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短編小説:「アガペー」

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 にせんよんじゅうねん  じゅういちがつ じゅういちにち
『2040年11月11日』
 なかのく なかのだいさん まみーずほーむ きんむ
 『中野区中野代参マミーズホーム勤務』
 じんのさゆり だいいっきです
 『ジンノサ百合 大一気です』
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「音声入力って、漢字変換がおかしい時がありますよね?」
と私は区役所の担当職員に言った。
「ええ。なので、後で私が修正してAIに読み込ませるんですよ。区民の方から、AIまかせで職員は何をやっているんだと言われる事があるんですけど、結構、細かくて時間のかかる作業をやっていたりして、実は結構働いています。ふふふふふ」
と区役所の担当の方が冗談交じりに教えてくれました。

 今、私は、区役所内にある厚生労働省マミー制度担当課にて、面談を受けております。
 面談の内容は、音声入力を使って読み込み、その後にAIで分析するのだそうです。

 私は、中野区中野第三マミーズホームに勤務しております。神野 小百合(じんの さゆり)です。マミー第一期です。
 マミーズホームは、マミー制度開始当時に比べて、全国の合計施設数が5倍の数になりました。マミーズホームの職員であるマミーは、定期的に区役所の担当者と面談を行い、問題点や改善点の報告をいたします。そのデータを集めて、全国均一の対応を目指して、常に改善をしています。
 今日は、その面談の為に、区役所に来ております。

「では、最初に、普段、マミーのお仕事をされていて思う事等がありましたら、お話ししてください。具体的な問題点や改善点については、その後にお伺いしますので、何でもかまいませんので、お話ください」
と区役所の職員の方が言われました。

 そうですね。本当に、業務に関係のないことですが・・・。
 マミーの仕事は無償ではないという事ですかね。
 私達は、お給料をいただいて、マミー業務に勤めております。
 時々、不思議に思う事がございます。
 一般的に自らのお子さんを育てられている方というのは、子育てに必要な作業・・・。食事やお風呂や、遊んであげたり、勉強をみてあげたりとか。時には、看病などもありますが。それらを無償でされていますよね?
 しかしながら、私達マミーは、同じ事をして、お給料をいただいております。
 勿論、私は、私自身の人生の為に。その収入を得る為に、マミー業務を行っておりますので、無給ではマミー業務は出来ません。
 時々ですが、上手く言えないのですけれど、不思議な気持ちになることがございます。

 それから、私たちマミーは、常日頃、子供たちに対して「好きだよ。あなたの全てが好きだよ」と伝えております。
 私自身には、私の遺伝子を継いだ子供がおりませんので、プライベートでは、あまり「好き」という言葉を他人(ひと)に対して言いません。又、私の両親から、子供の立場として、テストの順位などで褒められる事はございましたが、「好き」と言われた覚えがないんですね。
 なので、マミー業務を始めた頃は、マミーズホームの子供たちに対して「好き」を伝えることに正直ピンとこなかったのですが。
 マミー業務の中で、年齢に関係なく子供たちが、私に対して「好き」と言ってくれる事がございます。子供たちに「好き」と言われまして・・・。私は、『好き』という言葉を相手に伝える事の重要性を教えて頂きました。私自身が、子供たちに認めて貰えているということが、自信となって私の力になるということを実感しおります。又、認められると、居場所が出来たような安心感を得られます。
 なので、子供たちに「好き」という言葉を言う事は、非常に大切なことであると実感しております。

 そうですね・・・。
 あとは、少し心が痛む話になりますが・・・。
 マミーズホームに子供を入所させる親に思うのは・・・。
 虐待をしてしまう可能性があるのであれば、虐待する前に、マミーズホームに入所させて頂きたいと思います。これは本当に、強く思っております。
 虐待を受けてから入所する子供は、心に大きな傷を抱えていますので、私達マミーは、皆に同じように愛情をもって接しておりますが、その傷を埋める事は、本当に大変なのです。
 それであれば、心に傷を抱える前に、新生児など、小さい時に入所させて欲しいと思います。

