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#自分語りは楽しいぞ 的な話をあえてするとしたらこんな感じ?

みくまゆたんさんの企画

「読み手」のことはあまり考えずに、自分の書きたいことを書くという企画。いろいろな方の記事がありますが、「読み手」としてのわたしはむちゃくちゃ楽しんでいます。

しかし、まあ、自分の場合は、今まで書いているものがほぼすべて自分語りみたいなものなので、あえてそういう意識で書くのが難しそうだと思い、最初は、やめておこうかと思っていました。

そんななか、ふと思い返してみて、ああ自分が「自分語り」的なものを書くとしたらやっぱりこのことかなと思い立ったことがありました(というか、何度か記事にしている話題ではありますが(笑))。

そこで、今回は読者のことは全く考えずに、自分の書きたいように、だらだらと書いてみようと思います。

私は、「あーどうするかなー」が口癖である。

ふとした瞬間につい「あーどうするかなー」と口にしてしまう。例えば、車を運転していて、妻が助手席に座っているときに、突然「あーどうするかなー」と口に出すことがある。

妻から「何のこと?」と聞かれる。

聞かれるが、実は、私にも何のことかよくわからない。
どう考えても私のほうがどうかしているのであるが、妻の問いに対してはさらに

「あー、何をどうするかなー」などと答えている。

「何をどうするかなー?」というのは、冷静に考えれば、何も考えていないに等しい。
何の生産性もない応答である。

あるとき「どうするかなー」の部分をいうからよくないのかなと思って、「あー」とだけ言うこともあった。
しかし、何の脈絡もなく、突然「あー」とだけ発言したら、それこそ「お前どうした?」案件である。周りが余計な心配をするだけだからやめた。でも、最近はシャワーを浴びながら、「あー」と声に出していってしまうときが結構ある。

そのくらい頻繁に「あー何をどうするかなー」と思っている。

割と普段からタスクを抱え続けていることが多い。早くタスクを消化したいのだが、なかなか終わらない。そういうのもあって、「あーどうするかなー」といってしまうのかもしれない。だったら、noteなんか書いてないで、とっととタスク消化しろよと言われればその通りなのだが、まぁ気が乗らない。

「あー、何をどうするかなー」そんなことを考えながら、時間が経過すると、何もできていないのにずいぶんと時間が経ってしまう。あ、もうこんな時間だといって夕方くらいに焦りだす。

こういった自分の特性が嫌なので、それを打破するために始めた企画が「自分で自分に対して語り掛ける言葉を決める」というインサイドヘッド企画だった。

「あー、何をどうするかなー」といっているあいだ、自分は何もしていない、悩んでいるだけで具体的な行動に移すことができていない、それは良くないと思って「自分で自分に対して語り掛ける言葉」を決めることにしたのである。

「あー、何をどうするかなー」に対して、それを行動に変える思考に転換できるようなシンプルな言葉、それをセレクションして、自分の中で大賞を決定する、そんなコンセプト。

そして、そうだ年間の大賞を決めよう。自分の今年の流行語大賞とか、今年の漢字一文字みたいな感じで。その年のことばを決めて、それをことあるごとに、「あー何をどうするかなー」と思ったら、自分で自分に語り掛けるというふうにする癖をつけよう。そうしたら少なくともとりあえず思考だけは少し前向きになるはずだ。思考が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、人生が変わる。だったっけ?


