短編小説:「日課表・2」
妻が、家事がひと段落したようだ。食洗器の扉を閉める音がした。
しかも、僕の様子を見ている。僕はそれに気が付かないふりをして、本を読み続けた。
妻は、コーヒーを飲みたいのか?僕に話しかけるタイミングを見計らっているのかな?
なんだか、じっと見られているから、本に集中出来なくなってきた。
だからといって、立ち上がると、ソファーの僕の隣で寝ている猫のダイを起してしまうし。身動きが取りにくいな。ダイは、いつものように、片足だけ僕にくっつけているから、動いたら直ぐに起きてしまうだろう。
そんな事を考えていたら、妻がこちらにやって来た。
妻が来ると、ダイは起き上がって、妻がソファーに座ったとたんに、妻の上に乗って甘えた。
いつもの事ながら、少しばかり嫉妬してしまう。
いつもトイレ掃除をしているのは、僕なのに。ケージの掃除もしているし、ご飯を買っているのは僕なのに。
丁度、そのタイミングで、娘がリビングに来て、
「ねえ、ママ。4年生の授業の予定を一緒に決めてくれない?先生が、ホゴシャと一緒に決めてくださいって言っていたから」
と言って、さっきまでダイが寝ていたソファーの真ん中に座って、学校用のタブレット端末を妻に見せた。
妻は、
「ママは、こういうのが苦手だから、パパも一緒に考えて貰おうね」
と言って娘に促した。娘はタブレット端末の画面を、僕に見せてくれた。
「どれどれ?」
と言いながら、僕は画面の中の情報を理解しようと思い、画面をよく見た。
(ずっと若い頃の教習所の予約画面みたいだ)
と思い、
「なんだか、昔の教習所の学科教習の予約を取る画面に似ているね」
と言った。
妻も娘も、ピンとこない様子だった。
タブレット端末の画面の中には、『国語1』と『国語2』という項目のみが、色が濃くなって強調されて、月曜日から日曜日の時間割の表の中にランダムに表示されていた。
僕が試しに『国語2』を押そうとしたところで、娘が、
「ああ、国語は『1』の方にするの」
と言って、タブレット画面の中に表示されているボタンの1つを押した。
すると、時間割の表の中で、『国語1』と書かれた複数のボタンが一斉に色が濃くなった。
僕は、思わず、
「へぇ~!」
と声をあげてしまった。
少し時間を空けて、また更に、画面が変化した。
時間割の表の上に、赤い文字で『次に、算数の時間を選びましょう』と書かれていた。そして、時間割の表の中には、『算数1』、『算数2』というボタンが表示された。
なるほど、恐らく、『1』と『2』で担当の教科担任の先生が違うのかな?
僕が子供の頃は、もう既に一方的に時間割は決まっていて、それに従ってクラス皆で同じ時間割の授業を受けていたけれど、教育制度が代わって、児童や生徒が時間割を作るのも、大変だけども、面白いな。
娘が、思い出したように言った。
「そうだ。私ね。ムギちゃんと同じ時間割にするのね。そうするとね。土曜日は学校に行って、水曜日と日曜日がお休みになるんだけど。いいよね?ママも水曜日は、お仕事お休みでしょ?」
娘は、妻にお願いをし始めた。
たしかに、妻は水曜日が休みで、その代わりに土曜日に出勤している。
僕が、土日休みだから、土曜日は僕が娘の面倒や家事を引き受けていた。それが、娘が土曜日に学校に行くことになると、僕は一人で休日を過ごすことになる。
洗濯や掃除を朝早くからすることが出来て、僕だけの時間を作ることが出来るかもしれない。
それはいい。そうしたら、本屋にだって行く時間が出来るかもしれない。
「いいんじゃない?」
と僕は妻に言って、続けた。
「元々、土曜日は、僕が家事をしていて、家事をする事に関しては変わらないし。水曜日は市場の仲卸も休みだから、仕事も他の曜日に比べると量が少ないから、月曜日とか金曜日よりも気兼ねなく有給申請しやすいし。僕が時々、水曜日に有休を取って、平日に家族で出掛けるのもいいね。平日なら遊園地とか、ショッピングモールもすいているし。凄くいいと思うよ」
我ながら、ちょっと興奮しているのに気が付いた。
娘は、嬉しそうな顔で、僕を見ている。それも嬉しかった。
妻は、少し考えて、神妙な面持ちで、
「そうね。水曜日に、家族で出掛けられるのはいいかもね」
と言った。
(やった!これで、土曜日に、僕だけの時間が出来る!大掃除だって出来るぞ!)
