタマーサクセスを成立させるには、この活動によってどれだけの期間にわたり、いくらの売上を発生させることが可能なのかを理論値でいいので持っておく必要があります。
有名な計算式に「1/月次解約率」でユーザの平均継続期間が計算できる、という考え方があります。例えば月次解約率が5%であれば、1/5%で「20ヶ月」が理論的な契約期間です。これに自社の平均取引単価をかけ合わせればLTVの理論値の算出が可能になります。仮に平均単価が5万円/月とするならば、5万円×20ヶ月=100万円の請求が理論的には可能になるといった計算です。これによりカスタマーサクセス活動による売上の長期的な伸びが推測できるようになります。
例えば下記のfreeeの2020年6月期では1.6%と月次解約率が表記されていますので、理論的には62.5ヶ月(≒約5年)の契約期間が見込める数値、といった考え方をします。昨今SaaS企業のIRではこのように月次解約率、チャーンレートを掲載することが一般的となっています。
注意として、仮に月次の解約率が0.2%に改善した場合、1/0.2%で500ヶ月(41年)契約がなされるだろう、という計算はもちろん実態を鑑みると非現実的です。市場トレンドや競争環境の大きな変化があれば2~3年で前提が変わってしまうからです。現実的には3年程度の契約期間を目標として目指し、月次解約率を1桁代を切ることを目指すのが現実的な経営目標となるでしょう。そのための製品の負の解消やサービス強化を図っていく活動がカスタマーサクセスとなりますので、チャーンレートを追うことは単なるCRMにとどまらず、製品開発やサービス設計も含む包括的な取り組みに発展していくものとなります。
2,製品のアップセル、クロスセル
カスタマーサクセスにおいては、長期契約における売上担保に加え、アップセル、クロスセルでの売上向上も財務的には重要です。
米国では、SaaSの月次のサブスクリプション売上をMRR(マンスリーリカーリングレベニュー)と読んだりするのですが、通常のMRRを拡張するエクスパンションMRR(クロスセル、アップセルによって伸びたMRR)も経営指標として管理することが一般的になっています。
アップセル、クロスセルは言葉にすると簡単に聞こえるのですが、実際は製品ポートフォリオ戦略や価格戦略とも絡んでくる難しい概念でもあると捉えています。
まずアップセルに関しては、アップセルをするうえでどんなメニュー開発、価格設計をするべきかが経営において重要な検討事項です。例えばデジタルの製品であれば、利用機能やユーザ数に応じて価格を変更して提供することも可能です。このようなデジタル製品の価格設計においては、zuoraに代表されるような価格設計/請求管理システムの導入が必要となってきます。
また機能によって価格が変わるプランであれば、どこまでの機能を価格パッケージにするか、そのパッケージはどの顧客を対象にするかといったマーケティング戦略にも関わってきます。
そしてクロスセルに関しては、クロスセルするうえでどんな製品を揃えるかという製品ポートフォリオ戦略とも関係してきます。その製品は新規事業か、M&Aか、OEMか、どの形で製品ポートフォリオを揃えていくのが経営上合理的なのかを考えていかなければなりません。日本の企業であれば主に経営陣や経営企画部門がLTVを最大化させるための製品戦略を考えることになるでしょう。
なお、カスタマーサクセスの現場においても、カスタマーサクセスがセールス業務まで担うのか、セールス部門にパスするに留めるのか、といった業務範囲の設計と調整が発生します。このように、アップセル・クロスセルは言葉にすると簡単そうに見えるのですが、本腰を入れて取り組むのであれば企業経営としての戦略作りや業務設計が必要な取り組みとなります。
3,NRR(ネット・レベニュー・リテンション)
これまで紹介した、チャーンレート・クロスセル・アップセルを包括する指標として最近になり重要視されてる指標がNRRです。(※同じ意味でNDRとも呼ばれます。)継続契約やクロスセルアップセルも含めた総合的なレベニュー(収益)の維持率がどれくらいになっているかを表す、新興のカスタマーサクセス指標です。具体的には、昨年取引をした顧客を見たときに、その翌年である今年の取引額はどうなっているのか。売上は何%増加/減少になっているのかを見ます。計算式はこちらです。
アップセル、クロスセルを行い伸びているのであればNRRはプラス、解約やディスカウントになればNRRはマイナスという分かりやすい計算式です。
このNRRは時価総額とも相関すると言われています。図を見ていただければと思うのですが、zoomやslackといったNRRが高い企業に対しては、企業としてのバリュエーション(時価総額)も高く評価されていることが分かります。
そのため、このNRRは米国SaaS企業のIRの重要開示数値の一つになっております。日本企業で開示している企業は少ないのですが、米国のトレンドを追いかける形でSaaS企業を中心にNRRの指標開示が進むと推測しています。
4,非SaaSでも参考にできるカスタマーサクセス指標は?
