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「ナポリの旅」⑵

「慕わしき人びと」


九月九日の朝。
起きると豪雨だった。
窓の外の木々は風に揺れ、窓に打ちつける雨音は、マーチの小太鼓のリズム。

明日、病院に行くと義姉が言っていたので、雨が止むよう願う。そのとき後ろにいた義兄が低い声で、「今日の午後には止む」と、つぶやいた。

七十二と、七十歳になる義姉夫婦には二人息子と孫三人。
義兄は役場の職員、義姉は教師をそれぞれ勤めあげ、定年退職した親族の「おさ」。二人から一族の物語をきかせてもらうと、まるでインディアンの酋長家系のようにドラマチック。「涙と笑いの半世紀」と名付けたい。

今朝の話。
朝ごはんを食べる時と後に薬を二種類飲む、と私が言うと、酋長は苦笑した。 おもむろに立ち上がり、戸棚の奥から、「オレはーー」と言って大きな木箱を取り出し、朝、昼、晩、束にしてある薬は十三種類、インシュリン注射を足すと十四種類なんだぞ、と自慢する。 冗談まじりにおめでとう!と返した。

今日は、義姉の検診の日。ローカル電車で五駅で下車。10分ほど歩いて病院に着いた。待ち時間も入れて30分ほどで全て終わり、この街の常設市場に連れて行ってやると義姉は歩き出す。

市場は広くて、何もかも格安。掘り出し物や、生活用品で埋め尽くされ、店主と客のやり取りの声が飛び交う。

店主「持ってけ、ドロボー、これが2ユーロだぞ、三つ買ったら5ユーロにまけてやる!」

客「こっちのタオルはいくら?これもまけてよ、赤色はないの?」

あちこちで叫び合う声に耳を傾けていると、若い頃に観たイタリア映画の世界にいるよう。
ハリのある大声を出さなければテンションのあがらないナポリの商人。
ナポリで目にしたこれらの光景は、太陽の照りつける石畳みと、凪いだ紺碧の海にうかぶ島々がもたらすノスタルジー。訪れた者に幸せだった日々を思いおこさせる。
なぜなら人々は、海も、空も、太陽さえも我がものに感じてしまうから。

慕わしき人びとは、名前も知らずとも、一度言葉を交わせば、もはや恋人、と言われるイタリア人。それほどに愛が深いのか、情が深いのか、シンパシーで満ち溢れている。

雲は消えない空だけど、夏の終わりの、青さだけは目にも心にも焼きついている。



stand.fm2024.09.11投稿

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