僕は気分が上がった。
その後は、『算数』と『社会』を選んだところで、他の教科の時間割が自動で決定していったので、娘の宿題の時間割作成は直ぐに終わった。
娘は、それが終わると、
「ありがとう」
と言って、自分の部屋に戻っていった。
僕は、新しい教育制度というか、新しいモノに触れて、少し興奮していた。
「いやぁ。僕たちの頃とは、全く違うんだね。土曜日の授業も、『半ドン』じゃなくて、午後も授業があるんだね」
と妻に言うと、妻が、
「え?『半ドン』って何?土曜日の給食が少ない丼(どんぶり)だったの?」
と訊いた。
僕は、一瞬、僕たちの年の差を思い出して驚いた。
そして、妻の『少ない丼』というのが面白くて笑ってしまった。
僕は妻に説明した。
「『半ドン』というのは、昭和時代から平成時代の初期頃まで、役所や、多くの会社や、学校が、土曜日も普通にやっていてね。だけどね、土曜日だけは、午前中、半日だけだったんだよ。僕が高校生の時に、週休二日制が始まって、土曜日も一日お休みになったのは、嬉しかったな。だけど、土曜日の午後の解放感も、今思えば、楽しかったけど。それに、これは、僕もテレビか何かで見ただけなんだけど、ずっと昔に、正午を知らせるのに、大砲を「ドン!」と鳴らしていたらしくて。それで、土曜日の半分の業務と大砲の「ドン!」で、『半ドン』って呼んでいたって聞いたことがあるよ。まあ、本当のところは、僕は実際に経験していないし、子供だったから、よく分からないけど」
妻は、
「ふ~ん」
と言って、何かを考えている様子だった。妻自身が、いつから週休二日制になったのかを思い出しているのだろうか?妻が考えるのは、いいんだけど。僕の顔をじっと見ながら考えるのは、やめて欲しい。
僕は、妻の視線が耐えられなくなって、妻に尋ねた。
「ママは、いくつの時に週休二日制になったか、覚えてる?」
妻は、即答した。
「はじめから週休二日制だったよ」
僕は、それを聞いて、頭の中が真っ白になった。
(そんなに、年が違うのか?そうだよな。12歳も違うのか。僕が二十歳の時に、妻は8歳だ。僕が高校生の時には、小学校入学前だ。普段は年の差をあまり考えていなかったから、改めて考えると、12歳差は大きな違いだな)
変な空気感になってしまったので、僕は話題を変えた。
「しかしまぁ、教科担任制も良いよね。しかも、土日も学校に行くのを選べるのもいいね。だってショッピングモールとか遊園地とか、サービス業の多くが、土日が書き入れ時で、働いている人も沢山いるんだから。役所の窓口も何年か後には、土日も開くしね。行政に定休日がある方が、おかしかったよね。だけどまぁ、子供たちが自分自身で時間割を作るのは大変なんだけど」
と自分でもいつもと違うなと思うくらいに早口で言った。
妻は、少し考えて、
「だけど、同じクラスなのに、違う授業を受けたりとかするでしょう?せっかく同じクラスになったのにバラバラなのは、私は、少し寂しい気もするのね」
と言った。
僕は妻とは違う考え方をしていので、妻のその考え方に対して、違う考え方もあることに気が付かされた。
僕は、妻に自分の考えを言ってみた。
「僕はさ。小学校とか中学校とか」
(本当は高校も大学もだけど)
「凄く苦手な同級生がいてね。まあちょっと、こういう言い方は嫌なんだけど。虐めてくる奴がいたんだよ。僕は何もしていないし、寧ろ関わりたくないから近づきもしなかったのに。そいつの方から、切っ掛けも分からないんだけど、いつも嫌がらせをしに近づいてきて。嫌な事を言ってきたり、僕が本を読んでいるのに、僕の机の上に座ってきたりして、面白がっていたんだよね。だから、そいつと同じクラスになったら、その年は1年間ずっと嫌な気持ちで学校で過ごしていたんだよね。だから、教科担任制で、同じクラスでも別々の授業を受けられるのは、僕は良い仕組みだと考えているんだよ。今だって、僕みたいに、苦手な同級生がいる子供は存在していると思うんだ」
妻は、真剣に僕の話を聴いてくれている。僕は、妻のこういうところも好きだ。
僕は、妻が聴いてくれていることに嬉しくなって、更に続けた。
