見出し画像

俳文「副菜の呪い」

独り言をする癖は子どもの頃からあったし、自覚もある。確か小学生の卒業アルバムに、自分でそのように書いていた。きょうだいがいなくて一人遊びをしているせいで、独り言を言うのだという指摘はごもっとも。しかし、想像上の遊び相手と話をするよりも、自分の思い付きに対して客観的な批評を加えるとか、本や漫画やテレビや映画の中の気に入ったフレーズを、言い回しを工夫しながら再現するとか、妙に手の込んだことばかり言っていた気がする。そんな独り言は今でもよくしているが、それよりも多いのが、朝昼晩の献立をどうするかという独り言だ。

よしながふみの『きのう何食べた?』は、弁護士の筧史郎と美容師の矢吹賢二というゲイのカップルと、その2人を取り巻く人々を、食べ物を通じて、おもしろおかしく描いた漫画である。2人の食事を作るのは主に史郎の役割で、事務所の行き帰りの電車で、買い物をしているスーパーマーケットで、もちろん料理をしている最中にも、頭の中でその日の献立を逐一シミュレートしている。もしかしたら、知らず知らずのうちに筧史郎から影響を受けているのかもしれないが、私はこれとほぼ同じことを、頭の中で行うだけではなく、実際に口に出しているのである。

また筧史郎には、献立を考えるときに、副菜を2つ作らないと気が済まないと言うところがある。それは作者曰く、「副菜好きな人間には何かあと一品作らねばという呪いがかかっている」ためなのだそうだ。この一言を目にした時、世の中には似たような宿命を負っている人がいるのだと嘆息した。この呪いのせいで、ふだんの献立を考える難易度がちょっと高くなる。副菜もさることながら、『きのう何食べた?』には多くのことを教わっている。この漫画を通じて、クリームシチューにケチャップライスを合わせるという技を知った時、己の不明をはげしく恥じたものである。

そんなことを言っているうちに、そろそろ晩の献立を決める時間になってきた。きのうは七種粥だったから、少しは食べ応えのあるものにしてもいいだろう。だが、肉はあしたの安売りで買うつもりだから、肉なしでボリュームを出すには、厚揚げを使えば良いかな……。

 だんどりをつぶやきながら寒厨 俄風

いいなと思ったら応援しよう!

大瀨俄風
お気に召すことがあったら、チップをお願いいたします。次回の記事執筆のため、有効に使いたいと思います。