飢餓海峡巡礼、天売、焼尻。2023/6/23
9時までといわれた朝食に降りていくとおむすびと味噌汁があった。梅干と塩こんぶ。これで充分。
予約のホワイトボードをみながら、けっこう埋まっているんですねなどとオーナーと話す。
『今日はどこかみてまわるの?』「いえ、小樽航路、学生時代からさんざん乗ってきているので」『食事は?』「上の息子が酪大附属の三愛で高校時代ウシやってて、今度は下のが恵迪寮だから、なにやかや札幌周辺にはよく来るんです。焦ってなにが食べたいというほどでも」『小樽もね、運河のほうは観光客めあての店ばかりで。もう地元の人間は敬遠するんですよ』「そうでしょうね」
小樽といってもここらは一般的な観光地ではない。沖に港のある南小樽から勝納川という小河川沿いに内陸に入り込んだ、山の手前。
「横浜市」の大部分がミナトヨコハマでないのと同様だ。泊りでもしなければ訪れることなかったろう街をぶらぶらと散策する。
「小河川沿い」というのが地目的に立地を促すのであろう。小工場がいくつか立ち並んでいる。いまの住まいの近所、古川沿いの白金1丁目2丁目あたり、軒先にキリコの詰まったドラム缶が並ぶような零細工場がぽつぽつと残っているのに似た風景。ただここは機械よりケミカル系のようでゴム長靴などをつくっているようだ。
運河としての機能もかつてはあったのだろう。石造りの蔵も遠望された。
短い夏を惜しむのか、手のひらほどの空き地にも花をつくるお宅が多い。
花を丹精している奥さんがいた。北海道には珍しいちょっと浅黒い目鼻立ちのはっきりしたお顔立ち。話しかけてみると台湾出身だという。茨城の神栖で結婚したダンナさんの実家がここで、数年前独居していた老父が脚を悪くしたので帰ってきた。「おとうさんは看取ったけれど、ダンナが『内地は暑い』とここから動かない。冬場の雪搔きがつらくて…」遊びにくる台湾のお友達は雪化粧に感動するけど、毎日雪搔きをしなければならない生活を目の当たりにして絶句するのだそうだ。
「今度友だちがしばらくこっちに遊びに来て、滞在期間中にディズニーもいきたいっていうリクエストなんだけど」というので、フライトは成田着LCCのほうがもちろん安い。ただ時間帯によっては空港近くでの前泊後泊を要する。あとディズニー近辺の公式ホテルはふつうに予約すると高い。リーズナブルな宿探すならそこから外れなければならないが、移動にはある程度土地鑑必要。台湾も日本もまあ島国だが、北海道だけでもざっくり台湾の倍くらいはあるわけで、国内移動がそう簡単ではないこと念押ししておくべき。などと旅のレクチャーをする。
わたしよりは若い、40代くらいだろう奥さんとのおしゃべりが半時。「泊まっているのはこの先の安田さんという民泊。外国人のお客さん多いようだからおうちがいっぱいのときはお部屋借りにいったらいいわきっと」などと別れを惜しむ。
機巧猫《からくりねこ》フル装備の大荷物、客先に顔を出せるギリギリの服装がキャリーの容量を圧迫して、パジャマ以外の着替が1組しかなく着たきり雀である。手持ち現金も、フェリーに乗ること考えて必要最小限だったから、少し積み増そう。小樽奥沢三郵便局のATMで現金をおろしていると、出荷の荷物を大量に積んだライトバンが横付けになる。羊羹らしい。小豆は北海道十勝だからなあ。
スーパーアークス奥沢店。アークスは北海道大手のスーパーでこの店も食品スーパーとしてはご近所さん相手の規模だが、2階に衣料品生活雑貨がある。「着替」を買い込んで宿に戻る。
汗をかわかすドライ系はすぐ肌がかゆくなってしまう体質ゆえ、こういう綿混のTシャツ&パンツがよいのだ。自宅近辺にこの手の店が皆無なのでうれしくなる。
