[小説風]オタク主婦が女友達にガチ恋する話
最近、女友達に惚れてしまった
彼女の名前はМちゃん。中学・高校の同級生で成人してからはずっと連絡をとっていなかったのだけれど、去年の夏なんとなく、ほんとうになんとなくラインを送ってみた
「Мちゃん、久しぶり!突然だけど今度ご飯行かない?宗教とかマルチの勧誘じゃないよ!」
たしかこんな内容だったと思う。我ながらなかなかに怪しい誘い方だったが彼女は
「久しぶり!素敵なお誘いありがとう。ぜひ行きましょう」
と快く誘いを受けてくれた
それからスムーズに日時と場所が決まって、当日やや緊張しながら待ち合わせの場所に行くと、そこには髪はかなり短くなっていたがそれ以外は全く変わっていないМちゃんがいた
向こうもすぐにこちらに気付いてくれて、ちょっと気恥ずかしさを感じつつ「久しぶりー!」と笑い合った
それから私の行きつけのカフェバーに移動し、昼間っから酒を飲みながらお互いの近況について話した
私はこのころすでに無職になっていて、かなりクレイジーだった元職場の話をしたらМちゃんは楽しそうに聞いてくれた
彼女の方はフリーランスとして立派に働いていて、一人暮らしをしているようだった
実家暮らしののち現在の旦那さんと同棲を始めたため一人暮らしの経験が全くない私には、そんな彼女がとても眩しく見えた
しっかり働いて、一人暮らしをしている
世間一般の方達からしたら普通なのかもしれないが、私にとってはそれってかなりすごいことだ。
身の回りにフリーランスや一人暮らしの友人がぜんぜん居ないのもあって、彼女の存在はとてもだった
すらりとしていて、服装はオシャレだがまったく化粧をしておらず、髪型は刈り上がったショートボブにしているそのルックスもかっこよくて、いま思えばこの久々の再会の時点で私は彼女にかなり好意を抱いていたような気がする。
そして素晴らしいことに、Mちゃんはオタクだった
夢女子とか腐女子ではないが、漫画や映画や小説が好きで、BLもよく読むようだった。
要するにストーリーが面白ければ大概のジャンルは楽しめるタイプで、私が酔っ払って峯義孝にガチ恋している話とかしてもぜんぜん引かなかった
引かないどころか、その素晴らしい発想力で素敵な夢シチュエーションを一緒に考えてくれた。
提供されるネタはどれも私の心に突き刺さり、酒を飲みながら悶えまくっていたのをよく覚えている
非常に酒に強く、たくさん飲んでもさほど酔わないМちゃんは笑いながら
「峯にこんなこと言われるのはどう?」
「峯はきっとこういうことするんじゃないかな」
なんてどんどんアイデアを出してくれて、それにきゃあきゃあ言いながら
「ぜったい夢小説にする!」と宣言するという学生時代のような時間はほんっとうに楽しかった。
結局、昼12時から深夜24時まで同じ店で語りまくってその日は終電ぎりぎりに解散した
翌日も、若干の二日酔いに頭を抱えながら「昨日は楽しかったなあ」なんて余韻に浸ってにやにやしていた。
それから私たちはちょくちょく遊ぶようになった
いつもだいたい昼に待ち合わせしてランチを食べていつものカフェバーで酒を飲みとにかく話をするという流れで
お互いの過去の恋愛や黒歴史、仕事のことなど話題は尽きなかったが、たぶん一番していたのは峯義孝の話だと思う
Мちゃんは龍が如くシリーズをプレイしたことがあるらしく、ものすごいファンというわけではないが大まかなストーリーや主要キャラクターについては知っていた
シリーズ3作目のボスである峯義孝については「なんとなくそんな人いたな」程度の認識だったようだが
久々に会った私に峯義孝語りをかまされた翌日、なんと彼女はYouTubeでゲームのムービーなどを見て峯について学習してくれたのだという
ただでさえ抜群の発想力を持つМちゃんがキャラの知識を手にしたとき、その妄想の破壊力は心臓の弱い人なら失神するくらいのものになっていた
私はあまりの感動で涙目になりながら彼女の提供してくれる
「峯義孝ともしデートしたなら」
「峯義孝は好きな女にこういう態度をとるのではないか」
といったアイデアをありがたく頂戴し忘れないうちにスマホにメモを取るという行為を繰り返した
こうして書いてみると狂気の沙汰だが本人たちはものすごくイキイキしながら楽しい時間を過ごしていた
それと
「注文さえしてくれればいくら居てもらっていいですし他のお客様に配慮していただければなんの話をしてもらっても大丈夫です。僕はどんな趣味の方にも偏見はないです」
というスタンスのカフェバーのマスターにも大いに助けられていた
いつもありがとうございます。
そんなわけで、すっかりオタク友達・妄想仲間となった我々は直接会えないときもラインで峯義孝について語るようになり
ついにはお互いが書いた夢小説を送り合うようになっていた
いや、ほとんど私が書いたものを送りつけて読んでもらっていたのだけれど。
そう。Мちゃんはアラサーガチ恋夢女である私が書いた稚拙な妄想文をしっかりと読みがっつりした感想を返してきてくれていた
拙いながら全身全霊で書いた夢小説に感想をもらえるのは身震いするほど嬉しく、それだけでも充分幸せなのに
彼女は凄まじいクオリティの夢小説を書いて送ってきてくれた
その完成度たるやマジで腰を抜かすレベルで、とんでもねぇ文章力と構成力のその神夢小説を読み私は本気で泣いた
「こんな夢小説書けるようになりたい!」
感動と嫉妬全開で送ったラインに彼女は
「もう書けてるじゃん」
とさらりと返事をくれた。胸キュン。
こうして夢小説や妄想話のやり取りをしているうちに、なぜかだんだん、Мちゃんを性的な目で見てしまうようになっていった
これまで同性にそんな感情を抱いたことのない私は大いに混乱した。
この、Мちゃんとラインしたり会って話しているときに感じる恋としか言えない感覚はなんだ?