 保護者側も、虐待をしてしまっている時点で、自らが大きなストレス状態なのだと思います。
 それに、子育てに向いていない人というのもあると思います。仕事は出来ても、子育てが苦手とか。
 育てる側が、子育てがストレスになるのであれば、マミーズホームを活用して欲しいと思います。マミーズホームは、子供だけを救っているのではなくて、保護者も救えていると私は考えています。
 中絶が何らかの理由で出来なかったケースや、出産したら予想以上に大変で、育てることが難しいと気が付かれるケースもあります。
 難しいと思われたら、その時点で行政に相談をして頂きたいと願います。
 社会は、子も親も、救えると思います。

 それと・・・。
 マミーズホームに対して、『子供達を同じように育てて、洗脳しているのではないか』という事をおっしゃる方もいらっしゃるようですが、私たちは、洗脳はしておりません。
 寧ろ、マミー職員たちは、個性がバラバラで、それぞれに得意分野がございます。
 私は教師でしたが、元看護師の方や、一般的な会社に勤務していた方、元役者さんなんて方もいらっしゃいます。皆さん様々にバックグラウンドの違いがあります。
 得意料理も違いますし、洗濯物のたたみ方も違います。寧ろ、色々と違いがあって、子供たちは、それぞれのマミーに対して柔軟に受け入れて、寛容性が身に付いています。恐らく、料理の味付けが口に合わないなぁとか思う事もあると思いますが、子供たちは、「このマミーは、こういう味付けが好きなんだな」など、受け入れている様子がございます。
 これは、私は前職が教師だったので、教師の頃にも思った事でございますが・・・。
 マミーズホームよりも、よっぽど、家庭の方が、洗脳的だと私は思っております。
 私は、性善説を信じておりませんが・・・。
 問題を起した生徒の親と面談をいたしますと、一方的に、言い訳をなさって、最終的には学校が悪いとおっしゃり、責任を学校側にすり替えるというケースがございました。その問題を起した生徒も、同じように言い訳をして、責任を他の人にすり替えておりましたから、これは家庭内の教育であり、言い換えると、洗脳なのではないかと思うことがございます。
 それに、先程の虐待の話に戻ってしまいますが。
 虐待やネグレクトを受けていた子供は、自分の本心を伝える事が苦手なケースが多いように感じております。我慢する癖がついているのかもしれません。それも、「親に口答えをしてはいけない」、「自分の意見は言ってはいけない」という洗脳のようにも私は思います。
 まあ、そういう子供たちが、マミーズホームで癒されていって、時間はかかりますが、「何がしたい」とか「何が食べたい」とか、言えるようになると、嬉しいですよね。
 寧ろ、マミーズホームでは、小規模な一般家庭よりも、社会性が身に付く教育になっていると思っております。
 昔、教員をしている時に、保護者から「学校の教育が悪い」と言われたことがございましたが、学校は基本的に学問を教えるところですから。基本的な躾は、学校ではなく、それ以外で行われるべきなのでは?と思いましたが、まあ、そこでは面と向かって否定は出来ませんよね。

 それに関連して・・・。人の生まれ持った性質的な部分というのは、遺伝が関係しているという人もいますし、遺伝は関係ないと言う人もいます。
 私は、遺伝は関係していると考えております。
 たとえば、犬は犬種ごとに『穏やかな犬種』とか、『気性が荒い犬種』などの紹介がされています。即ち、それは遺伝によるものと言えると思います。
 又、人の『人相学』というものがございますが、子が顔などに親の特徴を受け継ぐことを考えると、人の基本的な人間性というのも、遺伝によって受け継がれている部分があると思います。
 ただ、置かれている環境によって、社会のルールやマナーを学んで、攻撃性が抑えられていたりするケースがあると思います。
 入所時に、攻撃性が強かった子供が、マミーズホームで過ごしていくうちに、協調性が育って、攻撃性が抑えられたというケースは多くございました。
 なので、始めは反対の声も強くございましたが、『適性適合制度』の中で、DNAを採取して、それを遺伝の研究に使用するというのは、私は良いと思っていますし。
 そのDNAと指紋の管理によって、犯罪が発生した時に、前科の無い人からもデータ照合が出来るようになったのは、速やかな犯罪解決に役に立っていますし。
 昔は、どれだけの事件が、解決できずに、闇に葬られ、犯罪者が平気な顔で、直ぐ近くで生活をしていたのかと思うと、ぞっといたします。
 しかしながら、場合によっては、犯罪を行った人物は、自分が犯罪者だとは考えられない性質のランクの人だったのだとも思われますし。
 尚更、『適性適合制度』が始まって良かったと私は思います。

