【小説】Runners(夫編④)【リレーnote15日目】
これまで
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(妻編③)
Runners(夫編④)
2024年8月5日9:30
あれから二晩、妻と全く話ができていない。昨日も妻は、一日中部屋にこもっていて、一言も会話ができなかった。
大人しい妻が私に対して、あそこまであからさまに怒りをぶつけてきたのは始めてだった。
でも、なんとかしなければならない。できれば今日中に。
そうは言っても、突破口が見えない。なにせまだ一言も話ができていない。
とりあえずスマホで何か新しいものでも見るか。
そう思ってふと、先日Oさんから勧められたSNSの「note」を開いてみた。
アカウントを作成し、ログインすると大量の記事が現れる。とりあえず、気になった記事を覗く。今日の注目記事。これプロとかじゃなくて普通の人の記事もあるのか。
夏にちなんだテーマでのハッシュタグもある。テーマのバナーを押すとそのテーマに沿った記事が読める。
適当に色々見ていたら、「#真夏のリレーnote」という内容で、毎日違う人がリレー形式でエッセイを書いているのを発見した。へぇ、共同マガジンっていうのもあるのか。それぞれの文書が個性に溢れ「私をクリエイト」していて、何故だか引き寄せられていく。
夏の思い出―
正直、これと言った思い出はないのだけれど、8月は、わたしたち家族にとって特別な月である。
私の誕生日は8月17日。
小学校の頃、お盆はほぼ毎年、四国の実家に帰省していた。関東圏から、当時マツダボンゴワゴンで移動し、高速道路SA内で一夜を明かし、約丸一日掛けてドカドカ移動した。
その後、お盆を四国の実家で過ごす。
しかし、田舎の山の中腹の実家では正直言ってやることがテレビを見るくらいしかない。甲子園や合唱コンクールで高校生の夏の戦場を見たりしながら、真夏の3、4日間を過ごしていた。実家には、割と立派な仏壇があり、その横では、回り灯籠が幻想的に回っていた。正直虫は苦手だったけど、亡き祖父に虫取りに誘われたこともあった。祖父はよく珍しい虫を採っては昆虫好きの近所の子どもたちに無償提供していたらしい。
むしろ楽しかったのは、移動時間。8月15日とか16日に帰路につく。深夜スタートの年もあれば、早朝スタートの年もあった。マツダボンゴワゴンでドカドカ移動する。燃費も良くないので、満タンでスタートしても最低2回は満タン給油する。
そうして帰ってきてへとへとになった翌日の8月17日。必然的に誕生日のお祝いは雑になる。誕生日はいつもついでだったし、それが普通だと思っていた。
その後、結婚して、子も生まれた。この前、久しぶりに実家に帰省したときは、思ったよりあっという間に到着してしまって、なんだかずいぶん時間が経った実家の風景にノスタルジーを感じてしまった。
そして、妻の誕生日もまた8月だった。
だから、8月は特別な月―
そして、問題は今日中に解決をしなければならない―
そう、8月5日は、妻の誕生日なのだ。
*
2024年8月5日13:30
今日は、子どもたちと公園に遊びに行ってから、夕方に買い出しとケーキを買いに行く。妻はお留守番。
公園で遊んで一息ついていたところで、しばらくnoteをザッピングする。そうしているうち、あるハッシュタグが目に入った。
「#66日ライラン」
参加者は66日間、毎日投稿をしているらしい。毎日投稿するなんてすごいというか、ちょっとどうかしている。
そんな中、ある記事を見つけた。明らかに異質でひときわ悲痛な文章。その記事は、どうにも他人事ではないような気がしてしまった。ちょっとこの記事を書いた人は、放っておいてはいけないような気がする。