これまで紹介した指標は主にSaaSのカスタマーサクセス指標ですが、SaaSでなくとも下記の指標の概念は経営において取り組み可能なものです。
1,製品オンボーディングの体験の作り込み(オンボーディング率)
2,価値を感じるためのリードタイムの改善(タイムトゥバリュー)
3,単独プロダクトから複数プロダクト購入に至る体験設計(クロスセル)
4,既存顧客の購買維持率、購買拡張率(NRR)
すべての導入は難しくても、これなら自社でも試すことが出来るという指標があればぜひトライしていただきたいと思います。
7,カスタマーサクセスのジャーニー
カスタマーサクセスは、「オンボーディング、アダプション、エクスパンション」の順番でお客様のジャーニー(体験)が進みます。この購買後の3段階にもとづいて、お客様の状況を整理しながらアクションを設計すると、カスタマーサクセスとして何をするべきかが言語化出来てきます。一つ一つのフェーズについて紹介します。
1,オンボーディングフェーズ
オンボーディングのフェーズとは、「購買して製品を使い始める初期段階」です。製品の購入後は、顧客が製品利用に対してもっともモチベーションが上がっている状態です。そのため、この購買直後でオンボーディングに成功しなければ、そのまま未利用・解約になる可能性があります。
カスタマーサクセスにおいてオンボーディングフェーズでは、製品をどのように使っていけばいいのか、利用のステップやスケジュール、必要なタスクや設定などをわかりやすくスピーディに案内する必要があります。
またこのオンボーディングは企業だけが頑張って成功するものではありません。お客様にもオンボーディングを協力してもらう必要があります。カスタマーサクセスベンダー最大手のGainsightが発表した「新・カスタマーサクセス10の原則」ではカスタマーサクセスは企業と顧客の双方で行うものだという提言がありました。つまり、オンボーディングでは、製品を提供する企業側のアクションだけではなく、購買した顧客側のアクションも期待と想定をしながら、双方の動きをすり合わせる必要があります。
一般的には、カスタマーサクセス業務の中で、オンボーディング成功に必要な双方のタスクチェックリストを整備したりします。このチェックリストは、いつまでに双方が何をするのか、期限とアクションが整理されたものです。
オンボーディングにおいては、「この製品を最後までやり遂げよう」という顧客の意思が重要です。しかし、一般的に人間は「今までのやり方は変えたくない」という反発意思を持つものです。仕事においても生活においても、今までのやり方を大きく変えるのはストレスとなるのです。製品の利用を習慣化させるには顧客のアンラーニングとモチベートが必要で、これは従来の購買を目的とするマーケティングコミュニケーションから一歩踏み込んだ考え方をする必要があります。
また、カスタマーサクセスにおいては自らこの製品を選んだんだという主体性を持ってもらうことが重要です。なぜなら、顧客はチェックリストなどで企業でカスタマーサクセス担当に管理されることは望んでいることではなく、本来は自分の意思で自由に利用することで成功したいからです。
オンボーディングのフェーズで、製品利用においてやるべきこと、スケジュール感覚を概ね顧客にご理解いただき、これまでのやり方を少しずつ変えて、自らの意思で製品を使っているという状態を肯定的な形で作っていくことがカスタマーサクセス業務の肝となります。このオンボーディングの成功可否は解約率に影響しており、いかにオンボーディング体験を作り込むかがカスタマーサクセスの事始めとなります。
2,アダプションフェーズ
アタプションは日本語に翻訳すると「適応」という意味で、製品が顧客の日常に馴染んでいる、日頃利用されている状態を差しています。SaaS製品においてはよくあるのですが、興味本位で始めは触っていたが、徐々に利用されてなくなってくることは往々にして発生し、アダプションがうまくいっていないことも解約に繋がります。
このアダプションフェーズでは、顧客の製品の理想的な利用頻度を企業側で想定しながら、利用を促すためのコンテンツ提供や、定期的な利用状況のチェックをカスタマーサクセスにおいては行います。
SaaSの生みの親であるSalesforceでは、EWS(アーリー・ワーニング・システム)と呼ばれる、利用状況におかしな点が出てきたらアラートを行う仕組みをカスタマーサクセス部門で設計しています。
理想の状態を言えば、EWSを起動させなくても顧客が自ら「自走」している状態、すなわち企業が無理に働きかけなくても、顧客が自ら製品を利用することが望ましく、アダプションフェーズではそのように促していくことが重要です。
この顧客の自走にあたってのコミュニケーション設計や、トレーニング開発を行うのがアダプションにおけるカスタマーサクセスの業務となります。
3,エクスパンションフェーズ
オンボーディング、アダプションのフェーズを無事に顧客が乗り越え、単一製品で期待通りの成功が実現できたら、企業としては他の製品やオプションを提案していきたいはずです。この契約の拡大を目指すフェーズを「エクスパンション」フェーズと呼び、エクスパンションによる売上拡大がカスタマーサクセスの財務的な価値になります。
