羊ヶ丘さんちのオオカミ怪人⑨
「う~ん……」
休日の昼間。
私はソファを背もたれにして床に座り、スマホの画面を見ながら唸っていた。ファッション通販サイトで、ウルフガルムの服を買うためだ。
ウルフガルムの現在のワードローブは、彼が星明町に現れた時から着ている戦闘服と、私がとりあえず用意した人間に擬態して外出するとき用の2セット。催促されないので、着るものには困ってないんだろう。
ちらり、と後ろのソファに寝転がってお昼寝中の彼に目を遣る。
戦闘服も外出用も洗濯してしまっているせいで、ウルフガルムは今、生まれたままの姿だ。
うちのソファに大きなオオカミが横になっている、と言えばそれまでなんだけど。彼が4足歩行の獣ではなく獣人もとい怪人だと知っている私としては、非常に目のやり場に困る。
彼曰く、シャドウオーダーに居た時から、替えの戦闘服が無いときには自室でそうしていたらしい。人間から見たら動物と変わらない、って言われたけど、そういう問題じゃない!
私、そのたびに飛びつきたい衝動を抑えるの、大変なんですけど!?!?
無防備なところに突然抱き着いてモフモフしたら、絶対怒るじゃん……ということで、私の理性が無くなる前に彼のワードローブを増やすことにしたのだ。
それに、せっかくなので(?)いろんな服装の獣人を見てみたい。
「うぅーん……」
画面をスクロールしてはタッチし、タッチしてはスクロールしを繰り返す。
端から端まで全部購入! と言いたいところだけど、平凡な会社員の私が趣味で使えるお金は限られている。今月はとりあえず一式買って、毎月少しずつアイテムを増やしていこうと考えている。
すでに持っている外出用のひと揃いは、白いTシャツに黒いレザージャケット、黒いスラックスパンツとサンダル。それに組み合わせられるものが良いだろう。
足元は、ウルフガルムが絶対に靴下を履きたくないって言ってたから、今回追加しないとして。
パーカーにハーフパンツとか、カジュアルなのが良いかな? それとも、黒いTシャツとデニムにテーラードジャケットなんかも有り?
テーラードといえば、私、以前スーツ姿のケモノキャラクターにもハマってたことがあったっけ。ウルフガルムは体格がいいから、オスみが強くてスーツも似合いそう……ハッ! 白衣とかどうだろう!? もうこれはコスプレの域だから外には着ていけないだろうけど……1着くらいあってもいいかもしれない。
「うぅぅぅぅん……!」
「さっきからウンウンうるせぇな。腹痛ぇなら、さっさとトイレ行け」
真後ろから辛辣なええ声がして、私は我に返った。
「ごめん、起こしちゃった?」
「てめぇがうるせぇからな」
「ごめんね。別にお腹は痛くないんだけど、さ」
頭を支えるように左手を当て、ソファに肘をついて横向きに寝相を変えたウルフガルムに、スマホの画面を見せる。
「ウルフガルムに服を買いたいの。どんなのが良い?」
「あ? いらねぇよ」
「せっかく一緒に暮らし始めたんだし、もっといろんなウルフガルムが見たいんだよ」
「面倒くせえ女だな」
「ウルフガルムも、いつも同じ服じゃ嫌かなー? って」
「戦闘服以外は、着られりゃなんでもいい」
ウルフガルムはうんざりした顔をすると寝返りを打ち、ソファの背もたれの方を向いてしまった。私はつの口をしながらウルフガルムの背中を見つめる。
「……わかった。じゃあ、好きに選んでいいの?」
「勝手にしろ」
「ホントに? スーツとか選んじゃうよ?」
「はぁ!?」
ウルフガルムが首だけこちらに向けて、ぎょっとした顔で私を見た。
「正直、白衣もアリだなって思ってる」
「やめろ」
「え、なんで?」
「てめぇは俺をなんだと思ってんだ。俺は医者じゃねぇぞ!」
吊り上がった目をさらに吊り上げ、ソファから起き上がってきて私に詰め寄ってくる。
「べつに、外に着ていってほしいんじゃなくて。うちで、今日みたいに洗濯が間に合わないときに一枚でサラッと羽織ればいいんだよ。ねっ?」
「ねっ? じゃねぇわ! そんな変態みてぇな恰好しねぇぞコラ」
ウルフガルムは眉間の皺を2本から4本に増やしながら唸った。
全身がモフモフの毛で覆われているとはいえ、今まさに着衣無しで言う台詞ではないと思うんだけどな……と思いながら苦笑していると、私の中に名案が降ってきた。
「あっ。それならバスローブは???」
「……てめぇは俺を辱める案しか出せねぇのか?」
「だって、バスローブなら今みたいにリラックスする時に着るものだし、すぐに羽織れるでしょ?」
「なんで俺がバスローブ姿でくつろがなきゃならねぇんだ! そもそもアレは濡れた体に着るもんだろうが」
なんと実用的な御指摘。ちょっとびっくりしながらも、私は一歩も引かずに返す。
「いいじゃん、セクシーで」
「ふざけんな! 何が楽しくて悪趣味な恰好しなきゃならねぇんだ!」
「悪趣味って。バスローブ姿のウルフガルムに夢見てるひともいるんだから、そんな言い方しなくても」
「そりゃドコのどいつだ? あ? 言ってみろコラ」
ウルフガルムの尻尾が私の左後頭部をバシン、バシン、と叩いてくる。圧をかけているつもりなんだろうけど、私にはご褒美でしかない。
私は顔の真横まで指先を揃えた右手を挙げ、誇らしげに答えた。
「私です」
「だろうな!!」
ウルフガルムは毛並みを一気に逆立てて、私の挙げた右手をなかなかの勢いで叩き落とした。痛い。
「貸せ!」
「あ」
突然、ウルフガルムが私の手からスマホを取り上げた。
「ちょっと、何するの?」
「俺が選ぶ。てめぇに任せたら、とんでもねぇことになるのがよく分かった」
そう言いながら、ウルフガルムはスマホの画面をちゃちゃっと操作し始めた。
私は彼から視線を外し、バレないようにこっそり笑みを浮かべる。
「わかった。ウルフガルムのセンスに期待してるね」
しばらくして、スマホで肩を叩かれた。
「ほらよ」
受け取って画面を見ると、シンプルで実用的なデザインの服ばかりがカートに入っていた。どのアイテムも2、3種類ずつ選んである。
「あとはてめぇで取捨選択しろ」
「うん、分かった! ありがとう、ウルフガルム」
非常に選びやすくなったことで、思わずニッコリ笑ってお礼を言う。
すると、ウルフガルムはパチパチと目を瞬いたあとに視線をそらし、再びこちらに背を向けてソファへ横になった。
「変なモン、追加すんじゃねぇぞ」
という釘刺しは、なぜかいつもより柔らかな声色に聞こえた気がした。
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