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その32 モチベーション理論と心理学
人間性心理学
辞書によると「動機を与えること」、「動機付け」(広辞苑 5版.新村 出.)とあります。心理学の領域では、それまでの行動主義心理学(刺激と反応)や精神分析(無意識やリビドー)で考慮されていなかった能動主体としての人のこころの働きが注目されるようになりました。それは1960年代に入ってから盛んになり人間性心理学と呼ばれます。
主体としての人を「成長を望む存在としてとらえる」ものです。アブラハム・マズロー(米.1908-1970.心理学者)は「人間は生まれながらにしてより成長しよう、自分の持てるものを最高に発揮しようという自己実現の動機付けを持つ存在」として欲求5段階説を唱えます。
また、もう一人の代表的存在としてのカール・ロジャーズ(米.1902-1987.臨床心理学者)は、最も根源的な唯一の動機として「生命体が自らをよりよく実現していこうとする潜在的な力(実現傾向)」を指摘し、相談者自身の力が発揮できるように支援することを治療の中心に据えました。
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マズローの欲求5段階説をさらに動機づけ要因と衛生要因(二要因理論)に分けて説明したのがフレデリック・ハーズバーグ(米.1923-2000.臨床心理学者)です。動機づけ要因(モチベーター)とは承認・達成感・成長の実感、仕事そのもの、責任のある仕事など満足感との関係が強い要素です。一方、賃金、労働条件、職場の人間関係、監督の仕方、会社の方針などを衛生要因(ハイジーン・ファクター)と分類して、これらが満たされないと不満足感が増加するが、満足感が上がることはない、としました。退職理由の多くがこの衛生要因によるもの、つまり待遇・人間関係の不満やいわゆるマネジメントの劣化を解消していくことが組織を維持するための課題になるということです。
内部、外部の会議やコミュニティに参加して必ず話題になる、あるいは課題としてとらえられているのがこのマネジメントの劣化対策です。この部分はまた別の機会にお話しできればと思います。
マズローの欲求5段階説でいうところの中・下位(生理的欲求、安全の欲求、愛と所属の欲求の一部)が衛生要因に該当し、中位から上位(愛と所属の欲求、承認欲求、自己実現欲求)が動機づけ要因に該当します。
このように、モチベーション理論における欲求論的アプローチの代表的な理論は1960年代から人間性心理学を背景として研究が深まっていきました。そのほかにも欲求論的アプローチの中には、X,Y理論(ダグラス・マグレガー.「企業の人間的側面」.1970.)、欲求3段階説(クレイトン・アルダーファー)などがあります。
私たちは先達のこういった研究を学んで、心の在り様や構造を知ることで現在位置を知り、たどり着きたい場所を選んで自らを変えていくことが出来るのではないかと思います。
外発的動機付けと内発的動機付け
外発的動機付けと内発的動機付けの両方の視点を取り入れて統合したのが自己決定理論(2002. エドワード・デシ(米.心理学者)、リチャード・ライアン(米.心理学者))です。教育心理学の領域でも基礎的な視点として活用されている理論です。(引用 OUJ.心理学概論. 第7章 教育心理学より)
それまでは二項対立的であった外発的動機付けと内発動機づけは、外的報酬や罰によって動機づけられる、あるいは、内在する知的好奇心や有能への欲求によって発露する動機づけとされて、別の文脈として扱われていました。しかし、この自己決定理論によって人の心の動き(自己決定)を軸にその強さ(高さ)、弱さ(低さ)の違いと捉えることで統合するに至りました。
外的調整(外的動機づけ):学習することに意義は認めておらず、他者からの賞罰などによって学習する(他発的、他律的)
取り入れ的調整:他者からの明確な働きかけはないが、学習しないことへの不安や学習藺生への義務感など、他者からの統制感を伴い学習する
同一化的調整:学数することが面白かったり、楽しかったりするわけではないが、学習すること自体には価値を認めて学習する
内的調整(内的動機づけ):学習することが興味の対象になっており、面白さや楽しさといった感情を伴って学習する(自発的、自律的)
教育心理学では動機づけの最良で効果的な領域としての「内的調整」を実現するために、経験的学習などによる気づきの機会づくり、関心・興味領域の引き出し自己決定(判断)することが有効であるとされています。
私たちキャリアコンサルタントは第一に皆さん自身がどのような価値観を持ち、物事に関心を持っているかを傾聴という技法で伺っていきます。第二のステップとして準備しているアセスメントツールには人生設計や職業に対する興味・関心を確認するものも含まれています。これらのステップは内的動機づけに近づいていただくためのプロセスとして、「キャリアコンサルティング実施のために必要な能力体系」の中でも記述されます。
このようにキャリアコンサルティングは心理学の知見を活用するものが多く、逆に臨床心理学の領域では、キャリアコンサルタントによる支援が事例として引用されることもあります。
私たちキャリアコンサルタントが心理学の片鱗を学び実践(臨床)的なキャリア支援に活用する姿もご理解いただけたのではないかと思います。
参考図書
新版キャリアの心理学[第二版].渡辺三枝子編著.ナカニシヤ出版. 2018.
キャリアコンサルティング理論と実際(5版).木村周.2018.
心理学概論. 第7章教育心理学 森津多子・向田久美子. OUJ教材.2024.
中高年の心理臨床.第7章定年退職にかかわる心理臨床 宇都宮博・大川一郎. OUJ教材.2020.
キャリア理論化・心理学者77人の人物で学ぶキャリア理論.渡部昌平.福村出版株式会社.2022.
いかがでしたでしょうか、前回までの「キャリアコンサルティング実施のために必要な能力体系」をうけて、キャリアコンサルティングの理論背景の説明をしていこうと考えています。モチベーション理論は、その多くが一般的なこころの在り様を心理学の知見を活用してひも解いています。この先は認知や発達、キャリアなどのテーマでお話していきたいと考えております。
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