Airport #2
今日は良い天気だし、羽田空港に行ってみることにした。
なぜかというと空港からはバスがいっぱい出てるから。
最近はバスが好きなので、色んな行き先のバスを乗り場で眺めたり
何となく気になったら乗ってみたりする。
家を出る前に携帯電話でお母さんに連絡する。
電車の事故にあってから、どこかに出かける時は連絡するのが約束だ。
今日は良い天気だし、バスを見に行くよと言うと
うん分かった気を付けて行きなさいと言ってくれた。
忘れずに財布を持って地元の駅まで歩く。
途中、工事現場の作業員みたいな人と肩がぶつかってしまったので
ごめんなさいごめんなさいと一生懸命に謝ったら笑って許してくれた。いい人で良かった。
よく空港にバスを見に行くから
お母さんが近くに家を借りてくれた。
おかげで10分も電車に乗れば数駅で着く。
オレは乗り換えが苦手だから嬉しい。
空港駅の国内線ホームに着いて階段を上がって改札を出る。
色んな人が飛行機に乗るために忙しなく歩いている。
オレもそれに混じってスーツケースを持った人達に揉みくちゃにされながら
ようやくバス乗り場にたどり着いた。
小一時間バス乗り場に行き交う人達を眺めていると
係員の人が、どちらに行かれますかと訊いてきた。
オレは事故の後遺症で長い文章を上手く喋れないので
あぁ…とか、うぅ…とかモゴモゴ言ったら
怪訝そうな顔をして係員の人はいなくなった。
何だかちょっと恥ずかしいような気持ちになって
券売機で適当な行き先のボタンを押して
今日の所はバスに乗って退散することにした。
横浜のYCATと書かれた切符を持ってバス乗り場に並んでいると
さっきの係員の人がマイクで案内している。
その放送の「直行便です」という言葉が妙に面白くて
直行なの?と係員の人に訊いてみたら無視された。
何で教えてくれなかったんだろう。
言葉が短すぎたかな。
辿々しすぎたのかな。
はたまた頭のオカシイ奴と思われたのかな。
そのどれか、もしくは全部。
そんなことを考えてると横浜駅に着いたので
満足して帰ることにした。
大きいバスに揺られてテンションが上がっていたから
崎陽軒の焼売弁当も買ってしまった。
家に持って帰って食べるとしよう。
そうなると、一刻も早く帰りたいのだが
また苦手な電車に乗らないといけないのが少し憂鬱だ。
その場に座り込んで頭を抱えながら
心を落ち着かせようと準備をしていると
駅員と警備員がこちらを凝視しながら歩いてくるのが見えたので
急いで改札に入って電車に飛び乗る。
警察署に連れて行かれるとお母さんが迎えに来てくれて
いつも泣きながら抱きしめてくれるけど
悲しそうなお母さんの顔はあまり見たくない。
何とか間違えずに地元の駅まで戻って来た。
あぁそうか、またバスに乗って空港に行った方が近かったんだと気付いたけど後の祭り。
まぁいいか、ともかく家に帰って焼売弁当を
と思ったら手には何も持っていなかった。
どこかに置いてきてしまったみたいだ。
茫然自失となりその場に立ち尽くした。
瞬間、まるで舞台照明のように
目の前が真っ暗になる。
何も見えなくて
自分が立っている場所すら分からなくなる。
吹き飛んだ景色の中で
嫌なものが込み上げてくるのを感じる。
どこかに忘れてきた記憶が追いかけてくる。
心臓の鼓動は早鐘を打ったように鳴り止まない。
これは駄目だ、何とかしないと。
妄想と現実がごっちゃになっていく
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ…
これは悪夢か
_駄目だ
現実か
_駄目だ
俺は一体どうしたんだ
_駄目だ
こんな所で何をしているんだ
_駄目だ
そうだ
_ダセェな
ヴェッダッグベェッオウェ…
嗚咽まじりで胃液を撒き散らしながら頭を抱える。
誰かの悲鳴
その場に倒れ込んだ
横断歩道の真ん中で
けたたましく響き渡る自動車のクラクション
鳴り止まない騒音
人々の喧騒
遠のく意識の中で
救急車のサイレンの音が近づいてくる
もうすぐ陽が暮れる。
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