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ソジャーナ・トゥルース 17息子の違法な売り渡し

 息子がこの章のタイトルを見てぎょっとしました。

「子どもを売るのが違法って、合法なこともあるの?」

「奴隷の場合はね」

「・・・そうか」

ギニアは、アフリカで多くの奴隷が狩られた土地だったのでしょう。

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 イザベラが前の主人のもとを去る少し前、デュモントはイザベラの五歳になる子をドクター・ゲドニーという人物に売った。ゲドニーはイギリスに渡る途中で、その子をニューヨーク市まで連れて行った。だが子どもが小さすぎて役に立たなかったので、兄のソロモン・ゲドニーに譲った。ソロモンは男の子を妹の夫で裕福なファウラーという農園主に売り、男の子はアラバマのファウラー家に連れていかれた。 

 イザベラはヴァン・ワグナー氏宅にいたので、この違法で詐欺まがいの取引について知ったときには、すでに数か月が経過していた。ニューヨークの法律では州外への奴隷の販売は固く禁じられていたし、未成年の奴隷は21歳で解放されることになっていた。デュモント氏は、将来ニューヨーク州に戻して解放しなければならないと承知していながらピーターを売り飛ばしたのだった。

 息子が南部に売られていったと聞くやいなや、イザベラは一人で歩いていき、人と天の法両方を無視して自分の子を州外に売り払った人物を探し出して、落とし前をつけさせようとした。ニューパルツに着いたイザベラは、まっすぐデュモント夫人を訪ねて、息子を売り払ったことを激しく責めた。

 夫人は話を最後まで聞くと言った。

「あらまあ、黒んぼの子ども一人になんて騒ぎでしょう! 子どもならまだいくらでも残っているだろうに。ギニアにいればいいものをわざわざアメリカまでやって来て、たかがちっぽけな黒んぼの子のことでご近所を騒がせて!」イザベラはこれを聞き終わると、一瞬ためらったのちに深い決意をあらわにして応えた。

「わたしは子どもを取り戻します」

「子どもを取り戻すだって!」夫人はあざけりの色を隠さず叫んだ。イザベラの意気込みを明らかにバカにしていた。

「一体どうやって? それに取り返したって、あんたじゃ養っていけないでしょうよ。お金はあるの?」

「いいえ。私は一文なしです。でも、必要なものは神さまが十分にお持ちだから大丈夫です。あの子は絶対に取りもどします」イザベラは威厳と決意をにじませながらゆっくり宣言した。そのときのことを彼女はこう振り返る。

「わたしはね、自分がピーターを必ず取り返すってわかってましたよ。きっと神さまが手伝ってくださるってね。あの時私はずいぶん背が高くなって、体中に国一つ分の力がみなぎっているような気がしたもんですよ!」

 イザベラがこののち裁判所で監査人たちに与えた高尚で深い感動は、そこにいあわせた者によるととても紙に写し取れるものではない。彼女の熱いまなざしや身振り手振りや声の調子、それに風変りながら的確な言葉の使い方、心をゆさぶる情熱などを伝えるには、ダゲレオタイプ式の記録装置が発明されるのを待たなければならないだろう(訳注:ダゲレオタイプは、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが1839年に発表した世界初の写真技術)。

 夫人と話したあと、イザベラはわが子を売った人物の母であるゲドニー夫人のもとを訪ねた。イザベラが少年の身の上を嘆き悲しみ、遠くに売られていったことに怒り、必ずピーターを取り戻すと宣言すると、夫人はこう言った。

「おやまあ、なんて剣幕でしょう!まるで、あんたの子が私の娘よりも大切みたい! 娘は嫁ぎ先のアラバマにあんたの子を呼んで、紳士のように結構な暮らしをさせているんじゃないの!」そうして、イザベラがわが子にいだく愚かな不安を笑い飛ばした。

「たしかに」とイザベラは返した。「お嬢さまはアラバマに行かれて、若奥さまにおなりです。わたしのピーターは奴隷として連れていかれましたけど、まだ小さいので母親からそんな遠くに離すわけにいきません。早くあの子を取り戻さないと!」これほどの訴えを聞いてもなお笑い続けるG夫人は、苦悩と失意のどん底にいるイザベラには悪魔のように見えた。

 このとき自分の愛娘を待ち受ける悲劇を夢にだに想像できなかったのは、ゲドニー夫人にとっては幸いだった。娘は自分の愛と信頼を与えるにふさわしいと思われる青年を夫にし、婚家ではどんな王族よりも清らかで安楽な幸福が約束されいてると、娘らしい胸算用をしていた。ところが彼女をアラバマで待ち受けていたのは、苦い失望だった。

 このときイザベラは神に対して、まわりの人間に神こそが自分を助けるものだと示してほしいと心から願った。

「神さまはきちんとそうお示しになりましたよ。ほかの人にはそうしなかったとしても、私にはちゃんと示されましたとも」

17息子の違法な売り渡し 了 つづく

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