「それにね。教師に対しても、相性ってあると思うんだよ。僕が小学生の時は、1人の教師が全ての教科を教えていて、朝から夕方まで、ずっと一緒だったでしょ?だから、苦手な先生だったりすると、苦しい事もあると思うんだよ。生徒も子供とはいえ、立派な人格を持つ人間だし、先生だって、ただの人間だから、相性の良い悪いっていうのは、あると思うんだよね。だから、教科担任制だと、子供が関わる教師の人数が多くなる分、その中で相性の良い先生を見つけることも出来て、何か学校の困りごとなどを安心して相談できるチャンスも出来るのかなと思うよ」
妻は、
「ふ~ん」
と言った。
僕は更に続けた。
「それに、教科担任制にすることによって、クラス担任というか『進路・生活指導担任』っていうのが出来て、受け持ちの生徒の生活指導や進路指導を集中して行えるようになったから。一人の教員が、授業も、進路指導も、学校行事も。って、全てを背負い込むことがなくなったことで、教員の負担も軽減されて、その分、学校教育の質が上がったって言うじゃない?それを考えると、それまでの教員の人達の大変さは、とんでもないよね?それに、土日も学校をやることによって、教師もバラバラに休みを取るようになったから、教員自身の子供の行事に参加しやすくなったって言うじゃない?なんか、もっと早く、そういうことが出来なかったのかなって思うよね。少し前まで、教員の精神的な病とか、病気による休職とか退職とかが、社会問題になっていたしね」
妻は、
「そうだね」
と共感してくれた。それが嬉しかった。
僕は更に自分の考えを話した。
「それに、学校でも数年後から導入されるけど。『適性適合検査制度』は、僕は本当にいいと思っているんだよ。だけどね。反対している人も沢山いるんだよね」
すると、妻も情熱的に言った。
「そうなの。私も『適性適合検査制度』はいいと思うの。それを『差別だ』とか、『差別の温床だ』とか言って反対しているでしょう?それって、差別される側の人を馬鹿にして差別する人達の方が、オカシイのに。学校だと、『適性適合学習』って言って、その子供に合った学習方法で勉強を教えるようになるのね。だから、教科書を読んだだけで理解できる子は、タブレットとかで、どんどん一人で学習していって、海外みたいに飛び級が当たり前になっていく可能性があるんだって。その他の子は、今迄みたいに先生が教えてくれて。そうじゃなくて、発達障害とか学習障害とかの特性がある子には、それにあった教材や授業の仕方で対応するようになるのね。今までって、授業に参加してただけで、実際には身に付いていない子だっていたわけでしょ。『適性適合学習』だと、本当に学習することが出来ると思うのね」
僕は、妻の博愛主義で寛容なところが大好きだと改めて思った。
妻の多くの他者に対しての正義感が本当に大好きだ。
妻は、普段は控えめで、自分の意見を言わない方だけど。内心には情熱的な正義感を持っているところが大好きだ。
僕は、思わず、
「大好き!ママと結婚出来て、僕は幸せ者だ!」
と言葉にしてしまった。
僕は、(しまった!)と思って、妻の反応を観察した。
妻は、始めは驚いた顔をして、止まったまま僕の目をじっと見つめていたけど、すぐに目を逸らして、顔を真っ赤にして、くしゃっと笑った。
そして、ダイをソファーに下ろすと立ち上がって、僕から顔が見えないようして、
「ああ、晩御飯にミートソースを作るのに、ローリエを切らしていたから、ちょっと買ってくるね」
とエプロンを外しながら言った。
「一緒に行こうか?天使ちゃんにも声を掛けてこようか?」
と僕が言うと、妻は、
「大丈夫。ローリエだけだから。留守番してて」
と言った。
因みに、天使ちゃんと言うのは、我が家の娘の呼び名で、以前はエンジェルちゃんと読んでいたのが、何がきっかけだったのか忘れてしまったけど、いつの間にか、天使ちゃんになっていた。
妻が出掛けると、ダイが寝そべりながら体を伸ばして「くーっ」と言った。そして、さりげなく僕の太ももの側面に右の前足を少しだけくっつけた。