公園で遊んでいた長女と長男が走り出す。
そして、私はそれを追いかける。
「おーいあんまり遠くにいくんじゃないぞー」。油断するとあっという間にどこかに行ってしまう。子どもの成長は、もうこんなに早い。時間は有限だ。
ふう。さて、noteには、コメント欄があるようだ。
大したことは書けないが、私は、そのほうっておけない記事のコメント欄に少しだけコメントを書き込んでみた。
その後、近くのショッピングモールへ。モールでは、明らかに海に行って日焼けしてきたばかりといった男子大学生集団とすれ違う。耳に入った会話では、このあと、高尾山にいくらしい。大学生は、ある意味、最強だ。そっちはラウンドワンだけど。
*
2024年8月5日17:30
ケーキを買って帰宅。子どもと一緒に玄関のドアを開ける。
妻は、ふてくされて部屋から出てこないかと思いきや、わざわざ玄関先まで迎えに来てくれた。
「ねえ、ちょっと話したいことがあるんだけど」
「ああ、いいけど」
心なしか前より少し気持ちが落ち着いているように見える。時間が多少、気持ちを落ち着かせたのかもしれない。
やっぱり、窓にカーテンはあった方がいい。先日、買ったばかりのカーテンを閉めて、リビングで相対して座る。妻が開口一番
「ねえ、この前滝の台のアウトレットにいってたでしょ。何してたの?」
「え?」
なんで知っているのだろう・・・?また、冷や汗。
「それは・・・」
「わたし、見てたんだからね!?何してたのよ。」
もしかして、バレてしまったのか。しかし、いずれにせよ今日はもう伝えるしかない。
「それは、先に夕飯の準備してからにしよっか」
「なにそれ」
「まあまあ」
ということで、お誕生会用のちょっとした夕食を作る。もしかしたら誰かの記念日かも知れない29(にく)の日に、買って冷凍していた鶏肉を使って子どもの好きな唐揚げを作る。あとは刺身が安かったので、海鮮巻き寿司を作ることにした。子どもたちは、あらかじめ用意していた飾りを部屋にペタペタ貼っていたが、長男は飽きてしまったみたいなので、最近はまっている空気椅子ごっこをしている。これをすると冷房の効きすぎた部屋でも身体が温まるらしい。
「かんぱーい」
お茶とカルピスソーダで乾杯。私は深く考えずお茶にしようかと思ったら、妻からカルピスソーダを渡され、何故かちょっとドキッとする。
食事は、炭水化物禁止の私も、今日は無礼講。
「さて、じゃあちょっと待っててね」
わたしと子どもたちでいったん外へ出る。車のトランクを開け、紙袋をもって再び家の中へ戻る。
スポーツ用品店の紙袋を見た妻は一瞬「おや?」という表情をした。
長女と長男が紙袋の中から、きれいにラッピングされた箱を取り出す。
「ママー、お誕生日おめでとう!」
「え?これって・・・」
箱を受け取った妻は、心なしか例年よりも驚いているように見える。というか、戸惑っているように見えた。
「開けてみてよ」
キレイにラッピングされた袋を妻は丁寧に開けていく。
「え、マラソンシューズ・・・?」
「そう、ほら今マラソンの練習しててさ。すごい、軽くてさ。足が浮き上がってくのよ。」
「うそ・・・」
「同僚のOさんがね。マラソンするならマラソンシューズ買わないとって言ってさ。仕事帰りに買ってみたらすごい履き心地いいんだよね。普段使いでもいいかもって。それで、Oさんに、『妻のマラソンシューズも買おうかな。誕生日プレゼントに』って言ったら、目をキラキラさせてアドバイスくれたんだよね。なんつったっけ、ピレネーみたいだった。ママのシューズのほうが奮発した」
「そうだったんだ・・・」
「でも、まさか滝の台アウトレットで目撃してたの?」
「うん、たまたま・・・」
そういうと、妻は突如、ボロボロと号泣しはじめた。
え、まずいことしてしまった?
