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She’s Not There #4

夏の動物園は暑い。

クソみたいな気温の中、汗をダラダラ流しながら
馬を眺めている。
もうかれこれ二時間ほど。
色んな人達が、俺と馬との間を通り過ぎていく。
幸せそうなカップル。
老年夫婦。
子供連れのファミリー。
学生グループ。
俺は馬を見ている。

こいつは数年前に大井競馬場を走っていた。
地方競馬で大井を走れるという事は
それだけで実力もしくは血統が
そこそこである証で
まぁ勝てないと更に地方の競馬場に行ったり
こうして乗馬クラブに引き取られたりする。
変なおっさんに絡まれたりもする。

数年前、俺はこいつに賭けて散財した。
結構な金額だった。
地方競馬のオッズを動かすぐらい賭けたのは
後にも先にもあれだけだ。
その位、自信があった。
でもこいつは勝たなかった。
大井競馬場を一周散歩して、それで引退した。
そして俺も競馬を辞めた。
多額の借金とともに。

それからの生活は控えめに言って地獄だった。
博打なんかの為に、軽はずみに借金した事を
数えきれないほど後悔した。
取り立てというのはマジでエゲツなくて
その為に他言が憚られるような目にもあった。
それでも何とか、死なないように何とか生きて
生き抜いてここにいる。
その間、馬が引き取られたのを知った。
今日ここに来るべきか散々迷ったが
一言だけ伝えたかった。

俺の人生を狂わせた元凶は
つぶらな瞳でこっちを見ている。
エサでもくれると思っているんだろうか。
そろそろ三時間が経過しようとしていて
水分不足と直射日光で頭がクラクラしてきた。

なぁ、おい

ようやく口を開いてみた瞬間
これまでの数年間が走馬灯のように頭を巡り
なぜか目頭が熱くなってくる。
感情がグチャグチャになって
伝えようとした言葉が出てこない。

俺はよぅ…

その時、飼育員が近寄ってきて
馬の移動の準備を始めた。
こちらに気付いて、笑顔で軽く会釈をする。
馬が好きな奴とでも思ってるんだろう。
俺は目を伏せて一歩も動くことが出来ずに
その場に立ちすくんでいると
飼育員は馬をあの頃とは違う名前で呼んで
宿舎に連れて行ってしまった。
引き取られると、競走馬の頃とは
名前が変わることはよくあって
俺が会いにきた馬は
もういないんだと思った。
帰ろう。

夏の動物園は暑くて
臭くて、居心地が悪い。
だから多分もう二度とここには来ない。
もう二度と振り返ったりはしない。
俺は今日から全力で生きよう。
もう一度、心から笑えるようになるように
そうやって生きていこう。

空を仰ぐように上を向くと
陽は沈みかけていた。
なぁ、今の俺は客観的に見て
どう考えてもみても

ダセェな。

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