さて、この契約拡大の促進はCRMにも近い概念です。しかし、CRMと異なるのは、CRMはあくまでマーケティングとしてのコミュニケーションに閉じている点です。一方、カスタマーサクセスとしてのエクスパンションは製品体験の拡大の意味合いが強い内容です。例えば、利用アカウントの増加による複数人利用、オプション機能追加による利便性アップ、関連製品の導入&連携による効率範囲の拡大など、顧客体験としての拡張性を意識している点がCRMとは異なる点です。ポストセールス、CRM、製品開発、コンサルティングがタッグを組む、より企業活動においても広範囲な活動に近しいものです。
このエクスパンションにおいては、前述のクロスセルの項目で説明しました、シナジーを生む製品設計が重要です。エクスパンションのために新たな製品開発もありえますし、既存製品の改善もありえるでしょう。
しかし、複数製品体験を享受している状態に顧客を導くには、単一製品でまず成功していることが条件となります。米国では、単一製品で成功しており、複数製品の販売余地があるお客様に対して、カスタマーサクセス・クォリファイ・リード(CSQL)として特別に取り扱うこともあります。
オンボーディング・アダプションの顧客体験を磨く込み、いかにエクスパンションに導ける顧客の割合を増やしてけるかがカスタマーサクセス経営の肝となります。
8.カスタマーサクセスの仕事内容
次に、カスタマーサクセスの仕事内容について案内します。
こちらもKPI/KGIと同様に、SaaSのカスタマーサクセス業務が発祥のため、そこで行われている業務を全般的に解説します。
1,ハイタッチ・カスタマーサクセス
ハイタッチのカスタマーサクセスとは、カスタマーサクセスが直接フォローアップする顧客を担当として持ち、定期的に人的なコミュニケーションやサポートを行う業務です。例えば、製品の設定、機能のトレーニング、新機能の紹介、契約の更新といった製品の利用から成功に至るまでに顧客向け案内を直接行う仕事です。このハイタッチのカスタマーサクセスは、直接顧客とコミュニケーションを取る意味では営業職に近いものです。しかし、営業職と異なるのは、ただ製品を販売するだけではなく、販売後に実際の製品活用にコミットするようなアクションを取ることです。具体的には、受注数だけではなく、製品利用の頻度や深さ、ヘルススコアの数値状況を追う仕事です。言葉通り、「顧客の成功」のために動きます。
現在、採用市場にはまだまだカスタマーサクセスの経験者は少ないため、ハイタッチのカスタマーサクセス担当者の採用は営業職経験者が中心となるでしょう。
なお、ハイタッチ・カスタマーサクセスの中でも大手企業を対象とするデジタルトランスフォーメーションに近しい規模の仕事をする場合、ITコンサルティングやSIerに業務内容が近くなります。製品の利用促進にあたりステークホルダーを巻き込んだ計画的なプロジェクトマネジメント業務が発生するからです。ですので、その場合はIT製品のPMや導入コンサルティング職も採用要件に近くなります。
なお、SaaS以外の、例えばBtoCのビジネスであればジムのトレーナーや、英会話の講師、保険のアフターフォロー、不動産のコンシェルジュなどが近い職業だと思います。さらに、例えばコーチングや講師といった分野はカスタマーサクセスより歴史が古い職業のため、ハイタッチのカスタマーサクセスが、取組内容を歴史のある職業から習っていくということも必要だったりします。私はよくハイタッチのカスタマーサクセスはRIZAPに倣えと言うこともあります。
またコモディティ製品であれば顧客と直接接点を持つことは難しいため、後述で説明するデジタルを中心としたテックタッチ・カスタマーサクセスが業務の参考となるはずです。
2,テックタッチ・カスタマーサクセス
テックタッチ・カスタマーサクセスはハイタッチで行っているコミュニケーションをデジタルツールを介して行う業務です。一般的にハイタッチのカスタマーサクセスにおいては、製品の概要・設定方法・利用スケジュール・成功ノウハウ・成功事例・参考数値といった情報を伝えます。
もちろん、一人ひとりすべてのお客様にこれらの情報を口頭でフォローアップしながらお伝えできれば望ましいのですが、対象となる顧客数が多い場合に自社で抱えきれないほどの説明工数が発生します。そのため、デジタルのツールを介して多くのお客様に連絡しカスタマーサクセスを実現する業務がテックタッチです。具体的には、主にWEBサイトやメール、動画などのデジタルコンテンツの形で情報を届けます。
デジタルツールを介してコミュニケーションを取るという点ては、テックタッチの仕事はマーケティング職に近しいでしょう。また、多くのお客様に伝えたいコンテンツを届けるという点では編集職の方もテックタッチにおいては活躍しています。
理想を言えば、テックタッチのチームとして、デジタルツールの利用はマーケター経験者、デジタルコンテンツの作成は編集経験者がいると高い生産性でテックタッチ が機能します。
なお、BtoCの分野では、既にMAツールやCMSツールの活用を通じて顧客体験設計を担うマーケターが一定数いらっしゃいます。このマーケターの仕事術は、カスタマーサクセス側が見習うべき点も多いはずです。というのも、テックタッチの分野は、実はSaaSにおいても未成熟なものです。テックタッチ、すなわちデジタルの体験設計をいかに作り込んでいくかは、職業・スキル・施策を開発していく余地がまだまだあると言えます。
3,カスタマーサクセスOps