 そうそう。退所した子供達とのメール等での交流についてですが、これは厚生労働省に感謝しないといけません。
 退所した子供達との連絡のやり取りを就業時間内にするようにとルール化されていることは感謝です。
 それこそ、教師の時に、卒業生と交流するのはプライベートの時間でしたから。まあ、彼らの近況を聴いたりするのは、教師として喜びもございましたから、嫌ではありませんけれど。私が教師の時代は、教師の仕事が異常なくらい過多の状態でございました。
 昔、『やりがい搾取』なんて言葉がございましたが。
 本当に、やりがいを感じていましたから、こなしておりましたけど。本当に『やりがい搾取』だったと思います。
 けれど、全ての教員が業務過多の状態だったかというと、そうではない人もおりましたね。要するに、そういう人達が仕事を他の教員に押し付けていた部分もございましたから・・・。
 だから、適性によって就業を制限する『適性適合検査制度』は、教員から教育を受ける子供たちにとっても良い事ですけど、真面目に働く教員にとっても、不適格な人が同僚からいなくなったことは、とても良かったと思います。昔の同僚だった教師を続けている友人からも、そのように聞いております。

 それから、マミーズホーム退所後に、子供と保護者が同居できないというのは、私は、良いルールだと思います。
 先日、退所を控えた子供と母親の面会に立ち会いました。
 面会の回数を重ねていく毎に、母親は落ち着いていきましたが。元々、精神的に病まれてしまった経緯のある方で、もしも退所後に、この母親と子供が同居をしたとしたら、子供の負担が大きくなると思いました。
 未だに、超高齢者の方の中には、「親の面倒は子供がみるものだ」と強く言う人が居らっしゃいますが、それは、昔の社会環境だから成立したものだと私は思っております。
 昭和時代などは、調味料が不足した時に、お隣に住まわれている方に「お醤油を貸してください」等、少しの調味料の場合は、分けて貰っていたという事があったそうです。
 近隣の住民が、互いによく知っていて、何かあれば協力をするという関係性があったのだと思います。
 それに、親子三代で同居をされていた家庭も多かったので、祖父母の介護も、大人数の家族で分担出来ていたのだと思います。又、いざとなったら、近所の人達も協力されたのだと思われます。
 しかしながら、近代では、『核家族化』と言われ、基本的な家族構成が夫婦のみ、或いは、夫婦とその子供。それから、一人暮らしというケースが多いのですが。その少人数あるいは1人で介護をするのは非常に困難だと思います。
 なので、退所後の子供が保護者と同居できないというルールになっているからこそ、子供の負担が軽減されていることは、善い事だと私は考えています。

 今は、『個人』など、『個』の時代だと思います。
 なので、マミーズホームに限らず、家族・家庭で育っている子供達も、家庭だけで育てられるのではなく、習い事や遊びのサークルなどに参加して、沢山の『個人』と触れ合って、成長出来る事が理想なのではないかと私は考えております。
 マミーズホームの中に学習塾を置いているのは、そういった面で、善い事だと思います。
 マミーズホームの子供達以外の近隣の子供達も利用されていて、一緒になって工作をしている時に、協力している姿が見かけられます。
 又、時々、マミーズホームに入所している子供以外から、私達マミーに話しかけられて、相談されることもございます。
 私は、それで良いと考えています。
 子供は、沢山の『個人』が集まった、『社会』全体で育てることが望ましいと思います。

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結果
【要約】

「無償の愛」

「アガペー」

【概要】
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