この「自分で自分に対して語り掛ける言葉」企画を、インサイドヘッドで始めたのは、たしか3,4年くらい前。年間大賞を決め出したのは、2022年のことだった。

2022年は「次の一手はどうするの?」にした。

例えば、今日も仕事とかプライベートとかがでやることがある。電話も折り返しもあるし、メールの返事もある、仕事場の机の上にいろいろファイルがのっかっている。そんなとき、「あーどうするかなー」という思考に陥る。というか、思考が停止している。そんなとき、「次の一手はどうするの?」と自分で自分に語り掛ける。少なくとも「あーどうするかなー」よりは、思考は前向きになっている。とりあえず、次の一手だ。次の一手をやらないと、二手目には行けない、だから一手目やらないとどうしようもないでしょ。あまりにも当たり前だが、先に言葉を決めておくことで思考は少し進んだ。

2023年は「歩みをとめるな」にした。

「あーどうすっかなー」は、これまで積み上げていたことについて、いったん手をとめているわけで、手を足を頭を止めずに次に進むべきなのだ。迷っている状態になっていると、やはり思考は停止している。でも、とにかく今やっている歩みをとめてはいけないそう思って、「歩みをとめるな」と自分で自分に語り掛けることにした。

ということで、比較的、この脳内企画が勝手に流行っていたのであるが、このことをあえて人に話したことはなかった。正直、人に話したところでどうなるという話でもない。いや、そんな話をされても普通は困るはずである。とにかく自分でやるべきことを、自分でやり始めるために自分を鼓舞するのであるから、自分の脳内で完結させればよいし、それで必要十分のはずである。

そんななかで、2024年はどうするか?
インサイドヘッドでは慎重審議が繰り広げられた。

これまでの年間大賞も、思考停止を辞めて自分を前に進める、鼓舞するという意味で悪くはなかったんだけど、今までのはちょっと「お前何やってんの?ちゃんとやれよ」感があった。まぁそういう企画だから、そういう文言で正解ではあるのだが、もっといい感じの言葉はないだろうか?

それで思いついた言葉が、「今日一日を最高の一日に」だった。

「あーどうするかなー」と思考停止に陥っているのは、過去か未来のどちらかに囚われているのではないかという仮説を立てた。それで、意識を今日に向けるために、「今日一日を最高の一日に」を採用した。なんか前向きな気がするし、「今日一日」っていう時間単位も行動に移すのにちょうどいいような気がしたのである。

今でも「あーどうするかなー」が口癖である。そのたびに、「今日一日を最高の一日に」しようと自分に語り掛けた。今日を最高の一日にするのは今日しかできない、当たり前だけれども、毎日のように忘れてしまうから、結局毎日語り掛けるしかなかった。

で、2024年は、さらにちょっと違うことをした。

そのことをnoteに書いてみることにしたのだ。

今思えば、これが「書く」ことへの謎スイッチが入るきっかけであった。

謎のインスピレーションが湧いてきた。

そして、今日一日を最高の一日にするために考えたことを毎日書いてみようなどと思うようになった。

この日から、8月31日まで135日間「今日一日を最高の一日に」するために毎日連続投稿をした。その間は、ただの日記ではなく、読んだ本の感想(69本)、勝手にオススメnoteの投稿(11件)、そしてまさかの毎週土曜日に連載小説の投稿までしてしまった。自分でもびっくりである。

ちなみに、#今日一日を最高の一日に と入れると143件のlionの記事が出てくるようになりました(笑)。「今日一日を」と入れるだけで予測変換が出てくるようになりました(笑)つくづく謎モチベーションだったなあと思います。


自分の中で自分のために語り掛けていた言葉を、自分の外にnoteに出してみることでこれほどまでに思考のあり方が変わるのか。

そんなふうに思ったわけで、この年齢になってびっくりするような心境の変化なのだけれども、これは本当に自分の中だけの自分による自分のための話、別にあんたのインサイドヘッドの話なんか知らんわという感じであって、まさに「自分語り」というほかない。

しかし、なかなかどうして自分の性質というのはそう簡単には変わらない。
未だに「あーどうするかなー」と、ふとした瞬間に、思わず口にしてしまう。
ということで、インサイドヘッド企画はまだしばらく続きそう。そろそろ2024年も終わりである。
「あー、2025年はどうするかなー」なんて思ってしまい……またやってしまった……(笑)

そんなときこそ、自分のために自分で自分に語り掛ける自分語りをやってみて、「今日一日を最高の一日に



#自分語りは楽しいぞ






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