カスタマーサクセスOpsは、カスタマーサクセスのオペレーション改善、ITツール導入、業績目標設計、テックタッチの設計支援など、カスタマーサクセスの後方支援となる企画業務です。カスタマーサクセスOpsは、職種でいえば経営企画や営業企画に親しい職業でしょう。実際には、経営企画・営業企画・ITコンサルなどの出身者が携わることが多いです。例えば業務目標設計については、SaaS企業であればIRにて発表する数値はカスタマーサクセスの数値が多くなってきます。(前述したチャーンレート、NRRなど)そのため経営企画とOpsは密接に連携ないし兼務することになります。
また、現場の業務内容としてはITツール導入やオペレーション改善が主な役割になります。例えばSalesforceのようなSFAをカスタマーサクセス用途にも拡張する場合はその設計業務が走りますし、カスタマーサクセスに特化した顧客管理システムを導入する場合はそのツール導入を担う、といった仕事になります。名前を出しましたSalesforceでは、業務生産性を高めるツール(ChatterやQuipなどのチャットツールやドキュメント管理ツール)をカスタマーサクセスでも導入し、ハイタッチでカスタマーサクセスを行うメンバーの時間の効率化を図っているようです。
4,契約更新/契約拡大のための(リニューアル/エクスパンション)セールス
カスタマーサクセスにおいては契約更新(≒チャーンレートを低く抑えること)が重要です。そのため、契約更新のタイミングでは更新のためのセールス活動を行う必要があります。カスタマーサクセスがセールスを担うこともあれば、セールスにパスをするだけのこともあります。これは企業の体制や契約更新の難易度にもよります。
契約のエクスパンション、つまり複数の他製品のセリングも、カスタマーサクセスの役割になりえます。カスタマーサクセスの通常業務は、はじめは主要な1製品の導入から活用までを無事にお客様と進めることですが、もしそれが無事終わったあとは、オプションや関連製品の販売の業務が発生します。
5,カスタマーマーケティング
カスタマーサクセス活動の中で、お客様の中に大成功している「ロイヤルカスタマー」が生まれることもあります。素晴らしいカスタマーサクセスを提供することができ、製品に大満足しているお客様は、企業に関して愛着や貢献したい気持ちがあるはずです。そのようなロイヤルカスタマーに協力を依頼して、カスタマーサクセス業務やマーケティング業務のコンテンツに活かす仕事がカスタマーマーケティングです。
統計では、顧客は製品を提供するベンダーの声より、他に利用している顧客の声を信じるというデータがあります。
そのため、カスタマーサクセス活動の中で顧客の成功事例をどんどん生み出し、それを事例やセミナーなどでコンテンツ化し、他の顧客候補となる方々へ発信することで生かしていくことが企業経営として望ましいです。
その一環として、カスタマーマーケティングの担当がコミュニティを作り、成功している顧客との交流機会を作る活動も最近よく見られます。
6,プロダクト連携
顧客と日頃コミュニケーションを取るカスタマーサクセス職は、顧客とのコミュニケーションの中で顧客要望(VoC/ボイス・オブ・カスタマー)の吸い上げも重要な役割です。VoCを開発チームに連携し、製品の新機能開発やバグ改善のヒントにすることが出来るからです。業務の近さから、最近はカスタマーサクセスからプロダクトマネージャー職に転向する事例もよく見ています。
またデジタルの製品であれば、製品の不具合やUXの悪さを発見するのもカスタマーサクセスの方が一番先であることが多いです。そのため、品質保証のためのQA活動をカスタマーサクセスが担うべきという考え方もあります。
9,カスタマーサクセスの製品
カスタマーサクセスの製品には、カスタマーサクセス業務を行ううえで顧客のデータ管理を行うものと、顧客への体験設計を行うものの2つのタイプの製品に分類されます。
1,カスタマーサクセスの顧客管理/データ分析/ヘルススコア製品
▼製品名:Gainsight
Gainsightは、カスタマーサクセス製品として歴史のある会社でして、米国首位のベンダーです。カスタマーサクセスを行うための顧客のヘルススコア(健康状態)を管理出来る製品で、当分野では最も有名な企業です。
Gainsightは米国のカスタマーサクセス業界を牽引する企業として、「カスタマーサクセスの青本」として有名な書籍の出版、カスタマーサクセスの大型イベントも開催しています。Gainsightが提唱するカスタマーサクセスのフレームワークや考え方は日本でも多く普及しており、まさにカスタマーサクセスのリーディングカンパニーです。
Gainsightの機能ですが、まずこちらの画面をご覧ください。○○ヘルス、という表現が並んでいます。「アウトカム」これは製品を利用したROIやエンゲージメントなどの情報からスコア化しており、「エクスペリエンス」こてはNPSやオンボーディング体験の満足度などからスコア化しています。
これはどういう仕組みになっているかというと、Gainsightに対しSFAのデータやプロダクト利用データ、メール問い合わせデータなど様々なデータを一元化し、データの状況から顧客の健康状態に影響していると思われる変数を洗い出して点数化しているのです。みなさんのご存知のNPSも、例えばNPSツールやアンケートツールから回収後にGainsightに集約する、といったイメージです。
