GO TO THE FUTURE
01.絶望
2024年12月22日深夜。クリスマス用のラッピングシートを広げたまま、私と妻は深く嘆息していた。喪に服したような空気がリビングを包む。悼むべき故人は、テーブルの上に置かれた真新しいNintendo Switchだった。液晶画面が輝度を下げながら、黒背景に白抜きのロゴを表示し続けていた。1時間以上ずっとそうだった。
「今年のクリスマスは、サンタさんにNintendo Switchをお願いする。」そう長女が言ったのは、まだ初夏の頃だった気がする。これまでは、私のSwitchで自分のユーザーデータを作り、それを借りて土日祝日のみ遊んでいた。小学校へ進学し、交友関係も広がったのだろう。友達の家に遊びに行き、みんなが「どうぶつの森」や「Minecraft」で遊んでいる中、自分だけベガ立ちしているのが寂しい。みんなと一緒に遊べない寂しさを、彼女は拙い言葉で切々と語っていた。
長女の話を聞き、私は、1998年の冬を思い出していた。
02.追憶
身を切るような寒さの中、小学校のピロティには高学年の男子が10人前後集まっていた。放課後の集合場所といえば、決まってここだった。車座になった少年たちは皆、ゲームボーイポケットやゲームボーイカラーを手にしていた。本体の種類は違えども、ソフトは全て「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド」だった。
「テリワン」は発売されるや否や、クラスのトレンドを席巻した。寝ても覚めても、猫も杓子もテリワンだった。競うように旅の扉に潜り、星降りの大会へ挑戦した。無我夢中でモンスターの配合を重ね、一心不乱にはぐれメタルへ「しっぷうづき」をお見舞いした。誰もが皆そうだった。ただ一人私だけは、誰かが供託した公式ガイドブックを熱心に読んでいた。自治体の防災無線が子供たちへ帰宅を促すまで、ずっと読み続けていた。
私は、テリワンを持っていなかった。
父が私に買い与えたゲームボーイブロスが、古くて重いせいだったか。はたまた、黄緑色の液晶の視認性がすこぶる悪かったせいか。理由は分からないが、兎に角、私はテリワンを持っていなかった。そして、クラスの流行に迎合する潔さも無ければ、強烈なカウンターカルチャーも無かった。ただ攻略本を読みふけることで、ささやかな帰属意識だけを満たしていた。ベン図で表した場合、円の端でギリギリ内接するような場所に、私はいた。
攻略本を精読した私の身に、ある変化があった。継続的な反復学習により、私は、モンスターの配合ルートに異様に詳しくなったのだ。勢いづいた私は、ピロティの一角を「星降りの祠」と呼び、自らを「モンスターじいさん」と名乗った。一匹も育てたことがないのに、モンスターの育成論を語った。机上の空論としか思えない、独自の配合メソッドを説いた。そこに、健全な精神はなかった。
娘を、令和のモンスターじいさんにしてはならない。その思いもあり、今年のクリスマスプレゼントはNintendo Switchに決めた。
03.言霊
数週間前に任天堂から箱が届いた。左右のJoy-Conが、長女からのリクエスト通りのカラーバリエーションであることを確認し、別途購入した液晶保護フィルムを貼った。動作確認を兼ねて本体の電源ボタンを押したところ、初期設定画面に移行せず、冒頭のような状況に至った次第だ。
十中八九、初期不良だろう。何度再起動を行っても状況が改善しなかったことから、そう判断した。電子機器ならば、何も珍しい話ではない。しかし、目下問題なのは、クリスマスイヴが二日後に迫っているという状況だ。返品交換はまず間に合わない。かと言って、ゲームで遊べない本体一式はプレゼントできない。
「サンタさん、ちゃんとプレゼントくれるかなぁ。」数日前、長女が不安そうにつぶやいた。私は、長女を励ますつもりで、何の気無しにこう言ったように記憶している。「大丈夫。良い子にしてるからちゃんと届くよ。もし悪い子だったら、ぶっ壊れたNintendo Switchが届くかもしれないね!笑」
テーブルの上で薄明を放つNintendo Switchが、鮮やかに伏線を回収する。私の軽口が呪詛の言葉に反転することは、絶対に避けなければならない。言霊を実感した私は、アニミズム信仰を強めた。
04.当日
12月25日朝、いつもより早起きした長女はリビングへ向かう。綺麗にラッピングされた箱を見つける。大きさと重量から、期待の物と相違ないことを確信したのか、一呼吸置いてから開封する。My Nintendo Storeと印字された真っ赤な箱を開けると、中にはNintendo Switch一式が入っている。Joy-Conの色は、事前にサンタさんへ宛てた手紙で要望した通りだ。本体の電源ボタンを押すと、ほどなくして初期設定画面…ではなく、ゲームコンテンツの選択画面が映る。
長女「あっ!パパの本体で遊んでたゲームがそのまま入ってる!」
私「良かったね!すぐに遊べるように、サンタさんが初期設定のみならず、ユーザーデータとセーブデータの移行もしてくれたみたいだね!」
今、長女が遊んでいるNintendo Switchは、私が発売日(2017年3月3日)に購入した本体に、新品のJoy-Conを装着したものだ。任天堂から届いたSwitchの箱に、上記一式を綺麗に梱包してクリスマスラッピングを施した。つまり、現状では、私のSwitch本体を借りて遊んでいる状況と大差ない。私のSwitch本体は、購入から相当期間経っているが、目立った傷もなく美品そのものだった。2年程前に出した本体修理で、外装部品の交換してもらったことも、理由の一つかもしれない。
8年物の初期型Switchは、特別な意味をもって長女に迎えられた。
初期不良のSwitchは、任天堂へ修理依頼をした。修理を終えて届いたら、今度こそ、ユーザーデータとセーブデータの移行作業をしようと思う。それまでの間、私のSwitch本体には、仮初のクリスマスプレゼントとして役目を果たしてもらおう。2024年のクリスマスが終わるまで、まだ少しかかりそうだ。