子どもたちもびっくりしている。「ママ―泣かないで―」
「サイズ23㎝だったよね」
「うん・・・」
「履いてみてよ。靴紐は最初はあまりきつく締めすぎないようにしたほうがいいよ」
妻がマラソンシューズを履く。良かった、ぴったりだ。よく似合っている。今更だが、よくよく考えると靴を買うというのは、サプライズプレゼントには全く適していない。買う前によく調べておくべきだった。特に将来、家を買うときには気をつけよう。
「あーよかったぁ」と妻。
「ママ、うれしいの?」と長女。
「うん、うれしいよ」
めちゃくちゃ泣いているけど、とにかく嬉しそうなので、ほっとした。
「ママ、嬉しすぎて泣いてるの?最高の夏の思い出だね!」
よくわからないが、何故か長女が上手いことを言ったような気がする。
妻は涙腺が少し落ち着いてから、
「でも、パパ。なんで私が怒ってたのか、ホントにわかってるの?」
「えっ」
確かになんであんなに怒ってたんだろう・・・
あ。
「あっ、ごめん。アウトレットでパスタ食べちゃった・・・」
ぶっ、と吹き出す妻。あーっという子どもたち。
「もう!いい加減気づいてよね!ほんっと鈍感なんだから」
私の海鮮巻き寿司はおあずけになった。
*
2024年8月10日6:30
今朝もこれからランニング。本番まであと2週間。
しかし、練習を始めてから10km以上走り続けられたことはまだない。もう少し、距離を伸ばせるようにならないとまずいかもしれない。
あれから気になりだして毎日読みだした「#真夏のリレーnote」。
昨日は「ここ」さん。
とても一途でステキな女性の文章だった。伝えたくてもうまく伝えられないことってあるのかもしれない。そういう意味で、自分は妻がどう思っているのかをちゃんと受け止められている自信がない。ホント鈍感だからなぁ。トホホ。
明日はアンカー。最終回は、「みゆまゆたん」さんだ。クズ男エッセイコンテストの大賞を取られているライターとしての矜持と遊び心を兼ね備えた素敵なクリエイターさんだ。お子さんがかわいい。
どんな記事になるんだろう。自分も鈍感でたいがいなクズ男だからちゃんと読まないとなぁ。いずれにしても、真夏のリレーのフィナーレが楽しみだ。
・・・そういえば、「#真夏のリレーnote」の今日のランナーは誰だったんだろう?
とはいえ、私も、マラソン大会でランナーとして完走してフィナーレを迎えられるよう、練習ももうひと踏ん張り。
暑いので、朝でもランニングのスタート地点は日影のほうから。日影にあるドクダミの花は時期的にもう咲いていないが、今にも満開になりそうなものすごい勢いで葉の占有領域を拡大しはじめている。
最近新しく買ったマラソンシューズの紐を結び直す。
そして私は、今日も一人で走り出す。
でも、一人ではないような気がする。
(つづく)
※ストーリーはフィクションですが、「#66日ライラン」と「#真夏のリレーnote」は本当にあります。
次回は、8月17日(土)21:00(妻編④)の予定です。
special thanks (全部乗せでいきました!ありがとうございました!)
ずっきーさん
神崎さやかさん
ゆづさん
masanoriさん
やきいもさん
本田すのうさん
なつき希さん
本音で自分にコイする時間。さん
もりたさん
青松里香さん
立山剣さん
畑野あきこさん
青空ちくわさん
ここさん
みくまゆたんさん(アンカー楽しみにしてます!)
(追録)
今回は、ずっきーさん主催の「#真夏のリレーnote」担当日でした。
毎週土曜日にこの小説を投稿していました。実は、小説の登場人物が、「#真夏のリレーnote」に参戦するか興味を示していたのですが、(妻編②)、組み込んじゃうか、別記事にするか相当迷いました。
#真夏のリレーnoteでは、毎日すごいクオリティの記事が投稿されるので、それはもうひどいプレッシャーでした(笑)
しかも明日は、大トリアンカーの「みくまゆたん」さん。その前のトリは正直、荷が重かったです。
・・・迷った末、組み込むことに決めました。もう全部乗せです。でも開き直ってそうしたおかげで、この回は、一人では絶対にできない仕上がりになりました(長くなったけど・・・)。