ラジオを得てからの話。
ラジオという新たな楽しみを得てから生きる糧が出来た。
その頃は本当に毎日死にたいと思いながら生きていた。
死にたいというよりは今日このまま寝て、ずっと起きなければ良いのになって本当に思ってた。
なぜテレビを捨てたかというと、現実を見たくなかった。
2011年3月11日に東日本大震災が起きて自分の中の倫理とか色々なものがおかしくなった。
おかしくなったというか色々気付いたのかな。
バンドでメシも食えないままずっと音楽を続けていて、続けてる意味とか意義がよくわからなくなってた。
よくわからないんだけどいま辞めたらそれこそどうなっちゃうんだって。
その時まわりの尊敬するバンドマンたちは自ら動いて被災地を救援物資を配って回る。
しかも「音楽で腹は膨れない」って自ら言ってた。
この人たちがこんな事言ってるのにオレは何やってんだって。
オレの人生って本当に意味ねーなって本気で思ってた。
その人たちは「音楽で腹は膨れない」けど「絶対に必要なものだ」とも言っていて、でもそこまでその時のオレは理解出来てなかった。
そんな余裕はないよ、だって自分の事だけ、自身のバンドのことだけで必死だもん。
その時に救われたのが2011年4月から始まった「菊地成孔の粋な夜電波」
絶望すら笑い飛ばす、いま考えたらそれなりに地獄を見てきた人の境地。
オレはオレなりにバンドという地獄を潜り抜けて今があります。
やりたいことをやり続けようとして途中で諦めざるを得なかった人間の挫折と絶望は本当にすごいと思う。
オレはそこからちゃんと這い上がって、それなりに人間としてやれてる。
あの頃に比べたら今のプレッシャーなんて屁でもない。
と、思える時もあるけどやっぱり今も怖い時はある。
まあそれが人生でしょう。
どうせ勝手に死ぬんだしそれまではバリバリやってやろうって日々生きてる。