口内炎目線の日記

この口内に産まれてから、何度目かの朝を僕の暮らす地の大きなあくびで迎える。僕の生まれた場所は、よく動く所で、尖った歯が度々挨拶をしてくる。
口内炎としてのDNAは着実に受け継がれているようで、僕は適度な刺激を楽しみながら今日も入りの多いお客さんを出迎える。

本日一度目の客人は冷たい水だった。天然の気温で冷まされた水分は、暖かい口内の水たちとは違った新しい風を吹かせてくれた。

「うわ、しみる。」

という地の声が響いた。大人しく聴いていたはずなのに、気がつくとぼくの住む唇は捲り下げられていた。鏡に映る自分に微笑む。なんだかんだ絵になっているじゃないか。

朝からいい気分になったと思っていたその瞬間、祖先の言い伝えを思い出した。「己の姿に光悦を覚えた時、降りかかる塩は近付いている。」
己の姿が立派になっていればなっているほど、終わりの時は近い。地の気に触れ、何度か試すように舌で推し撫でられたあと、塩を塗り込まれ、存在を消される。なんて理不尽なんだと泣き喚いたが、背中をさすってくれる仲間も家族もいなかった。

それでも僕は冷静を保つしかなかった。生まれつき陽気な方だったが、それでも崩れてしまいそうな自信に頼り、心中を決意するしかなかった。

そんなことを考えている本日二度目のお客さんは、サクサクとした衣だった。べろからのフィードバックで、中にお肉が挟まれていたことを知る。

地はこの食べ物が好きらしく、頻繁に口内へ招き入れている。僕としても、いろんな角度での刺激を楽しめるから、心地がいい。

衣を十分に堪能した後、地は歯を磨き出した。なんだか嫌な予感がした。

冷水と挨拶を交わし、新しい気持ちを抱いた瞬間だった。一瞬、再び衣が触れたのかと錯覚した。
「うっ」
燃えるような熱さが体全体を覆ったと思ったら、次から次へと容赦なく苦痛のもとが僕に塗り込まれる。
祖先の話を思い出した。
滲む汗と涙。
「痛いなあーー」
なんていう地の声が聞こえた。痛いのはこちらだ。言葉を伸ばす余裕もなく、揺れる心臓にあわせて嗚咽が漏れる。

「燃える塩に焼き切られた時、地と自身との境がなくなり、あの世とこの世の区別が効かなくなる。」

祖先の言葉を思い出す。苦痛から逃れたくて、言葉に身を任せた。

唯一幸いだったのは、想像だった祖先の声色が迎えに来てくれたことだった。

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