そうすることで、各取引先がどのようなスコア状況なのか。現在の契約状態、ユーザー数、メール反応率、NPSなどのデータを見ることで、対象顧客の継続契約の可否や、契約拡大(クロスセル/アップセル)の予兆を発見するツールとなっています。
Adobeやboxといった大手IT事業者はもちろん、IoTに取り組む製造業(例えばGE社など)も利用していることが特徴です。IoT製品であれば個社ごとの製品利用データをモニタリング可能のため、Gainsightのようなプラットホームで細かく管理することが出来るからです。
▼製品名:HiCustomer
Gainsightのような機能を有したベンダーは米国には10社以上はあるのですが、国内ではまだまだ少ないです。国内ではじめてリリースされたカスタマーサクセス製品、つまり日本版Gainsightのような製品がHiCustomerという製品で2017年に設立された企業です。2010年代後半から、このようなカスタマーサクセスのヘルススコア管理の製品がいくつか日本国内でも登場し、今は4~5社程度がこの分野で製品をローンチしています。
国内の利用実績はSaaS企業がほとんどなのですが、昨今の特徴としてはDX/クラウドの潮流から大手企業の新たに始めた新規BtoB事業を中心に、ヘルススコアの導入を検討し始めていることです。
2,カスタマーサクセスのデジタル体験設計
▼製品名:Insided
こちらはGainsightが2022年に入って買収した事業で、カスタマーサクセスのためのプラットホーム(WEBサイト)構築ツールです。
契約後の顧客に対し、コミュニティ・ナレッジベース・製品フィードバックを主要な機能として提供しています。
カスタマーサクセスにおいては、あらゆる地域の数千人~数万人といった単位のユーザーに対して自社の製品活用や、機能案内を行う必要があり、Insidedのようなデジタルプラットホームが必要になってきます。弊社opnepageもInsidedと同ジャンルの製品であり、デジタル上のカスタマーサクセスをいかに行うかに焦点を当てた製品を開発しています。
▼製品名:GainsightPX
こちらはGainsightの新製品で、WEBサービス内のポップアップガイドと製品内分析を中心とする機能を有しています。
米国では、「プロダクト経営」「プロダクト中心主義」「プロダクト・レッド・グロース」といった言葉が流行っており、デジタルプロダクト内でいかに顧客の増加、利用促進、契約アップを促すかという経営方法について各社やベンダーが模索しながら取り組んでいます。こちらのGainsight PXもまだ新しい製品であり、このようなプロダクト中心の考え方はゆくゆく日本でも流行ってくると思います。
▼製品名:openpage
弊社のopenpageは、カスタマーサクセス用のCMS/コミュニティを有した製品です。Insidedと近しい製品で、ロゴのアイコンには書籍のようなマークを付しているのですが、これはデジタル時代に製品を案内するようなガイドやマニュアルが必要となってくるといった時代背景も含めた意図となっています。openpageは主にカスタマーサクセスとして顧客に案内する内容をデジタルコンテンツとして落とし込み、体系的に整理して案内できるようにしたシステムです。
弊社のopenpageはSaaS製品と顧客データの連携を図っており、SaaSの利用者は普段使っている管理画面からスムーズにアクセス出来るようになっています。また、顧客データが連携されているため、コンテンツの視聴履歴ならびにアンケートから、カスタマーサクセス活動としての顧客状況を可視化出来るようにしています。
カスタマーサクセスにおいて重要なことの一つとして、顧客がどれだけ製品を利用して頑張ろうと思えるように促進出来ているか、つまり顧客のセルフモチベーションが大事です。なぜならどれだけ企業側がやる気に満ちていても、購買している顧客側のやる気がなければ製品利用はおろか製品導入もおぼつかないからです。openpageでは学習状況やアンケート情報から顧客の製品に対する意欲を可視化し、解約可能性のある顧客の特定、ならびにクロスセル可能性のある顧客の発見に活用できます。
また、製品学習をこれから行う、すでに行なっている、十分に行なった顧客がそれぞれ交流しあうコミュニティの機能も有しています。
カスタマーサクセスにおいてはベンダー側の発信も重要ですが、顧客は他の顧客がどう使っているか、他の顧客の声も聞きたいはずです。しかし、玉石混合で誰でも回答できるコミュニティとしてしまうと、ネット掲示板的ないわゆる「荒らし」のような人が出てしまいますので、openpageでは製品学習をしている人のみが参加できるコミュニティとして開設できるようにしています。
カスタマーサクセスにおいて、実は顧客のほうが該当するドメインに関する知識を有しており、ベンダーの担当者以上に使いこなしているケースがあります。そのような顧客は自己鍛錬に励み、ベンダーとは異なる視点の有益な情報を持っていますので、それをデジタル上でコンテンツとして可視化していくことが重要です。
10,カスタマーサクセスQ&A
弊社の製品について軽く触れましたので、最後にカスタマーサクセスでよくある質問と、それに対してopenpageではどのように解決できるのか?という解説をします。
質問1:解約の察知はどうすると良いか?
