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鮫と喪失について
23日目(10月30日)
俺の相棒ワンサイド=シャークス。今日はこいつの紹介から始めたいと思う。興味ない人には退屈な話になるかもしれないが、俺はそんなことは知らん。知らんプリプリの助。こいつは「ビーダマン」というオモチャだ。分類は男児向けバトルホビーで、龍や動物をモチーフにした本体からビー玉を発射し、目標を撃ち抜く遊び方が主になる。性質としてはシューティングゲームに近いだろう。私が小学生の頃にアニメが放送されており、友達の間でもやってる人は少なくなかった。現在はもう商品展開はされていないが、一時期はおもちゃコーナーでかの「ベイブレード」と肩を並べて売られていたシリーズだ。今も一部では根強い人気を誇っている。
そのシリーズの初期に、私の愛機であり、唯一の相棒である「ワンサイド=シャークス」は発売された。鮫をモチーフにしており、ビー玉を連続で射出するのに秀でた機体だった。最大の特徴は独特なトリガーの形で、他の機体では難しい“片手持ち”ができる点にある。名前にある
“ワンサイド”とはそこから由来している。空いた片手でビー玉を補給しながら繰り出される連続発射は私の心を掴んで離さなかった。他にも、グレーで統一されたスマートな色彩、滑らかな曲線で構成されたフォルムなど、魅力を挙げれば止まらなくなる。それ程に私の相棒は素晴らしい機体だった。
しかし、新商品が次々に発売されていくと、それらに注目は集まりアニメでも活躍が減っていく。シリーズが続いていく為には以前よりも性能が良い商品を出さなければいけないのは当然のことで、特に対戦形式をとるバトルホビーはそれが顕著だった。今にしてみればしょうがない事なのだが、その時の私にはそれが堪らなく寂しかった。何より寂しかったのは、私自身がシャークスの性能の低さを認めつつあったことだ。小学生程度の技術では、新しい機体と初期に出た機体の性能差を埋めることはできなかった。最新機を手に入れた友達を羨ましく思ってしまう自分が、なんだかとても情けなく思えた。ごめんよシャークス。
「人間が犯す最大の罪は、忘れることだ」
この言葉が胸を傷ませる。シャークスと共に戦ったあの日々の情熱も、勝負に負けた日の胸の痛みも、あのどうしようもない情けなさも、俺は全部忘れてしまったのだろうか?
答えはNOだ。私はまだワンサイド=シャークスを捨ててない。こいつのトリガーを片手で握るたびに、何回でも思い出せる。何回忘れたって何回でも思い出せる。思うに、忘れてしまうことの罪悪とは、何を忘れたのか思い出すまで分からないことだ。忘れてしまった人間の胸にはかつて何かが在った空間だけが残る。それも時間と共に他の物で埋められていく。それは何より哀しい事だと思う。