そういえば容姿も雰囲気もかっこよくて好みだしな・・・
趣味も合うし妄想話にも本気で付き合ってくれるし
うわなんか本当に好きかも!
こうして
私はМちゃんに恋愛感情(のようなもの)を抱くようになってしまった
そしてそれを一人じゃ抱えきれなくなった私は
Мちゃん本人にそのことを伝えることにした
「実はちょっと前から、Мちゃんのこと性的な目で見ちゃってるんだよね・・・」
いつもの店で3杯ほどカクテルを飲んでから、意を決して告白したあたしを彼女はちょっと怪訝そうな目で見て、
「いや、勘違いだろ」
突然のカミングアウトにも動じることなく、淡々と言った
「たぶんそれ峯の話をしてるときのドキドキをあたしへのときめきと勘違いしてるだけだよ」
「・・・だとしたらあたしの脳みそバカすぎない?」
「もしくは旦那さんに対する欲求不満みたいなものをあたしで解消しようとしてるとか」
「最低じゃん・・・。それはそれとして、Мちゃんあたしのことイケる?」
「イケるけど無理。あいつに申し訳なさすぎ」
実はМちゃん、私の旦那さんと小・中学校の同級生だ
中学を卒業してから彼女とうちの旦那さんの間に交流はないようだが
Мちゃんは彼のことを「あいつは本当にいい男」とめちゃくちゃ高く評価していた
「あたしに言い寄ったり峯で妄想するより先に旦那さんと触れ合いなよ」
「えー・・・でもそういうんじゃないっていうか・・・普通にМちゃんとしたいんだけど」
「やめなさい。あんたはほんっと、あんないい男と結婚しといてなんでそんなことになってるわけ?」
呆れた顔でカンパリソーダを飲んだ彼女がため息をついた
「峯もそうだけど、あんたは自分がそうやって言い寄っても絶対にノってこなそうな、安全な相手にそういうこと言いたいだけだよ。きっと」
「いやノってきてほしいんだけど!峯にもМちゃんにも!」
「いーや違うね。そうやって言いたいだけ。」
「あ、でもたしかに・・・私、好きな人に言い寄ってつれなくされるのたまらなく好きかも」
「ほら。あんたはそういうプレイにあたしを巻き込んでるだけ。当て馬みたいな扱いすんなっつうの」
「ええー・・・そうなのかな」
自分の気持ちが分からなかった
Мちゃんが言うことも完全には否定しきれない。
あたしはそういう、「つれなくされる恋愛ごっこをしたいだけ」で、それプラス「峯のことを語ったり夢小説を送り合ってるときのドキドキをМちゃんへの恋愛感情と錯覚してるだけ」なのか?
「とにかく!あんたにとって一番大事なのは?」
「・・・旦那さん!」
「なにその間。けど正解!それを忘れんなよ」
「了解。でも一回だけしてみない?」
「だーめ」
柔らかく諭すような言い方をされてどきりとする
やっぱり恋愛感情、あると思うんだけどなあ
「ほらもう終電きちゃうよ。今日は帰ろう」
「え、そんな時間!?‥また来週も遊んでよ」
「いいよ」
それから急いでお会計をして店を出た
そしてなぜかМちゃんは私の手を握ってくすくす笑いながら
「ほら!急ごう!」
とか言って無邪気に小走りで駅へと向かった
ちょっとテンションが上がっているらしいその姿を見て
少し酔ってるのかな。可愛いな
なんて思いながら手を引かれていた
こういうことしてくるから私の感情がおかしくなってしまうのではないだろうか。
改札をくぐったらちょうど電車が来たところで
2人で「セーフ!」と笑いながら乗り込んだ
そこから5分くらい、ぽつぽつと会話を交わしていたらあっという間にあたしの降りる駅についてしまった
名残惜しさを感じつつ
「じゃあまたラインするね」
とМちゃんに言ったら、あたしの言葉に重なるようなタイミングでふわりと温かいものに体を包まれた
「気を付けてね。おやすみ」
耳元で彼女の声がして、えっもしかしてハグされてる!?と驚いていたらドアが開いて、Мちゃんの体がすっと離れた
放心しながらホームに降りて、彼女の方を見たらなんとも穏やかな笑顔で手を振られたので振り返した
ドアが閉まって、電車が発車しても、私はしばらく立ち尽くしていた
Мちゃんの行動には特別な意味があるわけじゃない
それは分かってる。分かってるけどさ
「・・・ずるくない?」
ひとり呟いた言葉は、1月の冷たい夜風に飲まれて消えていった