PCをみると書籍の代金、着金確認の連絡がきていた。個人へはカード即時決済で販売しているものの、コーポレートカードはなし、立替払不可のこと少なくないので法人へは銀行振込での販売も受け付けている。前からご連絡をいただいていたこの会社様へは、既に梱包もしてあって投函するばかりの封筒として東京から持参してきていた。
その会社様というのがアイシン安城工場様。さきほどの町工場でみかけたパレットの会社である。小樽でなく苫小牧かもしれないが、いずれか海路を経てやってきたであろうパレット。その逆ルートで商品を発送するというこの偶然。
天神十字街のポストに投函してからまた宿に戻り、いくつかお問合せ対応をする。そう、今日は金曜、平日だ。夕方まで仕事したり、ちょっとうたたねをしたりで過ごしているとようやく下の息子からLINEが入る。
「大学終わったけど、シャワー室が満杯で足が洗えない」
足は宿についてから洗えばよい、といってもきかないのはいつものことなのでほっておく。なに、洗ったとてたいしてキレイになる足でもないのだ。
いつになったら小樽につくのかもわからないが、そろそろ宿をでてお出迎えにいくか。
天満宮下、が最寄のバス停だがその名のもととなったお宮はこれ、小樽天満宮である。
小高い丘の上の、ひとけのない空間。
丘を降りてふたたび天神十字路。小樽駅までバスで約15分。
小樽駅正面、長崎屋裏手あたりが商店街なのだが、活気がない。金曜の17時過ぎに閉まっているシャッターは開くことあるのだろうか…
ぐるりひとまわりをしたころようやく息子が小樽駅に到着するという。
薄暗い改札の前で待っている。あのロン毛?と思ったがオサレなダメージジーンズを履いていたのでひと違いとわかった。同じ編成から最後のほうに降りてきたのが息子である。
総じて世事に疎い下の息子、なんとか桑園から小樽までこられたことに安堵。捕獲。
連休には東京へ帰ってきていたので東松山までマヌルネコをみにいった。それからだから1ヵ月半ぶり。
会うなり「あのねー」とクマの話をしだす。「真駒内公園、クマがでたの。コワイネー」「創生川のとこにもでたの。コワイネー」「昔、ヒグマがヒト食べちゃったとこ、三毛別だっけ、あそこもでたって。コワイネー」
どんだけクマ好きなのと思うくらい、1時間に10回もクマの話を繰り返す。思うに彼は、ヒトでなんとかなるような問題であればまわりにいる誰かが助けてくれると信じているから別段コワくない。でもクマは、丸腰の人間だったら誰も敵わないからそれが怖ろしくてしかたないのだろう。
長崎屋の下のドンキでお酒とツマミを購入、夕食は宿の近くのらーめん屋「あっぱれ亭」であんかけ焼きそばにしてみる。
B級グルメとして小樽があんかけ焼きそばをフィーチャーしてきたのはここ10年くらい、とは宿の主のお話だった。横浜でのサンマーメンのようなものだろう。話のタネに食してみる。いわゆる中華のあんかけ焼きそばから中華のスパイスを抜いたようなお味だった。かなりボリューミー。
もともと2ベッドの個室だったから、あとひとり分の宿代を出すだけでベッドは確保されている。息子は「ネコちゃんと遊ぶ!」とたのしみにしてきていたのに、風呂も入らずあっという間に寝てしまっていた。昼間の大学、彼は彼なりに精一杯やっているのだろう。「宿題ってやらなくちゃいけないんだ」と気づいたのがこの1年くらいのことだから、ひとさまからみればなにほどのことなくとも。
イヌ1匹、ネコ2匹を飼いながら相当キレイ好きなこのお宅、水回りのお掃除も丁寧だ。ぬるめの風呂に手足をのばし、明日以降の行程に思いを巡らす。
〈続〉
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