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第31話 Infinite Loop

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中目黒駅から、楽天ビルまでは、だいたい15分くらい歩きます。山手通り沿いを目黒方面に進むのですが、通りから一本東側にある、目黒川の近くを通る小道の方が、ずっと落ち着いて歩けるので、そちらにしました。

僕の中では、ずいぶんと暑い日だったように記憶されています。

9月末だったので、まだ夏の湿気と太陽が残っていたのかもしれませんし、ただ単に、自分がホットに上気していただけかもしれません。

まだ時間は十分にありました。
わざとゆっくりと歩きながら、この後のミーティングの準備に、意識を向けようと努力するものの、なかなかそれがうまくいきません。

かわりに、いろんな感情が押し寄せてきました。


緊張? 

自分はしてないと思うけど。まぁ、少しはあるかな。
でも、出たとこ勝負で思ったことを話すのは、得意だから。
なんとかなる。

ワクワク? 

多少。なんだかスポーツの試合に行くみたいな感じ。
この歳で、なかなかこんな痺れる交渉は経験できないもんだぞ。
むこうがどう出てくるか、楽しみなところもある。

安堵? 

すごくある。もう経営者、しんどい。
やっぱり、社員を食べさせられないかもって、思うと、罪の意識感じるよ。
早く楽になりたいなぁ。

後悔?

後悔というか...
残念な気持ちかな。
ほんと、もっと自分はやれる。もっと強い。って思ってたよ。
仲間はたくさん、成功している。やり続けてる。
僕はダメだったな。

心配? 

心配は、あるね。すごくある。
でも、なんだろう。この心配は、どこからくるのかな... 

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小道を進むと、大きめの、古いビルが見えてきました。
スタンレー電気と書いてあります。

裏手から、そちらの社員さんが、ぞろぞろと出てきました。早めのお昼に向かうのかもしれません。みなさん、スーツ姿でした。まさに、日本のメーカーって感じの。

ふと気づきます。

もし買収がまとまると、
オレ、会社員に、なるのか。

これから、毎日、毎日。

決められた時間に、この道を歩いて、
決められた時間に、お昼ご飯食べにいくのか。


その瞬間、渦巻いていたいろんな感情は、一つに収束してきます。

これは、嫌悪?

そう、とてつもない嫌悪感。
オレ、一番嫌がってた、サラリーマンになるのか?


感情との対話が加速します。

歯車になりたくないよ

じゃ、なにもかも投げ出して、自由になればいいじゃん

でも、自由な生き方だと、稼げないよ

じゃあ、また起業したら?

いやいや、俺、起業家、失格だよ

んー、それなら、しょうがないね。
サラリーマン、やるしかないよ。

でもさ、歯車になりたくないんだってば


自由が欲しい。会社員も起業家もやりたくない。
でも、稼ぎはしっかり欲しい。稼ぐには不自由が強いられる。

無限ループが頭の中で、ぐるぐると走りはじめました。

アップル本社にInfinite Loopって名前の道がありますが、この時の僕の経験と似たような経験を、スティーブ先生(またはティム先生?)はされたのでしょうか。


ループに入ってしまった頭の中では、もう次のミーティングのためのシミュレーションをする余裕なんてありません。CPUは動いて高速で計算を繰り返しているのに、なにもアプトプットが出ない状態です。

しかし、身体は勝手に前に進んでいきます。そうこうしているうちに、楽天オフィスの前に到着するのですが、僕はそのまま歩みをゆるめられず、オフィス前を通りすぎていきます。

こんな直前で、楽天に会社を売るということは、自分の身を歯車の一つとして差し出すことと同義だということに、気づいてしまった俺。

あと、約束の時間までは10分。

ぐるぐると、楽天オフィス周辺を周り続けているうちに、僕は、そのまま逃げ出したくなってしまったのです。

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少しこの時の出来事を、今の僕の目線で分析してみます。

なんだかよく分からなかったのですが、社長業をギブアップしたい。早く楽になりたい。という一方で、会社員にも、なりたくないと思っている自分が、そこにいました。

さっさと売り抜けて、辞めればいいんでしょうけれども、そういう点では自分は結構まじめというか、一旦組織に組み込まれると、真面目に役割を果たしてしまう、体育会的な側面があります。

会社を売ったお金で、物価の安い海外の国にでもいって、小さなお店でもひらいて、でのんびり生きることもできるのでしょうけど、それには、自分は欲がありすぎました。

そういう自分の性分を分かっていたからこそ、一度会社員にハマるとまずいぞという、強いアラート感が、この時は嫌悪感として現れたのでしょう。


さらに言うと、この、スタンレーさんの社員を見たときが引き起こした感情のような、アンチ・サラリーマンの強い衝動は、自分と父親の関係に起因しているかもしれないことを、近年コーチングを受けた時に、ハッと気づいたことがあります。

俺のオヤジはまさに、日本の製造業ど真ん中の、ザ・昭和サラリーマンでしたから。

自分の心の中では蓋をしてきたので、本当のところは自分もわかりませんが、小さい時に父親が、いつも週末も仕事に出かけてしまい、遊んでくれなかったことを、悲しく思っていたのかもしれません。

第32話 →

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