僕は、本の続きを読むにも、さっきの妻との会話が頭の中で繰り返されて、本を開いても字を読むことが出来なかった。
僕は、さっきの話の中の『適性適合検査』について思い返した。そして、職場のことを考えた。
会社では、学校などよりも一足先に『適性適合検査』が実施され、それを実施した直後に、多数の人事異動が行われて、社内の人事が大きく変化した。
まあ、僕自身には変化はなく、相変わらず、総務課の平社員なのだが、上司が劇的に換わった。
それまでの上司は、無駄に威張り散らしていて、パワーハラスメントと知ってか知らずか、酷い言動を繰り返していて、その課長の気分次第で、一日の業務のストレス量が違うという事があった。
今の新しい課長は、以前、総務課に勤務していた上野君だ。
上野君は、中途採用で入社当時は総務課に配属された。その時の事は、僕もよく覚えている。
上野君は、やる気があって、改善点を見つけては、課長に報告をして、改善する方法なども具体的に提案していた。僕は、その様子を見ていて、その提案が現実になると、仕事の効率もあがると思われて、彼の事を頼もしいと思っていた。
しかし、当時の課長は、上野君の提案を全て却下して、更には、誰も理解出来ないような説明の仕方で上野君に説教をすることが目立つようになった。どう考えても理不尽な言動だった。そのうちに、上野君に営業所への異動命令が出されて、上野君は縁もゆかりもない九州営業所へ転勤になった。
噂によると、課長が虚偽の事実をでっちあげて、上に報告をして、上野君を転勤させたと聞いた。
それが、『適性適合検査』を実施した後に、上野君が課長に代わって、本社総務課の課長になり、前の課長は、コンシューマールームの苦情対応係になった。僕と同じ平社員だ。
『適性適合検査』によって、社会人は『甲(こう)』『乙(おつ)』『丙(へい)』『丁(てい)』の四段階に分類された。
『甲』のランクの人達は、社会に存在する全ての職業に就く事が許可される。
その『甲』のほとんどの人が、医者や弁護士、パイロット、官僚でも上層部の役職に就いていた。
次に『乙』のランクの人は、医者やパイロットなどの高度な知識や動作を伴う職業を除いた職業に就く事が許可される。
次の『丙』のランクの人達は、乙で許可されない職業にプラスして、教職員、看護師や介護士、カウンセラー、理容師や美容師など、直接的に人の心身に影響を及ぼす職業も許可されない職業に含まれる。又、企業における管理職も許可されない。
最後の『丁』のランクの人達は、丙で許可されない職業にプラスして、接客業や密に人とのコミュニケーションが必要になる職業も許可されない職業に含まれる。
これらは、身体の障害で業務に支障が無い場合は、身体の障害の影響は受けない。例えば、カウンセラーで、会話や机上で行われる検査のみを行う人であれば、歩行が困難な方も『乙』以上のランクであれば、カウンセラー業務に就く。しかしながら、身体の動きの限界の為に、出来ない業務というのはある。その場合は、ランクの中で、就業が許可されている職業の中で、その業務が例外的に適性外と判定される。例えば、外科医の場合、自らの体の重心バランスを取ることが困難な場合に、手術は難しい。誤って動脈に傷をつける等の事故に繋がる可能性がある。しかしながら、多くの知識や高度な知能を持った人であれば、手術の前の検査結果から診断を下す医療行為や、医者の中でも研究職などで能力を発揮することで活躍が出来る。そういった事も細かく判断されている。
即ち、前の課長は、『適性適合検査』の結果、『丙』と判定されて、管理職から外されたのだろう。
基本的に『適性適合検査』の結果は、本人と行政、そして企業の人事部に相当する職務の人だけにしか公開されない。なので、僕自身は、前の課長の検査結果を知る事は出来ないので、あくまでも僕の想像だ。
因みに言うと、僕は『乙』のランクだった。
そして、上野君、いや、今は、上野課長は、恐らく、『甲』なのだろう。
上野課長になってから、総務課の雰囲気が良くなった。良くなったというよりもギスギスした感じがなくなったのだと思う。
