国連障害者権利委員会の脱施設化ガイドライン
はじめに
新しい成年後見制度を検討するにあたって、日本が批准している障害者権利条約との適合性が問題となる。
というのは、国連障害者権利委員会は、条約の解釈として、代行決定の全面的な廃止と支援付き意思決定への全面移行を求めているからである。
一方、障害者権利条約の履行・適合を考えるうえで重要な課題として「脱施設化」がある。
「脱施設化」というと、精神科病院への非自発的入院の廃止(または自発的入院を含んだ廃止)を指すと認識している人が多いように思われる。もちろん、これも重要な要素だが、脱施設化の射程はもっと広いものである。
国連障害者権利委員会は2022年9月、条約解釈の一環として脱施設化に関するガイドラインを公表している。
その内容は先鋭かつ苛烈なものであり、日本において履行が可能なのか、そもそも委員会の見解は条約解釈として適当なものなのか、議論が必要であると思われるが、そもそも内容があまり知られていない。
本稿ではガイドラインのうち、特徴的な箇所をピックアップして紹介する。取り上げ方が若干恣意的かもしれないが、影響の大きさに着目していることもあり、ご容赦いただきたい。
原文・日本語訳
日本障害者協議会による日本語訳
精神障害当事者会ポルケによる日本語訳
DPI日本会議による日本語抄訳
主な内容
数字はパラグラフを指す。※は筆者による補足。
本ガイドラインは、障害者権利条約第19条に関する一般的意見第5号(2017年)と、条約第14条に関するガイドライン(2015年)を補完するものである。(1)
施設収用は暴力の一形態である等、条約に違反するものである。(6)
規模・目的・特徴・利用期間にかかわらず、施設は決して条約に適合しない。(17)
あらゆる形態の施設収用を直ちに廃止し、施設の新規入所を直ちに停止しなければならない。(8,13など)
施設への投資、施設の改修は禁止されなければならない。(29,30)
地域支援体制やサービスの不足、法改正手続、総合計画の策定などを理由として、脱施設化を遅らせてはならない。(9)
廃止すべき施設の例示:
主なものとしては、社会福祉施設、精神科施設、長期滞在型病院、老人ホーム、中間施設、グループホームなど。(15)
このほか、デイケアセンター(28,77)、レスパイトケア提供のための施設(28)、孤児院・子ども村(44)などが挙げられている。
※中間施設は様々なものが考えられるが、高齢福祉の分野では介護老人保健施設(老健)などが該当すると思われる。
※グループホームは小規模なものも含め、ガイドラインの複数個所において条約に適合しないことが言及されている(28,43,44)。
※児童福祉については完全に専門外なので言及を避けるが、児童の代替的養護に関する指針(国連総会採択決議)なども参照いただきたい。子どもにとって、家族を基盤としないあらゆる居場所は「施設」にあたる。(43)
保護雇用・分離雇用(※就労継続支援などが該当すると思われる)は、条約違反である。(77,104)
障害のある人が施設での生活を選択することは(子どもも含め)認められない。(8,49)
※「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」において、本人の居住場所(自宅か入所か)について意思決定を試みる事例が紹介されているが、このようなアプローチは条約に違反していることになる。なおパラグラフ37も参照。施設を改修・改善したり、より制限の少ない代替肢を用意することは許されない。(20)
脱施設化の取組は、認知症の人など、障害のある高齢者も対象に含まれる。(52)
脱施設化のプロセスにおいて、家族の関与は、本人(成人の場合)の明示的な同意がある場合のみ許される。(38)
条約は、子どもの障害や親の障害に基づく親子分離を禁じている。(47)
法的能力に関する法改正(※後見制度を廃止し、支援付き意思決定の制度に移行すること)は、脱施設化と同時に直ちに実行されなければならない。(55,58。24も参照)
障害のある人が司法手続に参加できない、刑事責任を問われないとする規定を排除するために、刑法や手続法(※刑事訴訟法など)が改正されなければならない。(56。58も参照)
機能障害に基づいて自立生活の能力を評価することは、差別にあたる。(37)
サービス事業者、専門職団体、慈善団体、宗教団体、その他施設運営についての利害関係者が脱施設化に関する意思決定プロセスに影響を及ぼすことを防ぐべきである。(34)
人権侵害を行った者(※施設収用に関与した者を指すと思われる)には、新たなサービスを提供する資格が与えられるべきではない。(66)
施設の運営者や職員は、地域でケアの継続をしてはならない。(98)施設を退所する人に対し、日用品や金銭などの総合的な補償が提供されるべきである。(31)
※補償・経済的支援については、32や105なども参照。障害のある人が適切な生活を送れるよう、本人や親族に対して、経済的・社会的支援を行うべき。(38,89)
家族に対する支援は、どのような形であれ、本人の施設収容(短期であっても)につながってはならない。(38)
施設入所者に対して、賠償が行われなければならない。
※救済・賠償・補償について、一章(IX)が割かれている。ほか53,86,95など。障害に基づく施設収用などは、(国内法としても)犯罪である旨法制化すべきである(120)。
施設収用の実態や被害の全容を明らかにするために、真相究明委員会を設置すべきである(121)。
締約国は、暴力・虐待の加害者(※施設収用などに関わった者などを指すと思われる)を調査し、訴追する義務がある(123)。