見出し画像

航空大学校!実技試験!

 三次試験の通知が来ました。三次試験は航空大学校の宮崎本校で、実際の訓練機を使って実技試験です。どうすんだ、何もやっていない。慌ててマイクロソフトのフライトシュミレーターを始めますが、そこは貧乏学生です。マイクロソフトのフライトシュミレーターを買ってきて画面の小さいノートパソコンに入れて、しかも普通は操縦桿を模したジョイスティックを使うのですがそれも買わずテンキーで操作してました。当時の僕なりには真剣でしたが、今思うとほとんど意味はなかったと思います。
 試験が近くなり、宮崎行きの航空券を買いました。ここで初めて気がつきました。僕は飛行機に乗った事がなかったのです。サラリーマンの家庭で育った僕は、旅行といえば伊豆箱根がせいぜいで本州から出たことがありませんでした。自分の惨状が面白くて「実は初めて飛行機に乗るんだよね〜」と当時の彼女に言ったら「飛行機に乗ってみて、怖くなったらどうするの?その後操縦できるの?」と逆に心配されました。「どうって言われても…そこまで考えてなかった」と頭をかくだけです。とりあえず当たって砕けろです。
 
 東京から宮崎へ、生まれて初めて飛行機に乗りました。特に恐怖は感じませんでした。でも、高揚した気持ちもありませんでした。そもそも僕は戦闘機好きで旅客機はそれほそ好きではなかったのです。でも、こんなにでかいんだ、よく動くな、よく飛ぶな、と感心したものでした。行き当たりばったりでここまできて、もし受かっちゃったらどうしよう。こんなのを操縦するのかな。受かってしまったら、今までとは全く別の世界に入るのだなという予感はしました。
 宮崎では、当時は学校の紹介してくれた旅館に泊まりました。受験生が10人ぐらいずつ大部屋に泊まります。三次試験になると、確率的には9割ぐらいの受験生が合格するので、受験生たちは試験の緊張と同時に、合格するかもしれないという高揚感の中でちょっとハイになっていました。合格すれば同期になるかもしれないし、受験生としてはライバルでもある、微妙な関係です。程なく、腹の探り合い、マウントの取り合いが始まりました。賢そうな受験生が「コリオリの力」という物理法則を熱く語り出します。文系の僕にとっては「すごいな、そんなこと考えて操縦してるんだ。さすが優秀だな」と感心しました。しかし実際は、確かにコリオリの力も操縦には無関係ではないのですが、初めて操縦をするような初心者には意味のない議論です。彼は「俺はこんな細かい所にまで気を遣って操縦するぜ」っていう意思表示でした。最初は皆感心して聞いていたのですが、次第に「コリオリフォース野郎」とあだ名がついて、放置されます。別の受験生は、俺はもう就職活動をしていてたくさん内定をもらっているから、面接なんて余裕だぜと豪語します。おまけに仮に航空大学校を落ちても、悪くても某ディズニーランドに勤められるとも言っていました。試験を受けるにあたってはあまり気持ちの良くない、後ろ向きな発言です。じゃあ、ディズニーに行けば良いじゃんという感じになります。散々のマウントの取り合いにうんざりして、隣にいた受験生に「俺、操縦したことないんだけどどうしたら良いんだろうね」と正直に聞いたら「AIっていう計器の、この真ん中の球をグーっと集中して見て、ずらさないようにすれば良いらしいよ」と教えてくれました。ライバルである他の受験生に対して敵に塩を送る様にも見えますが、実はこういうマインドは訓練生にとって重要です。他人を蹴落とすのではなく、情報をみんなで共有して、みんなで上手くなろうというのが、訓練生の在りうべき姿です。また、出来ないことは恥ずかしがらずに出来ないと言って、教えてもらうのも大切な姿勢です。結局、コリオリフォース野郎とディズニーランドの彼はその後見かけず、試験に落ちたようでした。僕に操縦を教えてくれた彼は無事合格して、同期になりました。今は777の機長です。試験は、それそのものがストレスです。ストレスを前にして、助けあえるか、蹴落とそうとするか、そこが態度に出るのだと思います。ストレスを前にしても、真面目に正直にひたむきに、そういう姿勢が一番です。
 
 翌日から、三次試験が始まりました。確か3人1組でブリーフィングルームに案内されて座らされ、チューターとして在校生一人が雑談をしてくれました。在校生は受験生をリラックスさせようとにこやかに雑談していましたが、試験官が来ると顔つきが変わり「起立!礼!お願いします!」と大声を出します。僕ら受験生も慌てて頭を下げました。内心、軍隊みたいだなと思いました。
 試験は、水平直線飛行とか上昇や降下しながらの旋回だったような気がしますが、あまり覚えていません。ただ、前日に教えてもらった事を意識して、姿勢計器の球を動かさないように注意しました。他の受験生より、うまくできた実感がありました。
 面接もありましたが、ほとんど覚えてません。靴はワイン色ではなく、くつ下もピンクではありませんでした。
 程なく、合格通知が来ました。

ここから先は

1,788字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?