第24話 俺は畑に何を植えているのか
就職・転職、恋愛(結婚)、そして提携や買収。
なんでも、相手がある、大きな物事を進めるときには、ちっぽけな自分にはコントロールできない、「カレント(潮の流れ)」というものがある。と体験的に思っています。
後日僕は、エグゼクティブ・サーチの仕事では、10年ほどで約5,000人ほどの方々と面談をさせていただくことになりますし、100人ほどの経営者層と企業のマッチングをさせていただきました。
転職は、とてもいい例なのだと思うのですが、各者本気で進めたいのに、なぜだか、ビクとも進まなくなるとか、よくあるんです。いつ頃からかそういう時には、
「あ、これは反対向きのカレントにハマったな。理由はわからないけど、止めた方がいいという力が働いているな」
と判断し、プッシュすることを辞めるようになっていきました。
諦めるとか手を抜くのとは、少し違う感覚です。引き続き努力はするのですが、違う力を、どこかで感じていること。そのこと自体を、自然体で受け止める。という感覚でしょうか。
逆も真です。うまくいく話は、カレントに乗って、スルスルって、進むものです。呆気ないほど簡単に。
だって、いつだってそうなんです。人生を左右する決断の裏には、何か人智を超えた力が働いているものですから。
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カレントの流れが変わり、急にプロトレード 号が動き出しました。
その少し前に、本国と検討してみるね。と言ったきり、返事がかえってこなかった、ICG社のジェフリーから連絡が入りました。楽天からの買収の打診が出たタイミングと、ほとんど同じだったと思います。
大手町での、ジェフリーとのミーティング。彼のキツめのコロン(ムスク系)の香りが、部屋を徐々に満たしていきます。雰囲気は、顔がむくんだジョン・ボンジョビ。寝不足なのか、目にくまが出ていて、神経質でした。
プロトレード の51%を、6,000万円で買収させてもらいたい。
元アクセンチュアの、プロトレード の皆さんは、個人としても高く評価しています。
正直、事業を買うというよりは、あなた達を買いたい。
我々の投資・育成チームに加わっていただき、これから日本での、B2B領域での大きな勝負を一緒にやってほしいのです。
経営陣の方の年収は、1,200万円とストックオプションを用意させていただきます。
これから、本社のコネチカットにも、頻繁にフライトをご一緒することになるでしょうね。
ジェフリーの狙いがよかったのか、それは、たまたまなのかは判りませんが、楽天とは対照的なオファーをいただくこととなりました。買収額は約半分なかわりに、雇用条件は倍ほど高い。
ただ、アメリカ人らしく、「全責任は私が持つから、心配しないでください(ニコっ)」とか言いだすのは余計でした。プレッシャーに晒された、若手エリートの言うことは、いつだって信じてはいけません。
ここで僕は、カードを切ります。
クレイフィッシュ、楽天とは、もちろん名前を出さずに、「他に2社から、完全買収提案をいただいた」と伝えたところ、想像通りジェフが焦りはじめました。
条件はもっとあげる余地があります。具体的な希望を言ってもらいたい。結論を出す前に、必ず、うちが再提案するチャンスを与えてほしい。
これは奇妙なことでした。
これまで資金調達に、散々苦労してきたプロトレード 。「与えて」ほしいのは、いつでもこちら側だったのですが、このときは、相手の方が「与えて」ほしいと言い出したのです。
あれ、おかしいな。何がおきたのだろうか。
覚醒した(調子にのりはじめた)僕は、いつのまにか、「このプロトレード の買収チャンスを、誰にあげようかな。どの順番で口説いていこうかな。」なんて、考えるようになっていたのです。
一方で、少し前までは、「 僕らは資金に困っている、だからお金が必要」
そんな風に考えていたことに気づきます。いつの頃からか、困窮という名前の植物を、畑で栽培してしまっていたのです。
そんなのは、私はモテないので、付き合ってください。と告白するようなものですから。だからこそ、「与えられ」なかったのでしょう。
逆にもし、「僕らはお客様のため、成長していく。だからお金が必要」と、心の底から信じていれば、きっと必要なお金は、集まっていたのではないでしょうか。
外向けにファイティング・ポーズは、崩したことはなかったつもりでしたが、これまでは知らず知らずのうちに、言葉とはウラハラに、心の中の畑に、変な植物を栽培しはじめていたことに、はたと、気づいたのです。
この時の僕がこれを、言語化することは出来なかったと思うのですが、なんとなく、正しい姿勢に戻った。そんな感覚があったことを覚えています。
次に向かうべき先は、決まっていました。新宿です。
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