うんこの学級会

中学1年の時だったと思う。
いつも通りに好き放題の話題が飛び交う教室。
担任がガラガラと扉を開け、話し声が一斉にフェードアウトした。
が、待てども話が始まる気配がない。
彼はモンスターズインクのサリーにとてもよく似ていた。
サリーはピンポン玉の如く巨大な目を見開き、上目遣いでクラスを見回した。

充血した白目に加えてわずかに口髭も歪んでいる。

これ怒ってるやつだ…。

正直、運動会の組体操よりもよっぽどクラス全員の心がひとつになっていたと思う。

サリーはスゥっと細く息を吸ってから口を開いた。

「お前ら、Aが排便してたこと知ってのか?」

Aはクラスの男子だ。
背の低いお調子者でサリーが顧問を務める部活にも所属していてその日はたまたま欠席だった。

またAのせいか。
でも排便?
学校でウンコすることの何がいかんの?

私の頭の中がクエスチョンマークで満たされた瞬間、サリーは丸々としたゲンコツで激しく教卓を叩き、窓が割れんばかりの大声で叫んだ。

「お前ら!なんで!
排便してたことを黙ってたんじゃ!」

キンとした緊張感。
痛そうに静まる教卓。
クラス全員が押し黙っている。
大声に怯えて早くも泣きそうになっている女子もいる。
えらいことになった。
これはすぐ帰れないかもしれない。
ドラマの再放送見たいのに。

ただ…サリーが怒ってる理由は排便なのだ。

なんでうんこで怒ってるんだろうか。
流してなかったのか?
はみ出てたとか?
そもそもうんこってそこまで責められることだっけ?
考えれば考えるほどうんこでクラス全員が怒られている原因が分からなくなってきた。
みんな顔真っ青だけどさー、
怒ってる理由はうんこだぞ、うんこ…

ヒートアップしたサリーは尋問を続ける。

「Aが!休み時間に!排便してたことを知ってるやつは!立て!」

青ざめた顔のクラスメイト数名がガタガタと椅子から立ち上がる。

Aがうんこしてたこと知ってる奴、めっちゃ多いな。
女子までいるしどういうことだ?
Aはうんこする宣言してからトイレに行ってたんだろうか。
マジで分からない。なんだこの状況。

「なんであいつは排便してたんだ!」

うんこくらいするさ、人間だもの。
なんかもう欠席とはいえAが気の毒になってきた。
学校で堂々とうんこする派中学生Aは少数派かもしれないけど、糾弾しなくてもいいじゃないの…。

それにしても全員神妙な面持ちで話を聞いている。

ときどきうつむいて咳き込んでいる不届きものは私ひとりだけだ。

そんな時に勇気あるクラスメイトのひとりから新情報が寄せられた。

「…部活があったからだと思います」

まあ運動部だしゆっくりトイレに行く暇はなさそうではある。 

「部活は理由にならんのじゃ!!お前らは!いかんことをしてるやつを!黙って見てるだけなのか!」

ウンコっていかんことなのか…。

「俺はお前らのことが信じられない!ふざけるのもいい加減にしろ!」

ふざけるも何もウンコじゃん…。
いよいよサリーの情緒が心配になってきたところで爆弾宣言が飛び出した。

「俺は明日からホームルームには来ない。あとはお前らで考えろ」

教室のドアを勢いよく手で払い、担任は廊下に消えた。

しばしの沈黙の後、誰が始めるでもなくそれぞれが友人の席にばらけて騒動のフレッシュな感想を共有し始めた。
流れに乗って当時の仲良しNちゃんが私の席までやってきた。
「なんかすごかったな〜」という普通の感想のあと鋭い質問が飛んできた。

「ところで話聞いてるとき泣いてなかった?
たしかに怖かったけどさー、大丈夫?」

Nちゃん、さすがの観察力だ。
成績トップなだけあるね。
でも残念ながらその考察はハズレだ。
私の肩が震えていたのは必死に笑いを堪えていたからだ。

「いやさー!サリー!ウンコでキレ散らかしてたやん!?もーおかしくて」

私はしこたま溜め込んでいた笑いを解禁した。
腹を抱えてゲラゲラ笑い転げる私を見てNちゃんは不審な顔で見つめている。

「え?」

「排便で学級会なんて前代未聞じゃん。
よくみんな笑わなかったね。あーおかし!」

「…サリー、Aの早弁でキレてたよ」

「え」

Nちゃんの不審な顔が今度は私に感染した。
そういえばAは昼休みでもないのに弁当をかっこんでいることがあった。
そうか、そういうことだったのか。

排便だと思っていたのは私だけだったのか…。
早弁ごときで激怒するのもそれはそれでどうなんだとも思ったけど、何はともあれ疑問のすべてが繋がった。

その後、サリーは宣告通り学級会をボイコットした。
数日後の学級委員のお詫び行脚にAが同行したのかどうか、未だに気になっているが知る術はない。


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