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ベルリンまでの小旅行


朝五時、出発の日と同じ雨。
十度前後の気温。肌寒いはずの雨は心地よく、空を見あげる。

九月二十七日の深夜零時にベルリンを出た夜行バスは、小雨まじりの夜の道を何時間も走った。

陸路でどこへでも行けるヨーロッパ。バスでの旅は慣れているはずなのに一睡もできなかった。この一日が、つかのまの夢のように思えたから。

バスは何度か赤信号で止まった。
信号の後は、しばらく走行がゆっくりになる。その同じ速さで、頭の中に一つずつ浮かんでくることに思いを巡らす。

ベルリンは、ニュルンベルクから北へ五百キロ。高速バスで五時間かかる。そんな距離を往復したのは、元同僚が仕事でベルリンに来ると連絡を受けたから。

約束の日、待ち合わせの時間と場所を目指した。あとから気づくと、移動の方がはるかに長く、話ができたのは仕事の合間の休み時間。ほんの二時間程度のことだった。

滞在中のホテル近場のカフェで、パンケーキとコーヒーを頼んだ。
その時間が夢のように楽しかった。以前のようにたくさん笑った。お互いの近況を知らせるだけの他愛ない話なのに、どれも懐かしく、新しくもあった。
これがずっと続いたらどんなにいいかと思うほどあっという間に時間は過ぎた。

調理場で、三年ほどいっしょに働いた彼女は管理栄養士をしている。愛媛県の温暖な気候で育ったせいか、温厚でやさしい性格。
お誕生日にフロランタン(スライスアーモンドの固焼きビスケット)をつくってあげると感激の涙を流し、(二十枚はあった)ひと箱ぶんを一人で完食した。
ディズニー映画のホールニューワールドの歌が大好きでいつも歌っていた。
大学在学中はずっとバドミントン部。引き締まった体を自慢していたけれども、夏休みに台湾旅行で激太りしてから、痩せないと笑っていた。

共に働いた職場では、仕事が早朝のため、寮に泊まりこんでいた。一つ屋根の下、苦楽を共にする中で、汗し涙し、夜遅くまで話し込んだ。
同じ時間と空間で、感じるものがそれぞれある。わずかな触れ合いであったとしても、心と体が覚えている。そのぬくもりが再びよみがえり、現実の時間を忘れさせたのだと思う。

会いたさに、高速バスは、時間を一瞬で越えていった。

人はそれぞれ、道を探す。生きるために。
時にはどうしようもなくつらい思いをする立場や困難な状況に出会う。激しく泣いたり、困惑したり。自分のことでなくても、心配で夜も眠れない日がいくつもある。

今ある人生も旅の途中。
出会いと別れをくりかえす。

私たちは誰もが、見知らぬ土地や人々と深く結びついていくーー。

秋の初めの移り気な空は、うす灰色の雲を浮かべて静かに暮れようとしている。

小雨の降りはじめた空を見る時、わたしは、ベルリンの旅を思い出し、微笑むのかもしれない。


フルーツがてんこ盛り^^


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