いつでも待ってるよ/烏龍水
「いつでも待ってるよ。」
そう言った男の周りには瓶やら棚やらたくさん並んでいた。その有り様は一見駄菓子屋にも見えなくないが、よくよく見ると中身はお菓子ではないし、それらの統一性は皆無。
瓶には大きな真紅の花や色とりどりの飴玉、壁には変な格好の犬のポスター。背表紙の高さがバラバラなまま陳列された本の中には、よく知られた児童書もあり、なぜかその上にティアラが置かれていた。
無造作すぎて不快に感じるはずなのに、なぜか、私には居心地がよかった。いや、良すぎた。
「私を待ってるの。」
「他に誰がいるんだい。」
そう聞かれるとそうだ。ここには私以外の人間は来ない。
「たしかに。」
そういうと、男はうなずいた。そして、色が禿げた火鉢に炭を足す。
パチリと、炎が爆ぜた。
脳裏にまで煌めいたその火の粉を、私は知っている。
その火鉢はもういない祖父が使っていたもので、よく餅を焼いてくれて、それを隣に座って待っていた。
そういえば、あの飴玉。もう製造が終わっちゃったけれど、中学生の時好きだったやつだ。
学校に行く時、こっそり舐めていったっけ。
あ、あの本。私、あれに出てくるお菓子作ってみたかったんだよね。あの本、実家に置きっぱなしか。
ポスターの犬!ジョンにそっくり!そう思って買っちゃったんだ。画鋲で留めたら、壁に傷をつけるなってママに怒られたな。
瓶詰めの花は、彼氏からバレンタインのお返しで貰ったやつ。公園とかレストランで渡さず、私のアパートの階段でいきなり渡してきたんだよな。そういうよくわからなかったとこ、好きなんだよなぁ。「僕のお姫様」とか似合わないこと言って、おもちゃのティアラを被せてきたりしたあの人。
そうだ。これは、私の、私を形作るもの。
「いつでも待ってる。」
「わからなくなったら、またおいで。」
微笑むその男は、初恋の彼にも、亡き祖父にも似ていた。
「おい、聞いているのか!!」
目の前で小太りの、上司という名の中年男が私に吠えている。
キーボードを打つ音、電話口で謝り倒す声、怒鳴り声に迷惑そうな視線。
そういえば、彼と会ったのは、家族とご飯を食べたのは一体いつだろう。
揺れた指に触れる安いスーツの生地が、ひどく気持ち悪かった。
お題はhttps://xn--t8jz542a.com/randomall/からお借りしました
お題「もの思いにふける」「波間のきらめき」「いつまでも待ってるよ」
この作品はpixivよりお引越ししたものです。初出は下記になります。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19960171