おおたさんの話 #05
あかるい夜空に月が出ていて、かすんだ雲が白く透きとおって見えました。風のほとんどない、しずかな夜の海に、月の白いあかりが落ちていました。
きのうから、満月があけた夜でした。
わたしは犬を連れて海沿いの道を歩いていました。
車道をいく車のなかに、クラクションを軽く鳴す車がありました。
あれは知り合いの車だったか、そうではなかったか──ひとりで危ないとか、夜道だから気をつけろとか、こちらを心配に思い、わざわざ鳴らしてくれたのかもしれません。
けれど、だれも、わたしがなにを思って歩いているか、知るはずもないでしょう。
楽しいとか、嬉しいとか、そういう思いからではありませんでした。悲しんだり、泣いたりもしたくはありませんでした。犬を連れて、わたしは砂浜におりていきました。上の来た道を車のヘッドライトが過ぎていきました。犬が砂浜の先をとって歩いてくれました。
潮が満ちた砂浜を、あともうすこし先まで歩いたらかえろうと思いました。
けれど、はじめのうちは、犬を連れてもさみしい思いがありました。ついに、まだ来てほしくない知らせの方が先に来てしまいました。早くに決まった自分の死期を目のまえにして、長く、長く闘病をつづけていた年下のまだ若い友人が亡くなりました。残された母親と、奥さんと、息子さん、娘さんを思うと胸が詰まり、悲しくなります。砂浜の先をいくわたしの犬も、一度だけになりましたが、ここで友人と散歩をしたことがありました。こちらを何度かふり返ることはあっても、気づかない様子で先をいく後ろについて、砂浜を歩くわたしは、それでも気持ちがすこし楽になりました。これを隙間といったらいいのか、閉じた円のかたちで、ぽっかりと空いてしまった、穴みたいなものはありました。
左手の、凪いだ夜の三浦の海に月のあかりがひろがっていました。満月があけて、月はふたたび欠けはじめていました。