【短編恋愛小説#45】半分になったチケット
私の机の引き出しの中に、今でも彼からもらった映画のチケットの半券が一枚眠っている。
もう二年前のものだ。
時々、掃除をしながらその存在を思い出しては「捨てなきゃな」と考えるのだけれど、いつも結局そのままにしてしまう。
不思議なものだ。
あれほど辛かった失恋の痛みも、今ではどこか懐かしい思い出のような気がしてくる。
当時は、まるで世界が終わったかのように感じた。
でも、世界は確かに終わらなかった。
むしろ、新しい世界の扉が開いたのかもしれない。
あの日、最後に会ったカフェで、私たちは何を話したのだろう。
正直、よく覚えていない。
ただ、窓の外で桜が散っていたことだけは、今でも鮮明に思い出せる。
春の終わりと私たちの終わりが、こんなにも綺麗に重なるなんて、と何だか可笑しくなったことを覚えている。
失恋直後の日々は、まるでスロームービーのように過ぎていった。
朝は来る。夜も来る。でも、心はどこか別の場所に置き去りにしたままのような、そんな不思議な感覚の中で生きていた。
友達は心配して毎日のように連絡をくれた。
「大丈夫?」というLINEの返信に、「うん、大丈夫!」と答えながら、実は全然大丈夫じゃなかった日々。
でも、そんな日々が続く中で、少しずつ気づいたことがある。
例えば、休日の朝、カーテンを開けた時の柔らかな光の心地よさ。
近所の定食屋のおばあちゃんが、いつも以上に大盛りにしてくれる優しさ。
帰り道に見つけた小さな雑貨屋で、思わず買ってしまった可愛いマグカップの温もり。
世界は相変わらず、たくさんの優しさで溢れていた。
失恋は、確かに心に大きな穴を開ける。
でも、その穴はずっと空洞のままじゃない。
時間と共に、新しい発見や出会い、小さな幸せの欠片で、少しずつ埋まっていく。
それは、壊れた花瓶を金継ぎで修復するように。
傷跡は残るけれど、それもまた、私という人間を形作る大切な模様になるのだと思う。
最近、散歩が日課になった。
これも、失恋がくれた思いがけない贈り物かもしれない。
以前は気づかなかった季節の移ろいや、街の小さな変化に目が向くようになった。そして、一人でいることの心地よさも、少しずつ覚えていった。
誰かと別れることは、確かに寂しい。
でも、それは同時に、自分自身と出会い直すチャンスでもある。
好きな音楽を聴き、好きな本を読み、好きな場所に行く。
そんな当たり前の自由が、新鮮な喜びとして心に染み渡る。
あの日のチケットの半券は、もう少しだけ取っておこうと思う。
それは決して、過去に縛られているからじゃない。
あの失恋を経て、今の自分がここにいることを、静かに確認するための道標として。
失恋は終わりじゃない。
それは、新しい自分に出会うための、小さな始まりなのかもしれない。
春の終わりに見た散る桜のように、美しく儚い別れがあってもいい。
なぜなら、私たちの心は、きっとまた新しい花を咲かせる力を持っているから。
だから今日も、明日も、一歩ずつ前に進もう。
時には立ち止まって、後ろを振り返ることがあっても構わない。
それもまた、私たちの人生という物語の、大切な一ページになるのだから。