一般的にはヘルススコアの活用がおすすめされますが、解約率と相関する指標を設計するには数年のデータが必要になり、カスタマーサクセス担当としては根気のいる作業です。
openpageのソリューションでは「顧客にストレートに聞く」ことを推奨しています。異性の脈を確認するために、メールのやり取り数やデートの回数などのデータを取るのもいいですが、ストレートに「付き合いたいと思っているか」を聞いて確認したほうが早いです。とは言え、面と向かって交際したいか、契約続けたいか、というのは聞きにくい質問でもあり、openpageでは契約維持の意向についてをデジタル上で取得するような仕様としています。
また、楽しかった・便りになると思った瞬間に今の質問を投げるのと、何の脈絡もなくいきなり質問を投げるのだと、前者のほうが回答してくれやすいと思います。openpageでは、カスタマーサクセスとして顧客の業務に役に立つ情報発信をサイト上で行いながら、そのコンテンツを視聴しにいっているユーザーにポップアップで継続契約の意向を確認する仕様としています。
また、解約の察知にあたっては、それほど難しく考えた指標よりも、案外シンプルなデータが役に立ったりします。
openpageでは、自ら製品を学習する意思があるか、ないかがカスタマーサクセスにおける重要な変数の一つと捉え、openpageへの最終サイトログイン日やアクセスしているユーザー数を表示するようにしています。
もっとシンプルにやろうとすれば、製品自体の最終ログイン日やログイン回数を計測するだけでも、察知に役に立つデータになるはずです。製品を使っていない、使う気がなさそうというのは立派な解約のサインです。
あまり難しくロジックを組み立てすぎると、カスタマーサクセスの後任者が運用しづらくなりますので、シンプルなアラートのほうが実際の指標として見るにはおすすめです。
質問2:テックタッチはどう導入すると良いか?
カスタマーサクセスのテックタッチとは、ハイタッチで伝えてることをデジタルに落とし込む作業です。ハイタッチで言語化されていないことをテックタッチで行うのは難しいですので、一度ハイタッチで伝えている内容を洗い出してみることが必要です。openpageでテックタッチの支援をする際は、一度ハイタッチで用いていたすべての資料を一覧化してみることから始めます。その資料をカスタマーサクセスで届けたい体験に沿って整理をし、過不足を調整しながらデジタルで配布することをよく行っています。
テックタッチで必要なのは、最初はオンボーディングのコンテンツから整備していくべきでしょう。オンボーディングの際、契約直後や利用開始のときのキックオフのタイミングで案内する内容を、どれだけデジタル完結で出来るか(≒サイトのデジタルコンテンツだけでお客様に伝えきることが出来るか)を手始めとすると、テックタッチがうまくいきそうかの肌感覚を掴むことが出来ます。オンボーディングでうまくテックタッチが機能すれば、それをアダプション、エクスパンションと後のフェーズでも拡張していき、ハイタッチの比率をテックタッチ側に寄せていく、という取り組みをしていきます。
そのうえでは、ハイタッチのカスタマーサクセス担当も、テックタッチコンテンツを活用し、お客様にデリバリーすることが重要です。私はハイブリットタッチと勝手に名付けています。
テックタッチというと、ハイタッチと切り離された別業務のように感じてしまうのですが、両者の連携は必須です。例えばopenpageの利用企業様は、openpage上で載っているカスタマーサクセス用のデジタルコンテンツをハイタッチでも直接案内しています。またハイタッチの方がテックタッチ用のコンテンツを作るのを手伝うケースもあります。
タッチポイントが人だとしてもデジタルだとしても、「読みたい、役に立つと思うコンテンツ」が「顧客に届いている状態」が重要なのです。それを読んで顧客が自発的に製品の活用を成功させることができれば、まさにカスタマーサクセスです。
BtoBマーケティングにおいてもコンテンツが重要となりますが、カスタマーサクセスでも同様、テックタッチとはデジタルコンテンツのデリバリーです。ですので、実際に顧客にテックタッチのコンテンツに触れていただきながら、どんなコンテンツが欲しいか顧客に聞いてみたりしつつ、少しずつ体系だった形にそろえていくと良いでしょう。
質問3:開発チームとの連携はどうする?