上野課長は、指示が的確で分かり易く、イレギュラーな事が発生しても、冷静に対応をしてくれて、本当に頼もしい。恐らく、妻と同じくらいの年齢だと思うけど。きっと前の課長は、彼が自分よりも優秀で若いために、嫉妬をしていたのかもしれないと思った。
そんなことを考えていたら、娘がリビングに戻って来た。
「あれ?ママは?」
と訊いたので、
「ママは、スーパーに月桂樹の葉っぱを買いにいったよ。夕飯はミートソースだって」
と答えた。
なんだか最近の娘の言動が、時々大人びている時がある。
娘は、テレビの前のラグの上に胡坐(あぐら)をかいて、テレビを見始めた。アニメだった。
まだまだ子供だなと思って、少しほっとした。
ダイはゆっくりと起き上がり、ソファーからドスンと降りて、娘が胡坐をかいている脚の中に乗りに行った。
いつもの事ながら、僕は少しだけ寂しさを覚えた。
そうだ、さっき妻と話していたことを、娘なら、どう考えるのか訊いてみよう。
僕もダイに続いて、娘の隣に胡坐をかいて座った。
「ねえ。さっきの日課表のことなんだけど」
娘は、テレビ画面から、僕の方に視線を移して、僕の質問を聴いてくれた。
「なあに?」
きちんと話す人の方を見て話を聴く子に育っていると思い、嬉しかった。そして、僕は続けた。
「同じクラスの子でも、授業の時に違う教室に別れるだろう?それについてどう思ってるの?寂しい?それとも嬉しい?」
娘は、僕の顔を見ながら少し悩んで考えてから答えた。
「寂しも、嬉しいもないかな。だって、授業中は勉強しているから、お喋りとかはしないでしょ。それに、家庭科とかの授業は、仲良しの子と一緒の時間にしているから、他の子は別に関係ないかな。だから、寂しいも嬉しいもないよ」
僕は、僕と同じ意見ではない事に少し残念に思ったし、娘が虐めに縁が無い学校生活を送っているようで、それは良かったと思った。
僕のリアクションが薄い事に気を遣ったようで、娘が続けて言った。
「だけど。他の子は、寂しいって言っている子もいたし。嫌いな子と別々になるから嬉しいって言っている子もいるよ」
僕は、やっぱり、僕と同じように考える子もいるんだと、仲間を発見出来たみたいで少し嬉しかった。
ソファーの前のローテーブルの上に置いていた僕の携帯電話が鳴った。見ると妻からの着信だった。そのまま直ぐに電話に出た。
「ああ。パパ?スーパーの途中の道でね、八重桜が満開で綺麗なの。天使ちゃんも誘って、一緒にお花見しましょうよ。出てこられる?」
と、なんとも風流なお誘いだった。
僕は、妻が美しいものを愛するところも好きだ。
僕は嬉しくなって、自然に声が弾んでしまって、
「そうなんだね。分かった。これから仕度させて、直ぐに行くよ」
と娘に確認もせずに返事をしてしまった。
「じゃあ、私はスーパーで買い物しながら待っているから、スーパーで待ち合わせね」
と妻が言うので、僕は、
「分かった。じゃあ、すぐに行くね。じゃあ、後で」
と言って電話を切った。
娘に説明をしようとしたところ、
「分かった。聞こえてたから。仕度してくるね」
と言って娘は部屋に戻っていった。
僕は、そんな娘の様子を、改めて、大人になったなぁと感じた。
僕も支度をして、靴を履いて玄関で娘を待っていると、娘が、普段重い物を買う時に妻が持って行く大きくて丈夫なエコバッグを持ってきた。
(ジュースやお菓子をねだるつもりなのかな?それともレジャーシートでも入れているのだろうか?娘も妻に似て風流なところが育つといいな)と思って、娘に思わず微笑みかけると、娘は不敵な笑みを僕に見せた。
そして、玄関で靴を履く娘を見ていたら、娘が僕のことを一切見ずに靴紐を結びながら、
「私も。ママも、パパも、大好きだよ。そういうのって、言葉で伝えるのって、大事な事だよね」
と言った。
さっきの話を娘に聞かれていたのか・・・。
恥ずかしくて、胸がスンとなった。
すると、急に頭の中で、懐かしい声が響いた。
(「大事な事だから、2回、言います!」)
高校時代のクラス担任の口癖をふと思い出した。