どこにもない世界。どこでもない世界。
こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
「なんだ!これは?」
絵本作家であり彫刻家、民族学者でもあった土方久功(ひじかたひさかつ)の絵本「ぶたぶたくんのおかいもの」(福音館書店)を初めて読んだ時、わたしが発した一言です。
この驚きの感覚は・・・これまで出会ったことがない妙ちきりんなものに出会って驚いてしまったが、これはひょっとするとクセになるかもしれない、愛を持ってしまうかもしれない自分に対しての戸惑いが含まれた言葉でした。
まず、表紙の主人公ぶたぶたくんの姿が、結構リアルで生々しい豚なんです(可愛いキャラでもなく、デフォルメされてもいない)。
「きみたち、こぶたの ぶたぶたくんって しってる? この こぶたの ほんとうのなまえを しってるひとが いるのかしら?」
という疑問形で始まり・・・結局は、この子ブタくんは歩くときもそうでないときも小さな声で「ぶたぶたぶたぶた」とつぶやくクセがあるから、いつの間にか「ぶたぶたくん」というあだ名で呼ばれるようになった。
そのうちにお母さんまであだ名で呼ぶようになり、周囲も自分も「ぶたぶたくん」と呼んでいるうちに、ほんとうの名前を忘れてしまった。そして・・・
「ほかの なまえは なくなって しまったのさ」。
なんというおおらかさ!
なんてゆたかな世界観!
(この最初のページでわたしのハートはグイっと掴まれてしまったんです)
名前をつけられたその日から、人は少しずつ不自由になっていくもんだ・・・という作者・土方久功の想いが受け取れるよう。
絵本の内容は、この「ぶたぶたくん」がお母さんからお買い物を頼まれて、パンやさん、やおやさん、おかしやさんをまわり、途中で友だちのカラスとクマに出会って、一緒に帰って来る・・・だけのお話しです。
幼児向け絵本には同じようなストーリーのものがたくさんあるはず。
でも、この絵本はひと味違う。
生き物として関係性を重んじながら天真爛漫、心が自由すぎる子どもたち(どうぶつですが…)。
そしてそんな子どもの成長するパワーを受け止め、尊重し、包み込むように接する大人たち(こちらはどうぶつもにんげんもいます)。
なんだ?この世界は?理想郷?いや、桃源郷というべきか??と・・・絵本を閉じて息子たちと一緒にニカーっと笑うしかなかったのを憶えています。
「パンやの おじさんは にこにこ おじさん。」
にこにこして、ぶたぶたくんに言う。
「おつかいかい? かんしん かんしん・・・かんしんだから、いちばんの かおつきパンの じょうとうと あげよう」と、ちょっと見、モアイの石像みたいな「かおつきパン」を籠に入れてくれる。
ううん・・・シュールすぎる!
やおやのおねえさんはビビットな色のスーツを着てビーチサンダルを履いている。
このおねえさんは早口で・・・
「ぶたぶたくん、ひとりで きたの? えらいわね。 おつかいは なにと なにと なにと なに、きゃべつ きゅうり とまと ねぎ ばななに りんごに なつみかん あまい しょっぱい すっぱい にがい・・・」と言ったので、ぶたぶたくんの頭は混乱しぐるぐるまわりだす。
このあとカラスのかーこちゃんと一緒に、ゆっくり、ゆっくり喋るおばあさんのいるお菓子やさんへ。
もう、ぶっとんでいます(笑)
作者の土方久功は1900年(明治33年)7月東京小石川に生まれ。
父方も母方も男爵、伯爵という名家で、学習院初等科に入学。その後、東京美術学校(現、東京芸大)で学んだ、経済的にも文化的にも恵まれた家庭で育った人ですが、ちょっと変わった経歴をお持ちです。
昭和4年パラオに渡り、現地学校の図工教員として彫刻を教える傍ら、パラオ諸島の小さな島々を巡り、その土地の工芸品や民話の採収、調査なども行いました。
特筆すべきは、文字を持たないサテワヌ島で民話を採録しローマ字表記と日本語対訳を収録し「サテワヌ島民話」(1953年)として出版したこと。
パラオ諸島の口承伝承を本にまとめるとは!
小説家の中島敦とは友人関係。詩集を二冊刊行した詩人でもあった土方。
こうして経歴をみていると、「ぶたぶたくんのおかいもの」の天衣無縫さが理解できます。
それにしても、当時福音館書店の編集者だった松井直さんは、すぐれた審美眼をお持ちでしたねー。土方久功に絵本を依頼するなんざー。ほんとにすばらしい。
土方は福音館書店から計4冊の絵本を出版しています。どれも土方久功ワールドを堪能できる絵本たちなので、併せてどうぞ!
「日本のゴーギャン」と呼ばれた土方久功の絵も一見の価値ありデス。
どこにもない、どこでもない世界。
戦争に向かう暗い時代を知る土方久功は、いっときの夢想に子どもが心をゆだねる場所を作りたかったのかもしれません。
※土方久功の10年以上に及ぶパラオ滞在を含む1922年7月から1977年1月までの日記122冊、草稿やノート類などが閲覧できる国立民族学博物館のサイトがあります。
日記が特に面白いですよ。ご興味があれば・・・。