製品開発においては、既存顧客にチャーンを防ぐ、新規顧客の契約を増やすという2つの観点があります。ですので、自社の製品について反応がいい顧客、悪い顧客の両方を意識して顧客の声を集める必要があります。カスタマーサクセスのハイタッチの担当であれば、日頃顧客と接していく中で、このタイプの顧客は反応がいいが、このタイプの顧客は反応が良くないと分かってくるはずです。その両者の顧客に関する情報を開発チームと連携しましょう。
反応が良い顧客に対しては、より契約の維持とクロスセル/アップセルに繋がる機能は何か。反応が悪い顧客に対しては、解約の阻止と販売確率の向上に繋がる機能は何か。という視点で実際のプロダクト開発では考えます。
openpageでは製品への反応が良い顧客と悪い顧客を特定する機能があり、それぞれの代表的な顧客をcsvに吐き出して整理するような活用方法が可能です。なお、カスタマーサクセス側がプロダクトマネジメントの仕事術について勉強しておくと、よりどんな顧客のどんな情報を集めると良いのかイメージが膨らむはずです。
基本は、顧客の声は機械的にデジタルで吸い上げるよりは、しっかり直接ヒアリングしたほうがいいでしょう。例えばデジタルでNPSなどで吸い上げることは可能なのですが、製品開発においては情報が薄く、ヒントは得られるが答えは出ない可能性があります。ですので、実際の声を事実ベースで整理して共有するか、ヒアリングの時間を開発チーム用に取ってあげるなどをして、顧客と向き合い生の声をデータ化していくことが大事です。
その声は、開発ロードマップに組み込まれれるか、日常の開発でクイックに開発するかのどちらかでプロダクト側に反映されていきます。実際の連携においては、この2パターンのどちらで進めるか、社内の連携用のワークフローを決めておくと良いでしょう。
質問4:コミュニティはどう始める?
コミュニティは潮流になっていますが、先にコミュニティ施策から始めるとまず失敗します。コミュニティを行っているから事業が成長するわけではなく、事業が成長しているからコミュニティが成り立つのです。
つまり、施策には順番があり、コミュニティよりまず先にカスタマーサクセスがうまくいっている状態である必要があります。具体的には、カスタマーサクセスの体系化により顧客教育の仕組みができていて、製品知識に成熟している顧客が複数いる状態を作らなければなりません。なぜなら、そのプロセス無しでは企業の製品に関して発信できるユーザーが誰もいないからです。
①まず顧客育成を先に徹底して行う、②その後好意的なユーザーを見つける、③それから新規ユーザーと好意ユーザーの交流機会としてコミュニティを作るが正しい優先順番です。
弊社openpageの製品にもコミュニティ機能が実装されているのですが、一番はじめからコミュニティ機能を利用するケースは稀ですし、推奨はしていません。まず主体的に製品について学びにきているユーザーを一定数つくることが出来たその後にコミュニティを始めています。
また、製品に好意的で主体的に発信ができる顧客がカスタマーサクセス活動によって生まれたその後は、その顧客の声を拡散器として大きくする必要があります。例えばコミュニティでも特別扱いとして講演をして頂いたり、新製品の意見を聞いたり、ロイヤリティの高い顧客の声を優遇する姿勢が運用において重要です。
その過程で、フロー情報となりがちなコミュニティの情報を、必ずストックコンテンツにする意識を持つと良いでしょう。例えば、良い発信が出来ている顧客に対しての事例記事を特別インタビュー枠で構築したり、ホワイトペーパーとして特典資料にするなどをすれば、自社に好意的な顧客の声を伝播していくことが出来ます。
質問5:カスタマーサクセス組織の拡大はどう行う?
まず、カスタマーサクセスとして「顧客に製品情報を伝えて、顧客を動かす」という型が必要です。カスタマーサクセス組織として大きくなるとは、この型を全員認識していて、誰がカスタマーサクセス業務を行っても同じように顧客体験を提供できるということです。そのためには、このカスタマーサクセスの型についてが言語化されている必要があります。
openpageでは、カスタマーサクセス用サイトを共に作る過程の中で、導入資料含む手元にある資料を一通りチェックさせていただき、型を言語化するためのコンテンツの整備を行うことがあります。そしてそれを研修資料として活用出来るようにすることで、誰でもカスタマーサクセスのハイタッチ支援が出来る育成体制を意識していただきます。社内で再現性を持ってカスタマーサクセス育成ができれば、後はそれを顧客向けに展開する流れになります。社内、社外の型化を強化することで、従業員・顧客が増えても大丈夫なインフラをopenpageで構築するようなイメージです。
時間軸としては、カスタマーサクセス組織を組成して1年目は型はなしで、顧客ごとに合わせて各々の自力で支援していくことになるでしょう。しかし、そこからカスタマーサクセス組織をスケールさせるのであれば、次の1年は社内標準化、その次の1年は社外標準化、というように、段階を踏んでカスタマーサクセスに必要な情報を型作りしていく必要があります。
また、顧客数が増えていくとフォローの優先度も見えなくなってくるため、フォローするべき顧客のアラートの仕組みも作るべきです。openpageは学習状況とアンケートでその仕組みを提供していますが、それ以外にトリガーとなるものはないか模索しながら、顧客案内&解約しそうな顧客発見のレベルを高めていくことが組織の拡大になるでしょう。
11,カスタマーサクセスこれからどうなる?
