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宝石の国とスターレッド
(宝石の国を未読の方は読まない方がいいですよ)
「宝石の国」(市川春子 講談社)は現時点で105話まで連載が進んでます。巷の予想だと108話で完結らしいので、多分あと3話で終わるのでしょう
今は地上に残された生き物は、フォスと兄機と石たちという状況になってます。石は岩石生命体(!)ということで、宝石たちと違って手も足も口もありません。輝いてもいません。本当にただの石ころです。作者の市川春子さんは、すべてが救われる極楽浄土ですら宝石は装飾品という扱いしかされない……ということで、「宝石の国」を思いついたそうで、この発想がもう尋常ではないのですが……
金剛と兄機を作った博士が
生命として数えられず 初めから従者のように 一方的に利用され続けた無機体のための世界が来る (中略) あなたを残すことであなた方による 新しい世界へ橋をかける 真に美しい合理の世界へ
と金剛に語りかけるシーンがあり、現在は満を持して、ただの石ころたちの世界を描いているということなのでしょう
すべての元素、すべての原子・分子は皆平等であるという思想でもお持ちなのでしょうか!
で、この石くんたち、実に心が清らかなんですよ。フォスが石くんに
まずは動けるようにしてさしあげましょう
と言っても
君とはちがうかもしれないけど問題ないよ
と断り、それではと、フォスが
では私と同じ視界は如何です 土星の小惑星も正確に数えられます
と申し出ても
いやいや大丈夫 君のことは感じられるし 今の眺めは好きなんだ
と断るという、まるで「金の斧銀の斧」に出てくる善良なきこりのようです
しばらくして、フォスが石くんに
あなたは何を幸せと思いますか?
と尋ねると
僕の思う幸せはねえ みんなの幸せ
と答えます。これ、語ってるのが石でなければ、大人や教師に言わされているかあるいは何かの宗教かと思ってしまうところですが、石が言っているのでかえって違和感を覚えません。
なぜ石たちがこんなに美しい心を持っているかというと、彼らには「人間」の要素が一切ないから……ということになってます。そこでフォスは人間要素の根絶をめざします
一方「スターレッド」のペーブマンの台詞です
いったい あの火星人たちが火星でどう生活してるか知ってますか! おそらくは原始に近い生活ですよ! なにもない!ないとこで十分生きられる!ということは あれ以上進化したり発展したり発明したりすることがないということですよ! たとえばあの目! 視力はゼロ――超感覚でものをとらえてる――てことは あの目はぜんぜん必要ないわけでしょう 念動力があるのなら 指や手がなくったってかまわないってこっちゃないですか? テレポートができるんだから足だっていらない! テレパシーがあるんだ 声帯はいらない そうそう言葉もいらない そのうち 鼻も口も耳もいらなくなる
岩みたいになって転がってるってのはどうです! 考えてるだけ―それすら不要になる―生きることすら不必要になってしまう! これが退化でなくてなんです? わたしはね アン・ジュ女史 何十億年もかけて海の中の小さな有機体から進化した この人間の姿こそが霊長類の一番美しい姿だ―という進化説に賛成しますな! 人間以外のものがこの宇宙の支配者であってはならんのです 人間がみんな岩みたいになって なんにもやることがなくなってしまうのが未来だとは思えませんな!
実にツッコミどころだらけの強弁です。こんな独りよがりの主張に衝撃を受けているアン・ジュもどうかと思うのですが、そこは置くとして、「宝石の国」の描写が、ことごとく、ペーブマンに対する反論となっているのは、ただの偶然にしては出来すぎのように思えてなりません
【スターレッド】
・「小さな有機体から進化した人間」は霊長類の一番美しい姿
・人間以外のものが宇宙の支配者であってはいけない
・人間が岩みたいになってなんにもやることがなくなる未来を否定
【宝石の国】
・「無機体のための世界」は「真に美しい合理の世界」
・人間とは「同時代はおろか最近に至るまでこの星の全ての生命に悪影響を及ぼした奴ら」だと兄機が語る
・フォスは博士の願いを受け入れ、「人間の完全なる根絶」をめざす
・岩石生命体の石くんたちは、心が満ち足りていて、いつも楽しそう
「宝石の国」の作者の市川春子さんは、「このマンガがすごい! WEB」のインタビューで、中学で萩尾さんの作品を読んだと語っているのですが、だとしたら「スターレッド」も読まれたかもしれません。もし読んでいたなら、極楽浄土の宝石にすら心を寄せる市川春子さんが「岩のなにが悪いんだろうか?」って考えることはとても自然だと思うんですよ。「人間も岩石もみな平等!」などという高邁な精神?を持ち合わせていない私だって、「べつに岩でもいいのでは?意味が解らないんですけど~」って思ったくらい、このペーブマンの主張は読者をモヤモヤさせるのです
ということで、市川春子さんは「スターレッド」のペーブマンを意識して、「宝石の国」の一部を描いたのかもしれないというのが、私の妄想です
もっとも、市川春子さん自身は、人間はダメダメな生物で、人間要素のない生物こそが至高!と「宝石の国」で主張したかったわけではないでしょう。
永い時という視点では、人間も宝石も石でさえも、みな、区別する意味もなく、ただただ「同じ」ということなんだと思います