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ソジャーナ・トゥルース 16逃亡

 奴隷制ってなんてひどい!と思いながら訳していますが、今から二百年後の人たちは、私に対して「プラスチックを使い放題なんてひどい。地球温暖化に対して何もアクションを起こさないなんて信じられない」と非難するかもしれません。私が弁解できるとしたら「え~、だってリサイクルしてるし、温暖化なんてどうしていいかわかんないし、違法はことは何もしてないし」。

 当時の25ドルは、今の値にしておよそ1,400ドル。私だったら、見ず知らずのホームレスの親子に、それだけのお金をポンと出せるかなあ。

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 「どうやって逃げよう?」という難問が、イザベラの心を悩ませた。そこで彼女はいつものように神に「夜は怖いけど、昼だとみんなにみつかってしまいます」と話しかけた。すると、夜明け前に出発して、彼女を知る近所の人たちが起きだす前に町を出ればいいということに気がついた。「そうだ」イザベラは興奮して言った。

「なんていい考えなんだろう! 神さま、良い知恵を授けてくださってありがとうございます!」 

 神から直接指示を与えられたと思ったイザベラは、さっそくそれを実行に移した。ある晴れた朝、日が昇る少し前に、イザベラはデュモント氏宅の裏口からこっそり逃げ出したのだ。赤ん坊を片手に、もう一つの手には着替えを抱えていたが、木綿の布にくるんだ衣類や身の回りの品はかなり重くてかさばったから、運ぶのが大変だっただろう。 

 主人の家からかなり離れた高い丘の頂上につくと、太陽が昇って燦然と輝き、イザベラの目を射抜いた。朝日がそんなに明るく見えたことはなかった。そのときのイザベラには明るすぎるようだった。立ち止まってあたりを見まわし、追手が迫っていないことを確かめた。見わたすかぎり誰もおらず、初めて「どこのだれのところに行こう?」という質問が頭をよぎった。

 逃げる算段をしている時は、行先まではまったく考えが及ばなかった。イザベラは座って、赤ん坊に乳をやった。そうしてもう一度彼女の唯一の救い主である神に向かうと、安全な場所を示してくれるよう祈った。すると自分が歩いている方向に、レヴィ・ローという力になってくれそうな人が住んでいることを思い出した。そこでローの家を訪ねると、彼は死の床にあったが、イザベラを快く迎えて援助を申し出てくれた。彼はイザベラに遠慮なく家で休むよう勧め、近くに助けてくれそうな人が二人いるから、妻にそこへの行先を聞くよう言った。

 最初の一軒が目に入ると、イザベラはそこの住人を知っていることを思い出し、「そうだ、ここにしよう!」と叫んだ。訪ねると親切な住人のヴァン・ワグナー夫妻は留守だったが、優しいおばあさんが二人が戻るまで待つようにといって、歓待してくれた。夫妻が戻ると、イザベラは事情を説明した。二人は話を聞き終わると、自分たちは困っている人を追い返したりしないと言って、イザベラを住み込みで雇ってくれた。 前の主人のデュモントが姿をあらわすのに長くはかからなかったが、それは折り込み済みだった。

 無断で主人のもとを去ったとき、イザベラはあまり遠くには行かないと決心していた。少し前にトムとジャックが逃げたとき、主人があちこち探しまわって大変だったから、自分のときはそんな迷惑をかけないようにしようと考えたのだ。「魚心あれば水心」とでもいうべき、イザベラの配慮だった。主人はいつもというわけではないがイザベラに親切にしてくれたので、そのお返しだった。

  主人はイザベラを見つけると「ベル、私から逃げたな」と言った。

「いいえ、逃げたんじゃありません。朝お宅から出て行っただけです。一年前に自由にして下さるっていう話だったから」

これに対する返事は「私と戻るんだ」だった。彼女は毅然として応えた。

「いいえ、戻りません」

「ほう、それなら子どもを返してもらおう」

イザベラはこれもきっぱりと拒んだ。アイザック・S・ヴァン・ワグナー氏はそこで間に入り、「自分は奴隷の売買にかかわったことは一度もないし、奴隷制には反対だが、イザベラが無理やり連れ戻されるくらいなら、残りの年季分の代金を払おう」と申し出た。主人はイザベラに20ドル、子どもに5ドルを請求した。支払いがすむとデュモントは帰ったが、その前にヴァン・ワグナー氏がイザベラに自分を主人と呼ばないように言うのが聞こえた。

「この世に主と呼べる方は一人しかおられない。だからお前の主は私の主でもある」
イザベラが「それではどうお呼びすればいいので」と聞くと

「アイザック・ヴァン・ワグナー。妻はマリア・ヴァン・ワグナーだ」

という答えが返ってきた。イザベラはきょとんとして、なんて前いたところと違うんだろうと思った。デュモント家では主人の言うことが法律同然だったが、アイザック・ヴァン・ワグナーはだれの主人でもないというのだから。

 高貴な夫妻は奴隷の主人などではなく、神の気高さの表れだった。彼らの家でイザベラは一年間過ごし、ヴァン・ワグナーという苗字を名乗るようになった。法律上は彼がイザベラの最後の主人で、トムやジャックやガフィンといった呼び名意外に苗字をつけることが許された奴隷は、主人の名をもらうのが通例だったからだ。勝手に主人の名を取ったといって厳しく処罰されることもあったが、とくに身分の高い家でなければ問題にはならなかった。

16逃亡 了 つづく


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