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断末魔とメメントモリ
友達にいい話を聞いたので書きのこしておきます。語源辞典を眺めているときに見つけたおもしろ語源ばなし。
断末魔(断末摩)の語源について。構成要素を分解すると「末魔」を「断」つことで、末魔は体内にあって触ると死ぬとされた急所だそうです。
この末魔は「死節」や「死穴」とも意訳される梵語marmanの音訳で、ググってみると現在でもアーユルヴェーダの文脈では「ツボ」みたいな意味で使われているみたいです。このmarmanは語根mŗ「死」を名詞化した形らしいのですが(梵語はひとつもわかりません)、これがなんと印欧祖語の*mer-までさかのぼればラテン語moriorにつながるのです。
moriorは動詞「死ぬ」、不定形はmorī、メメントモリmementō morīのモリです(正確にはモリーと伸ばす)。死を忘れるな、という警句として聞きなじんでいるでしょう。さらにフランス語mourir、イタリア語morire、スペイン語morirなどに受け継がれます。メキシコの伝統文化「死者の日」はスペイン語でDía de los Muertosですが、このmuerto「死者」はmorirの過去分詞から派生した単語です。英語のmortal、immortalも同源。
moriorを使った有名なフレーズはほかにAvē imperātor, moritūrī tē salūtant.「ごきげんよう、皇帝閣下、死にゆく者たちがあなたに挨拶いたします」なんてのがあります。スエトニウス『ローマ皇帝伝』クラウディウス伝に見える言葉で、古代ローマの娯楽といえばでおなじみ剣闘士試合に臨む罪人たちが皇帝に向けて発した言葉です。「死にゆく者より敬礼を」。そう、SCP-1983ですね。
morituriはmoriorの未来分詞moritūrusの男性複数主格で、「死のうとしている人たちが」くらいの意味です。原文では見世物として死んでいく運命にある罪人たちが自分たちのことをあえて三人称(salutantは三人称複数現在形)で述べ、皇帝に向けて最後の挨拶を交わしています(これは助命嘆願のアピールであるととれます)。
「梵語由来のためさかのぼればヨーロッパ語と同源な日本語」シリーズ、探せばまだまだ見つかりそうです。今パッと思い浮かんだのでいうと「旦那」は喜捨とかお布施を意味する梵語dānaが由来で、これはラテン語dōnum「贈り物」やdōnō「贈る」と同源、さらにフランス語を通じて英語のdonation「寄付」につながります、とか。語源辞典ほしくなってきた。