【短編恋愛小説#50】タバコに消えた恋
「もう会えないと思う」
LINEの画面を見つめたまま、私は無意識のうちにタバコを取り出していた。
3ヶ月前、彼は私のタバコを取り上げた。「君の咳、酷くなってる」「一緒にいる時間が長くなったから、気になって」。心配そうな彼の顔が、今でも目に浮かぶ。
毎日のように言われた。「30歳過ぎたら、体に気を使わないと」「将来のことを考えて」「僕と一緒にいたいなら、禁煙して」。
その度に私は「考えとく」と濁していた。
タバコは、私の人生の伴侶だった。仕事で失敗した夜、締め切りに追われる深夜、友人との楽しい飲み会の締めくくり。全ての場面で、タバコは私の心を落ち着かせてくれた。
彼と付き合い始めた時も、「たまに吸う程度なら」と言ってくれた。でも、同棲を始めてから口調が変わった。「家の中は絶対ダメ」「ベランダも近所迷惑」「休日くらい我慢できないの?」
愛情だった。今なら分かる。彼の言葉の一つ一つが、私を想う気持ちからだった。なのに、その時の私は違った。「自分のことは自分で決める」「タバコくらいで」「余計なお世話」。
面倒になった私は嘘をついた。意地を張ってしまった。
そして先週の喧嘩。取り返しがつかなかった。彼が出張から帰ってきて、リビングに置きっぱなしだった灰皿を見つけた時。「約束したよね」「嘘をつくのが一番嫌」「信頼できない」。
初めて見る、冷たい表情だった。
今、改めてLINEを読み返す。「君のことを大切に思うからこそ」「一緒にいたいけど」「でも、僕には君の体調が心配で仕方ない」「だから、しばらく距離を置こう」。
火をつけようとしたタバコを見つめる。彼の言葉が頭の中で回る。「君が元気でいてほしいだけなんだ」。その言葉の重みが、今になって胸に落ちてくる。
ポケットの中のライターが、やけに重たく感じる。
結局、タバコに火をつけなかった。代わりに、スマートフォンで禁煙外来を検索した。明日、予約を入れよう。
彼への返信は、まだ送っていない。今は、自分と向き合う時間が必要だ。タバコを手放すことは、きっと簡単じゃない。でも、それは自分への裏切りでも、誰かへの妥協でもない。
大切な人を想う気持ちは、時に変化を求める。その変化が、自分を成長させることもある。
未使用のタバコを捨てた。これは、彼のためじゃない。私自身のための選択。
いつか彼に会えた時、胸を張って報告できたら。「禁煙、頑張ってます」って。その時、彼はどんな表情をするだろう。
今はまだ、その答えは煙の向こう側にある。