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※前回:「【回顧と決意編】心筋梗塞・体験記(2)」はこちらから。 

移動するベッドが、手術を行う「カテーテル室」に到着した。
部屋は全体がクリーム色だ。

ベッドの上から、目だけを左右に動かし様子をうかがう。
室内には多くの人たちの気配がする。
医師やレントゲン技師、看護師など、6〜8名くらいが立ち会っているのかも知れない。

時刻は午前2時半くらいだろうか。
このような時間の急患に対し、多くの医師たちが関わってくれている。
感謝の気持ちもあるが、それ以上に驚きがある。
これが医療従事者の日常なのか。
長年会社員だった私には、想像ができなかった世界だ。
頭が下がった。

「大木さん、よろしくお願いします」
担当する男性医師から挨拶と説明があった。
右手首からカテーテルの管を入れ、それを心臓まで伸ばし、検査をする。
痛みはない。
そんな話だった。

まずは手首に麻酔のための注射を打つ。
ピリっとした小さな痛みが脳に伝わる。
麻酔が効いたことを確認し、いよいよカテーテルを挿入。
異物が体に入る。
見るのが怖い。目を閉じた。
手術の様子は、触覚と聴覚が教えてくれるだろう。

手首に何かが挿入されている。
それが血管を通り、腕や脇へと伸びていく。
次々に何かが入り込んでくる。
体の奥へ、細い塊のようなものがどんどんと送り込まれてくる。
強い痛みはない。
しかし決して気持ちの良いものではない。

手術の開始から30分が経過した。
「どうだ」
「まだです」
「この辺を拡大できないか」
男性同士の会話が聞こえる。
どうやら患部を探しているらしい。
目を開けると、胸の前にレントゲンのカメラのようなものがクネクネと動いている。
中と外から、心臓の状態を確認しているのだろう。

私は救急車で運び込まれた、救急搬送の患者になる。
正しい病状も患部も、その重症度もわからない。
患部も一つだけとは限らない。

このような状況の中、医師たちは探るように検査と確認を行なうことになる。
しかも私には心筋梗塞の疑いがある。
心臓の血管の血流が止まる病。
時間の経過とともに、心臓が壊死する可能性が高まっていく。
検査と治療は、時間との戦いになるのだ。

「ああ、ここか」
しばらくした後、声があがる。
続いて、医師間の小声での会話が耳に届く。
その言葉に意識を集中する。
「大木さん」
突然耳の近くで声がする。
目を開けるとゴーグルをかけた女性の姿。
搬送された際、私に説明をしてくれた医師だ。

「大木さん、やはり心筋梗塞でした」
覚悟はしていたが、重い宣告。
思考が止まる。
「血流が止まった血管を金属で広げる処置、行ってもよいですね」
この状態では、はいと言うしかないだろう。

私の胸の痛みは、心筋梗塞だった。
しかも医師たちの会話を聞く限り、症状は軽くはないようだ。
頭の中が白くなる。

もうここからは、すべてをゆだねるしかない。
医師を信じ、自分の運命を信じ、自分ではない何かに自分のすべてをまかせるしかない。

脱力しながらも、生きるんだという決意を心の中で何度も唱える。
胸の中で何かが動く。
まさに今、心臓の血管に金属を取りつけているのかもしれない。

「大木さん、がんばって。深呼吸して」
男性医師からの声が届く。
心拍が弱っているのか。
確かに意識が、弱く細くなっている。
それに抗うように、私は大きく息を吸う。
胸が膨らみ、わずかに気力も戻る気がした。

果てしなく続くように感じる心臓への手術。
この動きはもう止めることができない。
取り付けられた金属と、これから一生過ごしていかなくてはならない。
このことが原因で、この先何があるかわからない。

諦めの気持ち。
悔しさ。
そして生きたいという思い。
それらが自分の中で反発と融和を繰り返す。

思い出すのは家族の顔。
妻と息子。
父と母、そして妹。
決して仲のよい家族とは言えない。
しかし家族の存在が、今は明らかに私を支え、生きる目的となっていた。

「終わりました。お疲れ様でした。成功ですよ」
男性医師から声をかけられた。

「心臓の重要な血管の一つが、完全に詰まっていました。ここですぐに処置をしていなければ、命を落としていたと思います。よかったです」
そんな声もかけられた。

成功という言葉が、素直にうれしい。
一方で、自分の体は、想像以上に余談を許さない状況だったことを知る。
救急車を呼ばなかったら、手術の同意をしなかったら、命はなかった。

目をあける。
照明の白い光が目に入る。
ひとまず命は救われた。
次に命がつながった。

手術を終えた私は、手術用のベッドから入院用のベッドへ移し替えられた。
その後ベッドは集中治療室へと移動する。
廊下の時計の針は、4時半近くを指していた。
手術の時間は2時間近くかかったことになる。

手術は終わった。
しかし安心はできない。
胸への違和感はまだある。
ここからは治療での時間が待っている。
格闘はまだ続きそうだ。

「【集中治療室(CCU)編】心筋梗塞・体験記(4)」へと続く。


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