最後に、カスタマーサクセスはこれからどうなっていくのかという展望についてお話します。大きな流れとして、①カスタマーサクセスを生み出すキッカケとなったSaaS業界の業務がどう変わっていくのか ②SaaSではないがカスタマーサクセスに感度高く取り組む企業はどうなるか、の2点について整理します。
SaaSのカスタマーサクセスはどうなるか?
SaaSにおいては、米国でブームとなっているプロダクト中心経営の考えが日本に輸入されると思われ、デジタル・カスタマーサクセス体験が拡大していくでしょう。このブームはちょうど2022年の今段階で米国で起きているもので、2~3年以内に日本でも同様の盛り上がりを見せると思います。
GainsightもGainsight PX(プロダクトエクスペリエンス)と呼ばれるプロダクト埋め込み型のデジタルコミュニケーションの製品を開発しており、日本のSaaSベンダーにおいてもデジタルなカスタマーサクセス体験設計の話が今後増えていくものと思われます。
じゃあヒューマンな(ハイタッチな)カスタマーサクセスはどうなっていくか。先日、Gainsightの代表であるニック・メータさんと対談の機会があったのですが、彼はユーモア・コミュニケーションの話をしていました。カスタマーサクセスの仕事をしていると、相手を「企業」「会社」「顧客」のような見方で接してしまいがちなのですが、その前に目の前の人は家族がいて、趣味もあって、笑ったり悲しんだりする1人の人間なんだということです。それであれば、楽しく関わったほうがいい。まるで友人と接するように、が彼のメッセージでした。
例えばこちらの動画を見てください。これはGainsightの撮影した動画コンテンツで、「もしアベンジャーズがGainsightで働いてるとしたら」という動画です。代表のニックメータさんは、キャプテン・アメリカの格好をしてとても楽しそうに振る舞っていますね。
企業対企業であれば、このような振る舞いは失礼に感じるかもしれませんが、一人の人間で、友人だと捉えるなら「それ面白いね」と笑いながら見れるコンテンツです。このように、カスタマーサクセスにおいての顧客とのコミュニケーションは、まるで友人のような、フレンドリーなものに日本でも変わってくると思いますし、すでに若い世代の人同士ではそうなりつつあります。カスタマーサクセスは「成果」と「体験」が重要ですが、その体験がよりハッピーなもの、楽しいもの、高揚感のあるものになり、働くこと自体が好きになっていくものになると思います。
また、真面目な観点では、カスタマーサクセスは人材輩出の職種となるでしょう。顧客体験、プロダクト、セールス、コミュニケーション、契約など広範囲の職域を持つカスタマーサクセスは、数多ある職業の中でも経営者に近いポジションです。コンサルティングやM&Aも幅広い職域のカバレッジで人気のある職業なのですが、それと同様に経営全般を見渡せるキャリアにカスタマーサクセスはなり得ます。カスタマーサクセスの経験者が多く排出され、企業の中のあらゆるシーンで活躍することになるでしょう。
非SaaS(製造業、金融、小売、サービスなど)はどうなるか?
まず、カスタマーサクセスはSaaS発祥の職業・施策であるため全てをそのまま自社で導入するというよりは、SaaSの分野ではこういう取り組みをしているらしいが、自社ではどう取り入れようか?という解釈が必要となります。
現在、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が企業戦略のブームとなっていますが、製品サービスや仕事をデジタル化するということは、そこにカスタマーサクセス的な業務が発生することだと言えます。
デジタルサービスの提供、仕事のデジタル化において、SaaSのカスタマーサクセスではどのようなステップや観点で業務を行っているのか。その研究は、自社のDXプロジェクトをより良くするためのヒントになるでしょう。
また、「4,なぜカスタマーサクセスに投資するべきか?」では、経営における投資アロケーションを、営業マーケティングのフェーズだけでなくカスタマーサクセスにも投資コストを変更していくような話をしました。これは具体的には既存顧客への体験向上&顧客データへの投資を意味しており、おそらく多くの企業様が取り組んでいることとそう変わりはない(違和感はない)と思います。そのうえでどのような投資をしていくべきか、カスタマーサクセスの取り組みに習うケースがSaaS以外の企業でも増えていくでしょう。
12,カスタマーサクセスをもっと学びたい方向けの参考URL
カスタマーサクセスの全体像、施策、用語、トレンドがまんべんなく解説されています。
カスタマーサクセスの青本、として有名なカスタマーサクセスのバイブル本です。翻訳書のため少し難しく、こちらの解説をみながら読むと理解が深まります。
潮流となっているPLGに関する書籍です。カスタマーサクセスのテックタッチに近い概念で、テックタッチ施策の参考にできます。
私のブログはすべての記事がカスタマーサクセスに関する記事内容となってます。基本的なものから、応用的なものまでまんべんなく記事を揃えていますのでぜひご参考ください。
弊社openpageの編集チームも、カスタマーサクセスに関するコンテンツを発信しています。
英語が読める方は、Gainsight社が更新しているブログ・ホワイトペーパーを読むことをおすすめします。カスタマーサクセスに関する情報量では一番です。
おわりに
お読みいただきありがとうございました。
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