ちから
ちから。ということがらについて
考えた。
思えば、ずいぶん昔から、
同じテーマについて考えている。
遠い街に友人を訪ねたとき
待ち合わせまでの、微妙な空き時間とかに、
滅多に行かない書店に入ったりして。
平積みにされている本に、
「○○力を鍛えよう」とか
「これからは○○力が大事」だとか
書いてあった。
チクッとした違和感を覚えた。
言葉を自分の体の中に入れたくない感じ。
体に「力」が入ると、動きは固くなる。
想像にも、「力」がはいって
「想像力」になると、
固く、苦しくなる。
まるで、その力を誰かと競っているかのように思い込んで。
力という概念は、
瓶に水を詰める漏斗のように
人の思考や想像を
細く狭いところに
導いているような気がしてならない。
包容力、にしても、
理解力、にしても、
女子力、にしても、
概念に「力」をつけることで、
何かが失われることを、うちは繰り返し、感じてる。
そこで失われる何かが、
想像、と密に関係する何かだと
ピリリ、感じるものだから
想像力、という言葉には、
ことさらに警戒心を抱いてしまう。
うちには、
力よりも大切なものがあります。
「力」の字をつけると失われてしまう。
ことば。
28 years old,2.23,Mizuki
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